赦しよりも愛を乞え




※第n次聖杯戦争時空

戦争ってのは、ただ戦ってりゃあいいってもんでもない。軍には規律があり、上官と部下がいる。そのくらいはわかってる。わかってるが、俺くらいになると、そこらへんは無視しても許されるんじゃあないかとも思うわけだ。
召喚のときに顔を合わせたっきり、工房に引きこもっている我がマスターは、ひっきりなしに使い魔を送っては分単位で俺に報告をさせるくせに、自分が俺に話すことはなにもないときた。わざわざ令呪を使ってまでの唯一の命令が、現在位置の報告義務ってのは、几帳面が過ぎる。そのくせ戦闘の判断はこちらに一任。なんのための報告だよ。

「ってなわけで、邪魔するぜ」
『警告します/非常に遺憾です/立退きなさい』
「マスターの人形はいっぱいいるし、少しくらい壊しても大目にみてくれよな」
『不許可です/立入り制限区画です/警告します』
「ゆっくり行かせてもらうぜ、残り2秒だ」

遠くにマスターを視認する。2秒と先に言ってしまったので、2秒くらいは待つとしようか。それにしても、まるでコソ泥みたいな逃げ方だなと、場違いかもしれないが、思わず苦笑がもれた。俺クラスのサーヴァントが現れたなら、まあ立ち向かわずに逃げるのが正解だろうが、一応俺はまだアンタの味方のつもりなんだがね。

「うっし捕獲!酒でも飲もうぜ、マスター」
「......」
「マスター?おい、大丈夫か?」

様子がおかしい。いや、おかしいのは最初からだが、想定していた反応と違いすぎる。
雑に掴んでいたマスターの襟首から手を離して、肩に手を置いて、顔を覗き込もうとして失敗した。力一杯に握った拳を交差させて、顔を隠すマスターは、一言もしゃべらず、固まってしまっている。わずかに震えているのは、筋肉もないくせに力んでいるからだろう。っていうか息してなくないか?心拍数がすごい勢いで下がっていっている。

「マスター、とりあえず息吸え、あークソ、ちょっと無茶するぞ」
「っ......」

顔に当てられていた腕を無理やり下ろさせて、出てきたマスターの顔はひどいもんだった。それに後悔している暇もないので、顎を掴んで口を開かせる。喉に指を突っ込むと、流石に体の方がびっくりしてくれたのか、呼吸も戻ってきた。死ぬほど咳き込んでるが、まあ、そこはすまん。

「げほっ......っ.......、ぅ..........」
「わかった、顔は見ねえから、悪かった」
「......」
「.........」
「..............」
「あー、マスター、しゃべれそうか?.......むりか〜、そうか、うーん」

俺が仮に全力で脅し付けたって、こんなに怯えさせるのは難しいだろう。恐怖を相手に植え付けるのにも、技術ってもんがいる。戦闘で相手の心を折る程度の技術の心得なら俺にもあるが、この様子を見るに、我がマスターが受けたのはそういう類のもんじゃあないだろう。ああ本当に、誰が何のためにしたのかは知らねえが、これは俺に喧嘩売ってるってことだよな?

「よーしマスター!俺は決めたぜ」
「......」
「俺の敵を殺す前に、アンタの敵を皆殺しだ」

召喚の時に現場にいた人間なら、全員覚えてるとも。これでも地頭は悪くないって先生からのお墨付きもある。なにより、俺は勘がいいんだ。

「無茶だと思うか?俺にはできないって?」
「.........」
「片がついたら、アンタの声で指示をくれ」

揺れる瞳が、俺の顔を見上げていた。仮にも自分の命を預けてる人間にする目つきじゃあない。俺に怯えきっていて、だが、確かにそこには彼女自身の感情があった。そうであれば、わらってくれることもあるだろうよ。


(英雄だから好きな女のためにひとを殺しても許されるんだ)




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