鍵がなくても花はひらく





にこやかに家から去った使者の男が見えなくなってもしばらく、父も母も頭をあげなかった。何も言えず、わたしはただ、そんな両親の背中をみているしかなかった。
冷水を頭から浴びせられたようだった。自分がどれだけのことをしているのか、全く理解なんかしていないことを、今になって理解した。机に並べられた宝石や化粧品の中には、わたしから母親にあげたものもある。過去の自分の行為が恥ずかしくて仕方がない。返却の必要はないですよ、と優しく、けれどキッパリと言い切られている。父も受け取ろうとはしなかった。両親は、わたしが今までにはした金に変えていた宝飾品を買い取るための相談を真剣にしている。わたしにできることは何もない。あるはずがない。

「なあ名前、どうしたんだよ」
「なんでもないよ」
「なんでもなくはないだろ」

カリムくんが、少しだけ怒ったような顔で、わたしの肩をつかむ。なんでカリムくんがそんな顔をするんだろう。もともとは、カリムくんのせいなのに。宝石なんて、本気で欲しかったわけじゃない。遊ぶお金だって、お母さんからもらうお小遣いで、本当は十分だった。カリムくんが簡単にくれたから、簡単に受け取っちゃっただけなのに!

「前にオレがあげた腕輪は?」
「......部屋にしまってある」
「靴も、スカーフもつけてない。それに指輪も」
「そういう気分じゃないの」

不満げなカリムくんに、周囲の大勢の学生や教師まで一緒になって、楽しそうな話をもちかける。いつもみたいに、好きに遊びにいけばいいのに、わたしにこだわって離れないカリムくんに、わたしも腹が立ってきた。それを表に出すのは賢くないことは、もう理解させられたけれど!

「オレのこと、避けてるみたいだ」
「そうだよ!」
「それはダメぜ、名前」

お前はオレの恋人だろ、とカリムくんが言った瞬間、いちばん動揺したのはたぶんわたしじゃあない。正直、いつものマイペースがでたな、と思った。だから、カリムくんをその場で質問攻めにするジャミルくんの剣幕をみてはじめて、ようやくただごとではないかもしれないと思い至った。

「よし、わかった、名前さんが拗ねているのは一時的なものだ、カリム」
「そうなのか?」
「そうですよね、名前さん?」

ジャミルくんの微笑みに、気圧されるようにして頷いたわたしに、安心したようにカリムくんが笑顔をみせる。以前のように、自由気ままにわたしを連れ回すカリムくんが、わたしのためにと、高い買い物をしてくれるのもいつもと同じだ。ただ、今日はジャミルくんまで積極的に受け取るようにいってくる。大した金額じゃあないですよ、と、あのジャミルくんが付け加えてくるのは、もはや恐怖を覚えるレベルだ。なんで急に敬語になったの?ねえ!こわい!

「でも、もってかえったら、お父さんが」
「喜ぶと思いますよ、なあカリム」
「名前のお父上には挨拶も何もしてなかったな、そういえば」
「それは今度だ。なるべく早くに、俺がセッティングしてやる」

なんで?なんて気安く聞ける雰囲気ではなかった。ジャミルくんは近寄りがたいし、カリムくんには聞いても意味がなさそうだし。
いつもはこそこそと部屋に持ち込んでいたカリムくんからのプレゼントを、ジャミルくんが次々と郵送にするので、今日はいつもの5倍は買い込んでいる。家に送ってもらった帰り際に、ジャミルくんに小さな声で「後日謝罪に伺わせます」と言われたのが、意味がわからなかった。

「よくわかんない」
「分からなきゃだめだ」

この前と同じか、それ以上に深刻な表情をしたお父さんが、仕事にも行かずに、休みをとって、わたしに馬鹿げた理屈を教えようとしてくる。カリムくんはわたしが好きだから、わたしもカリムくんのことを好きにならなくちゃいけないよ、と。わがままを言うのも、喧嘩をするのもいいけれど、嫌いになるのは許されていない、と、たくさんの知らない人が見守る中で、父がわたしの手を強く握った。


(おめでとうございます!)




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