しあわせと友達になるまで




「のーいちゃーん!」
「アッ名前!」

建物4階からのフリーフォールに、能井ちゃんはすぐに両手を広げてくれる。約15メートルの高さから人間が落下するのにかかる時間は2秒未満だが、能井ちゃんはわたしの運命のひとなので、当然の結果として、わたしは彼女の腕の中に収まった。

「セーフ!」
「イエーイ!」

能井ちゃんは、ボサボサになったわたしの髪に、指を通して軽く直してくれる。

「うん、これでカワイイ」
「……聞いた〜!?ねえ聞いてた?先輩サン!」
「聞いてない」

そっぽを向いて離れたところに立っている先輩サンは、もうだいぶ老化が進んでいるのかもしれない。年齢しらないけど、わたしのことをガキと呼ぶので、きっとすごいお年寄りなんだと思う。

「能井ちゃん、もう一回いってあげて、先輩サン聞こえなかったって」
「あのですね先輩、名前の髪が、」
「あーカワイイカワイイ、オレは先いってるから終わったらこい」

片手を振って、早足で車に乗り込んだ先輩サンを見送ったあと、能井ちゃんの顔をみると、ちょうどわたしの方を向いた能井ちゃんと目があった。

「先輩が煽り以外で他人にカワイイなんて言うの初めて聞いたぜ」
「そうなの?それって……」
「名前の可愛さは先輩にすら伝わるんだな!」
「やだ〜そんなに〜?そうかな〜?」

能井ちゃんが楽しそうに、先輩サンのセンスが無いエピソードを教えてくれる。そんなセンス無しダサダサホール出身男に褒められても別に嬉しくはないが、先輩サンの話をする能井ちゃんは嬉しそうだから、わたしも嬉しい。

「あれ、でも能井ちゃんは?能井ちゃんは先輩サンにカワイイね、って言われたことないの?」
「んなのナイナイ!ありえねえって!」
「じゃあカッコイイは?頼りになるは?世界一素敵、とかイケメン、とか大きすぎてロードローラーかと思ったとかは!?一回もないの!?」

これは厳重注意が必要だ。能井ちゃんは悪魔みたいにカッコイイんだから、それを褒めるのはパートナーとしての義務だと思う。わたしがそう言うと、能井ちゃんの片手が、ぐいっ、とわたしの顔面に押し付けられる。ぐえ。

「いいんだよ、先輩にそんなこと言ってもらわなくても」
「でも、」
「名前が褒めてくれるだけで、オレは満足だからな!」
「能井ちゃーーーん!あいしてるよ!」
「あれ、名前鼻血でてるぞ」
「たぶん骨も折れた!」

お前はおっちょこちょいだな〜と能井ちゃんがわたしの顔面に煙をかけてくれる。完璧に痛みも治ったあと、能井ちゃんが、スーツの袖でわたしの血を拭う。

「よごれちゃったねえ」
「このあと仕事だからいいんだ!アッ仕事!」
「いってらっしゃーい」
「おー!またな!」


(「先輩!オレ、名前にロードローラーみたいって言われちゃいました」「へー」)




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