戦乱のはじまり
今日はちょっとしたお祭りだった。カリムくんとの婚約が正式に決まったから。お父さんもお母さんも、安心しているようだった。わたしがちゃんとした女の人だったって、婚約の資格を正式に認められてよかった、と。
気持ち悪い、と思った。気持ち悪いよ。吐き気がするし、体は重たい。わたしの弱音に、お母さんが、出産の方が万倍痛いわよ、とおかしそうにわらった。
「名前、なあ名前」
大きな部屋に、困った顔のカリムくんと二人きりにされる。一人になりたいっていって、いいよ、っていってもらえたのに。カリムくんがわたしと話をしたいといえば、そのとおりになる。こんな日に、誰とも話なんかしたくないのに。お父さんとだってしたくない。どんな男の人とも会いたくない。
「お祝いなのに、悲しそうだ」
「うれしくないの」
カリムくんの腕が、無遠慮に背中に伸びてくる。抵抗しようとして、でも、無理やり抱きしめられる。体に絡みついた腕を引き剥がせない。
「やだ、やだってば!」
「落ち着けって、名前!大丈夫だから」
「もうやだよ、結婚したくない、やだもん」
全身が熱かった。気持ち悪いよ。結婚とか、子どもとか、そういう全部が気持ち悪い。誰とも結婚したくない。王子様が相手でもいやだ。死んだ方がましだ。
「俺が嫌なんじゃないんだな?」
「全員嫌なの、カリムくんもいや、男のひとがいや」
「名前は女の子が好きなのか?」
「ちがうよ」
バカじゃないの。わたしが出した泣き声に、わたしを組み敷くカリムくんが、じゃあ何がいやなんだ?と不思議そうな声をだす。
こういうところがいやだった。全部が当たり前だとおもっているところ。当たり前に、わたしのことを自分のものとして扱うところが。
「わたし、結婚しても子ども産まないから」
「でも、産めるんだろ?」
「その前に死ぬもん」
「死ぬのか!じゃあ諦めよう」
あっさりと、カリムくんはなんでもないことのように言った。わたしの膨れっ面に、笑いながら、でも家族は多い方が楽しいとおもうんだよなあ、とのんきなことをしゃべるカリムくんが、アッと名案を思いついたかのような声でもって言う。
「養子を取れば良い!」
「養子……」
「これで全部解決だ!そうだろ?」
ベッドの上で、カリムくんが目を細めて、わたしの首に唇で触れる。本当に、意味をわかっていっているんだろうか、このひとは。わかってないんだろうな。そもそも、わたしとの婚約が今日まで保留だった意味について、何も考えてないんだろうな。
でも、カリムくんが決めたのなら、そう決めてくれたのなら、もしかすると、もしかするかもしれない。わたしがカリムくんの首に腕をまわすと、耳元でカリムくんの嬉しそうな笑い声が聞こえた。
(奥さんのわがままを聞いてくれる夫の鏡)
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