抜けない引き出しの中身





生きるっていうのは、つらいものだとずっと思っていた。生きるということはわたしのような人間には難しすぎると。なにもうまくいかない。だれも助けてはくれない。
そんなことを昔はよく考えていた。思春期ってやつだね。子どものころのわたしが思っていたより、世界はやさしいものだった。うまくいかないことはあるかもしれない。でも、誰かがきっとわたしたちのことを助けてくれる。わたしの言葉に、隣に座る幼馴染が安心したように笑う。

「最近、よく笑うようになったもんな」
「そうかな」
「そうだよ」

そんなに笑ってるかなあ、と自分のほっぺたをさわっていると、幼馴染がじっとわたしを見つめていた。彼の手が伸び、わたしのほおにふれながら微笑んだ。

「こっちのほうがいいよ」
「あの、」
「なに?」
「......なんでもない」

探掘家の幼馴染の手のひらはごつごつしている。いつもはどちらかといえば荒くれ者の幼馴染は、わたしにだけはこうして穏やかに優しく接してくれる。偏屈者で有名な隣の家のおばあさんも、女嫌いのあのひとも、愛妻家のあのひとも。みんながみんな、わたしにだけはやさしい。いつでもわたしのことを優先してくれる。

「あのさ」
「うん」
「わたし、あの、」
「何か心配事があるのか?」
「ない......」
「俺に言わなくてもいいけど、恋人には言っとけよ」

あなたはわたしの恋人じゃないの?なんて、バカな質問をしそうになっている自分がいた。バカな質問だ。勘違いをしすぎだ。やさしいだけ。笑い方があのひとと似ているだけ。わたしのことを大事にしてくれているだけ。

恋人が死んだとき、泣いているわたしに手を伸ばしてくれた知らないひとに、どうしてあんなことを聞いたのか。聞かなければよかったのに。心の奥底では理解していたとしても、本当じゃないとおもっていたかった。夢の中にいるか、もしくは自分ひとりの頭がおかしいか、それでよかった。

「わたしの恋人は?」
「死んでしまいました。今はお葬式です」
「あなたはちがうの?」
「ちがう、とは?」
「あなたはわたしの恋人じゃないの?じゃああのひとは?」

しばらく無言の時間が流れた。それから男は、かわいそうに、とつぶやき、わたしに選択肢をくれた。

「どちらでもいいですよ」
「じゃあ、あのひと」
「わかりました、話をつけてきます」

知らないひとが知らない名前を呼び、入れ替わるように違う男がわたしの手をとった。

「ボンドルドさん?」
「ええ、そうですよ、名前さん」
「......うそだ」
「あなたを置いていくことはありません、決して」

初めてみるその男は、わたしの恋人のように微笑んだ。大丈夫、大丈夫、とわたしの背中に手を伸ばしてくれる、いつもの慰めかた。

「あなたに暗いかおは似合わない。わらってください」


(あなたの人生に悪意なんて必要ないでしょう)




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