濡れた手で抱きしめてもいいかな
「......まずいな、みられた」
「知り合いか?団長」
弱そうだったが、今からでも追うか?と聞いてくる周囲の表情をみて、ああそういえば彼女について何も説明をしていなかったなと気づかされる。仕事の効率を考えるのなら、もちろん説明をしておくべきだった。それをしなかった理由は自分でも思い当たるところがある。
「利用価値がある。殺すな」
「というか見られてマズイもんなんてあった?」
「ああ」
自分の服装を改めて確認する。労働者らしい作業服は煤けている。潜入のための衣装のようなものだが、汚れは本物だ。明らかな誓約違反。バレなければ問題ないと思っていたが、彼女の運命力のほうが強かったということだろう。
「きたない服を着ているところをみられた」
「.......団長、それって真面目な話?」
「質問の意図がわからない」
「仕事に関係ある?」
「ない」
げんなりした顔をする女衆の後ろで、ウボォーギンが豪快に笑った。
「なんだ団長!女できたのか!」
「いい女だろ」
「弱そうだったな!間違えて殺さないように気ィつけねえとな!」
「女つくんのは勝手だけど、あんま馬鹿みたいなところ見せないでくれる?」
「アイツは俺のルックスが好きなんだ、こういう格好は嫌がられる」
どーでもいいし、はなさなくていいし、むしろ聞きたくない!と全力で拒否してくる団員の反応にあまりいい気はしない。そこは根掘り葉掘り質問責めにするところじゃあないのか?名前をみて何も思わなかったのか?気にならないのか?睡眠時間とか本の趣味とか。
「おれはききたーい」
「シャルナークは駄目だ、アイツと関わり合いになるな」
「えっなんで!?」
「お前の顔は名前の守備範囲内だ」
「団長、自分の顔以外に誇れるところないの?」
俺に誇れるところがないのではなく、彼女が常軌を逸する面食いなだけだ。事実を過不足なく伝える俺に対して、団員の視線は生あたたかい。
「大丈夫よ、団長、声とかも綺麗だし」
「いざとなれば殺せばいいじゃん、団長、死体すきでしょ」
「ネクロフィリアの趣味はない」
「でも目とか骨とか好きじゃん」
「死体でもいけるでしょ?」
「むしろ五体満足の死体じゃなくてもいけるだろ?」
目をつむって、思考を深く沈める。いけるかいけないかでいうのであれば............まあ、いけるな。新しい発見だ。選択肢が増えた。
「間違って殺しても死体には触るなよ」
「え、まじで?」
ひとを煽っておきながら引いた顔をするのはどうかと思う。発言には責任をもつべきじゃないか?
「仕事に持ち込まないならなんでもいいよ、持ち込まないなら」
「ああ、仕事の邪魔になったら気にせず殺せ、だが死体は」
「きもちわるい話しないで!」
気にすんなよ団長、性癖は生まれつきだ!と背中を叩いてくるウボォーギンの力の強さに、作業服から埃が舞った。
次のデートには新しいスーツでも着ていくかな。
(「別れる?選択肢はデートをするか死ぬかだ」)
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