予行練習にも意味はある





確かに、前に話の流れで「魔法の絨毯に乗ってみたい」と言ったことはある。熱砂の国に生まれた子どもはみんな一度は同じことを思ったことがあるだろう。魔法の絨毯とはそういうものだ。あったらいいなあ、っていう、憧れ、夢みるものだから。

「そうか、そんなに乗りたかったのか!」
「カリムくんとはのりたくないっていってるの!」

だって絶対、なんか起きるじゃん!?
魔法の絨毯への憧れは、かっこかりで、死の危険を伴わない、っていう但し書きが大前提なんだよ!カリムくんが操縦する魔法の絨毯、これが盛大な死亡フラグだとわからないほど、カリムくんとの付き合いは浅くない。

「やだー!こわい!」
「こいつのトップスピードはすごいぞぅ!」
「っうわ、」

う、浮いてる!カリムくんの腰にしがみつくと、わかってるとばかりに強く頷かれる。彼はまた何かを自己流に納得したようだ。嫌な予感がする。

「っはやいはやいはやい」
「だろーっ!?」

だろじゃないんだよなあ!?風がすごい勢いで体にぶつかってくるのを肌でかんじる。文句を言ってやろうと、顔をあげると、カリムくんが大空を背景に、わたしに向かって両手をひろげる。危ないよ、とか前みて、とか言うべきだったのかもしれないけれど、わたしの口からは何もでてこなかった。なんか、本物の王子様みたいだな、と一瞬おもってしまったのが悔しい。
いや、これは全部絨毯の魔力だから、と脳内で言い訳をしつつ、一生でおそらく一回になるだろうこの体験を、記憶に焼き付けるために周囲をみわたした。

「わー.........わあ..........」
「どうだ?いいもんだろ、絨毯!」
「すごいねえ絨毯........すごい........ほしい......」
「ほしいなら」
「ヤメテ」

おそらく親族全員あわせての財産ぜんぶより高価なものなんかもらったら、次の日には盗賊に襲われることになる。世の中には相応の身分というものがあるのだ。

「なんかあれだねえ、空って静かだね」
「おう!大声で歌うにはピッタリの場所だろ!」
「歌は恥ずかしいなあ、お姫さまじゃあるまいし........、おーーーい!」
「どうした〜〜〜!?」
「カリムくんにじゃない!」

そんな大声出さないでも聞こえてるよ!でもせっかくのいい機会なので、カリムくんへの文句を叫んでみる。言いたいことも言えないこんな世の中じゃ〜〜〜!!!!

「カリムくんのおっちょこちょーーーい!」
「おっなんだ、告白か?」
「かんちがいしないでーーーー!!!」
「それって異国風の結婚の申し込みだろ、聞いたことあるぜ」
「この人攫い〜〜〜!!!」

たすけてー!と大声で叫ぶと、生活のストレスもろもろが吹っ飛ぶようだ。魔法の絨毯最高だな!
ふと、隣が静かだな、と思ってカリムくんの方をみると、目を細めてわたしを見つめていた。

「なに?」
「かわいいなあって! 叫んでも助けなんかこないのに!」
「わたしが可哀想な子みたいな言い方やめて」

そもそもの趣旨として、誰にも聞こえないから大声あげてるのわかってほしいんですけれど。そう言い返す前に、カリムくんがいつもより静かな声で、まるで内緒話をするように、わたしに顔を近づけてしゃべる。

「オレに攫われたって、誰に言いつけるつもりなんだ?ジャミルか?」
「そんなの、えっと」

カリムくんのストッパーとして思いつくのはジャミルくんくらいだけれど、彼はいろんな意味で、最終的にはカリムくんの肩を持つ男だ。ふと、周りには誰もいないな、という事実が脳裏によぎった。

「大人の男のひと、とか」
「助けてくれると思うか?」
「......か、カリムくん」
「うん?」
「カリムくんに助けてもらうもん」

わたしの言葉に、しばらく目をパチパチさせていたカリムくんが、次の瞬間、大きな笑い声をあげた。

「わらわないで!」
「ははは、いや、うん、名前が攫われそうになったときにはオレに言ってくれ!」
「ジャミルくんに言いますぅ」
「あっはっは!」
「うるさい!」

結局、その後すぐに、アルアジーム家から救助隊(仮)がやってきて、ジャミルくんの説得により、カリムくんとわたしは大人に囲まれながら、地上に戻ることになった。
絨毯から降りるときに、少しだけ足が震えていたのは、たぶん気のせいだ。


(困ったときは、やさしいオレに相談するといい)




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