燃えたのは涙じゃなかったか




じろり、と赤色の瞳が動いて、わたしの顔を捉えた。何か言わなくてはいけない。今すぐに。たくさんの言葉が頭の中では浮かんでいるのに、その中のひとつも声に出せない。

「近うよれ」

言われた通りに、すぐに彼女の足元まで向かう。彼女の細い指がわたしの頬に触れ、目元に伸びる。反射的に目を閉じたことを気にする様子もなく、わたしの瞼を撫でる彼女の手つきは優しいが、その優しさに安心できるほど、楽天的にはなれそうもない。

「わしはそなたの瞳が好きでな」
「……」
「抉り取られたくなければ見せるがよい」

急いで両目を開けようとしたけれど、目元を擽られていると、勝手に瞼が下りてきてしまう。これは遠回しな最終通告なのだろうか。無茶な命令をして、それを聞かなかったから罰を与える、というやつなのだろうか。どんどんと嫌な方に想像が膨らんでいく。
信長様が、わたしの目から手を離したときに、とっさに彼女の手を掴んでしまったのは、混乱していたのだ。頭がどうかしていた。そんな言い訳を聞き入れてくれる人じゃあないのに。信長様はわずかに目を細めて、わたしの手を振り払うこともなく、静かに問いを投げた。

「どういうつもりじゃ?」
「……っ」
「そなた、意外と力が強いの」

指摘されて初めて、自分が力を込めて信長様の手を握りこんでいることに気がついた。急いで手を離そうと、力を緩めるより先に、信長様の威圧感のある声が飛ぶ。

「そなたの貞実をはかるとしようぞ」
「あ、あの」
「甘言などわしは信用せぬ。その手に力を込めるがいい」

彼女の言葉に異を唱えることなんてわたしにはできない。けれど、自分の意思で、この綺麗な手のひらを握り込むことも恐ろしかった。

「先ほどの方が強かったぞ……うむ、まだやれるではないか」
「痛くはないのですか」
「さてな」

信長様は機嫌良さ気に笑っているが、わたしの方は、だんだん余裕がなくなってきた。普段使っていない筋肉が震えている。有り体に言えば疲れてきた。信長様の許しがもらえたころには、緊張と疲労でくたくただった。

「うはは、そなたの手形がついたぞ」
「もうしわけな、い、です」

信長様は、本当に機嫌が良さそうだった。楽しそうに笑いながら、自分の手のひらを見て、次の瞬間には刀を抜いていた。

「この下郎をわしに殺すなといったな」
「っ信長様」
「では何故、わしの手を握った? この男を守るためか?」
「ち、ちがいます」

正直に言うのであれば、わたしはあそこでひれ伏している哀れな男よりも、自分の命の方が惜しかった。死にたくなかったし、もし殺せと言われたのなら、刃物を受け取ることもしていただろう。

「……にっぶい女子じゃのお、おぬしは」
「え、あの、」
「わしと離れたくなかったから、くらい言わぬか」
「あっ、はい、そうです」

わたしの馬鹿みたいな返答に、大きな声で笑い声をあげたあと、信長様は一刀で男の首を落とした。

「そなたからの愛のあ・か・し、自慢してこよ〜っと!」
「い、いってらっしゃいませ」

信長様のお体に痕を残した、とかで周りの方に怒られたらどうしよう、と思ったけれど、信長様に泣きつく以外にわたしに選択肢なんてないんだよな。


(爪痕に救われることもある)




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