悲鳴が聞こえる夜に
※第n次聖杯戦争時空
「あるかないかレベルの魔術回路、魔術の知識はゼロ......」
誰に向かってしゃべっているのか、空を見ながらぶつぶつとつぶやいていた男性が、腰が抜けて座り込むわたしを見下ろして笑った。
「極め付けに三流サーヴァント、うーんこりゃ負けたな」
戦争をするらしい。殺し合いを。どこで?ここで?誰が?あなたが?わたしも?どうして?なんで?
馬鹿げている、ありえない、わたしはそんなのやりたくない。
「手ェ切り落としてもいいっすけど、」
「っや、やだ」
「あーいや、しない、しないんで」
これからどうします?と、男が曖昧に笑う。どうするもなにも、なにもしたくなかった。誰も殺したくなんかないし、叶えたい願いなんてないし、なによりも死にたくない。
「じゃあ逃げますか」
「にげれるの?」
「俺が死ぬまでは、ちゃんと生かしますよ」
「助けてくれるの?なんで?」
「すげえ基本的な質問きましたね、いや、いいっすよ、なんでその顔やめてください......」
わたしたちは主従関係らしい。初めて会ったのに。マンドリカルドと改めて名乗った男の説明は、わたしには半分も理解できなかったが、わたしを守っても、彼には何の利益もなさそうだということはわかった。そのことにわたしが気付かないように、言葉を選んで説明をしてくれることも。
「こそこそ日陰で生きるのが嫌じゃあなければっすけど」
「マンドリカルドは、それでいいの?」
「俺ァ、まあ、もともとそういうキャラなんで」
そうはとてもみえなかったけれど、彼の言葉を真っ向から否定するだけの勇気はもてなかった。鉄の匂いがする路地裏で、体の震えをごまかすために、自分で自分の手のひらを強くにぎるわたしに一歩近づいた男が、膝をついて手をのばした。
「大丈夫っすよ、大丈夫」
「っしにたくない」
「これでもそれなりに戦えるんで、安心、はむりか?」
あんなふうに、ためらいなく人を殺す男が、こんな風に言うような『戦い』なんて、わたしには想像もできなかった。このひとからの庇護がなくなれば、きっとわたしも、ここで倒れている男のようにあっけなく死んでしまうのだろう。
「マンドリカルド、おねがいします、たすけて」
「もちろん」
ボロボロになった、お気に入りのワンピースはもう着られない。家に帰ることもすべきじゃないと言われて、マンドリカルドのシャツを羽織って、わたしたちはその場を立ち去った。わたしを背負ったままで、身軽に動くマンドリカルドと二人で、知らない土地を流れ渡いて、もうどれくらいが経っただろうか。
「ねえ、そろそろ」
「俺が死んでないってことは、そういうことっす」
「......うん」
何もできないわたしのことを「まもりがいがあるっすよ」と言って、マスターと呼んでくれるマンドリカルドの言うことを、どうして否定できるだろうか。守られなければ、生きていけないわたしが。
(死にたくないって願ったら戦争に招かれるという矛盾)
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