大事にしないでってば





「あの、藤丸くん、これは?」
「署名簿です」

受け取った紙の束には、言語も筆跡も様々なサインが並んでいる。たぶん世界でいちばん豪華な署名簿に、頭がクラクラする。まずい、手汗が出てきた。紙がダメになってしまったら罪悪感で死ぬしかなくなる。

「俺ももちろん署名したよ!」
「今更ですけど、これなんの署名簿ですか?」
「カルナと名前さんが恋人になっても気にしないよ署名簿」

叫び声とうめき声が混ざったような変な音を発するわたしをみても、ニコニコと笑顔のままの藤丸くんは流石だ。えっそんな茶番にこれだけのサーヴァントの皆さんをつき合わせたんですか?ストレスで胃がキリキリしてきた。

「さ、参考にします......」

ようやく言葉を絞り出したわたしに、背後から声がかけられる。その声の主を睨んでしまったのは、なんというかほとんどヤケだった。

「カルナさんは馬鹿なんですか?」
「賢者であるとは言えないだろう」
「もー!もー!みてくださいよこれ!」
「ああ、見ている」

カルナさんの視線はわたしの顔で固定されて動かない。この署名簿をみろっていってるんですけど!?

「これほどまでに効果があるとは思わなかった」
「なにがですか!もー!」
「お前が人前で、これほどオレに近づいてくれたのは初めてだ」

はっと後ろを振り返ると、藤丸くんが笑顔で、どうぞどうぞ、と手のひらを見せてくる。

「ち、ちが、ちがうんです」
「またオレに触れてはくれないのか」

もういっぱいいっぱいだった。わたしの戦闘能力も恋愛偏差値も底辺のゴミカスだということを理解してから色んなことを進めてほしい。大勢の前での求婚も、恥の塊の署名活動も、全部が全部を悔い改めてくれ。

「なんで全部わたしに決めさせるんですか」

その中でもいちばん嫌なのは、カルナさんのわたしへの、一貫した、中途半端すぎる尊重の態度だ。選択肢を全部こちらに放り投げてくる。全部をわたしに決めさせようとしてくる。

「手を握るくらい、カルナさんからしてください」
「お前を怖がらせたくはない」
「言葉だけじゃ、カルナさんのことわかんないです」

カルナさんは、無言のまま、わたしにゆっくりと手を伸ばす。ホラー映画のサウンドトラックが聞こえてきそうだ。つまりわたしはビビリ散らかし、すでに先ほどの発言を後悔し始めていた。
カルナさんの手がわたしの肩を通り過ぎ、疑問に思うより先に、わたしの顔面はカルナさんの胸元にあった。

わたしの体は緊張でカチコチに固まっていたが、それを気にするそぶりもなく、カルナさんの腕は離れることはない。
最初の十秒は自分の死を強く意識していたが、数分も同じ体勢でいると、いろいろなことを見る余裕がでてきた。カルナさんの心臓の音とか、体温とか、背中に回された腕が思っていたよりも太いなとか。

「カルナさん」
「どうした」
「手を握るんじゃなかったんですか」
「……すまない」

謝りつつも、カルナさんの腕はわたしから離れない。でも、まあ、カルナさんが神様のように強くても、触れただけで爆発四散して死ぬわけじゃないってわかっただけでも、よかったかもしれない。
けれど、この日以来、カルナさんの方もいろいろと吹っ切れたのは誤算だった。ゆっくり!ゆっくりお願いします!距離感がおかしい!


(「あなたに触れて欲しいって言ったの?へえ?」「やめてください……やめてください……」「ああ、正確には『手を握るくらい、カルナさんからしてください』だ」「やめてください!!!」)




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