別れはぶざまなほうがいい
「......クライさん」
「かわいいよね」
「クライさんッ!」
エヴァが語気を強めてようやく、クライ・アンドリヒは曖昧にわらいながら、言い訳のようなものをはじめた。
「法には触れないとおもうんだ。触れるかな?」
「私に聞かなくてもわかりますよね?」
「うーーーーーーん......ふれ......ないといいね」
「いいね〜」
「ね〜」
意味もわかっていなそうな子どもの発言に乗っかるクランマスターに、目眩のようなものを覚える。ここ数週間、一度も外出していないので(それもどうかと思わなくもないが)外部に知られてはいないとはいえ、このままでは醜聞に関わる。
「この子は迷子だって言っていましたよね」
「そうだね」
「私が保護者を探しますと言ったら、クライさんが必要ないと言いましたよね」
「いったかもしれないね」
「言いましたよッ!」
「うんわかった、そうだね、いったね......」
「ゆったの?」
「そうらしい、困ったね」
少女がニコニコと笑って、クライさんになついているからといって、勝手によそ様のお子さんを拘束していいわけではない。
「クライさん、その子が気に入ったのはわかりましたから、まず親御さんに許可をとってからほっぺたで遊んでください」
「気に入ったわけじゃあないよ、それだと僕が幼児趣味の変態みたいじゃないか」
変態じゃなかったらなんなのだろうか。変質者なのだろうか。なんにせよ、ろくな大人じゃない。
「その子の家族をこちらで探すので、どこで拾ってきたのかと、できるだけ詳しい個人情報を教えてください」
「やれやれ、仕方ないか」
「クライさん」
「アイス屋さんの前で会った。チョコアイスが好きみたいだよ」
「......他には?」
「髪の毛が伸びるのが僕よりもだいぶ早い、そろそろ前髪切ったほうがいいと思うんだけど」
僕は不器用だからなあ、なんて言いながら少女の髪の毛をいじるクライさんは、あくまでこの子どもから離れたくないらしい。
「そんな情報で探せると思ってるんですか!名前とか!年齢を!教えてください!」
「なまえか......知らないな」
「知らないはずないでしょう」
「え、知らないけど......?」
困惑した表情で見られても、こちらが困る。数週間も一緒に過ごしていながら、名前すら知らない、というかそもそも、『千変万化』がそんな基礎的な情報を逃すなんてありえるのか?そこまで考えて、今までのいろいろを思い出して、なんだか腹が立ってきた。このひとは、いつもいつも、全部知ったうえで、このアホみたいな顔で煙に巻くのだから......!
「じゃあなんて呼んでいたんですか」
「ずっとふたりきりだったし、知らなくても大丈夫だったよ」
「じゃあ!今すぐ!聞いてください!」
「ええ......」
「なんですか」
「名前なんてつけたら愛着わくじゃんか」
普段は誰も寄せ付けず、ひとりきりで時間を過ごすことを好むくせに、何週間もべったりいちゃいちゃしておいて、愛着がわいていないなんてどの口がいうのだろうか?......いや、そもそも、人間はペットじゃないですからね!
(名前ちゃんもマスターの名前を知らない)
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