『障害の排除によって愛は強くなります』
「なにも犯罪というわけじゃあない、そうでしょう」
「こんなことすべきじゃなかった」
「ええ、貴方ではなく、私がすべきことでした」
そんなはずがない。これはわたしの問題だった。誰に任せていい問題でもなかった。自分ひとりで実行して、自分ひとりで死ぬべきだった。
「泣かないで。貴方は正しい選択をしました」
「自分では何もしなかったのに?」
「ええ」
「あなたを利用したのに?」
「もちろんそうすべきでした」
どうして?なんて、そんな馬鹿げた質問をすべきではない。わたしは彼の気持ちを理解して、彼を頼った。彼がわたしに好意を持っていることをわかったうえで、彼に縋りついた。好意に付け込んだ。きっと助けてくれるだろうと期待して、そして本当に助けてもらった。
「わたしに、できることはありますか」
「そんなことを言う必要は無いんですよ名前さん」
「......ごめんなさい」
善意の見返りを要求するようなひとではない。そのこともわかっていた。わたしが自分自身の負い目を清算したいだけの、わがままだ。何かを返すのなら、彼に言わせるべきじゃあない。でも、わたしになにができるだろう?財力も、武力もなにもないわたしに。
「名前さん、貴方はただ願っただけです」
「あなたの前で願いました」
「それを喜ぶような男は醜いと思いますか」
「そんなこと」
「なら何の不都合もないでしょう」
優しい声だった。何も心配することはないと、何も悲しむことはないと、ずっとわたしの手を握ってくれている。彼のような偉大な探窟家が、ただこうして、そばにいてくれる。これがどんなに価値のあることなのかは、オースの住民ならみんなしっている。
「わ、たし、あの」
「ゆっくりでいいですよ」
「あなたに、感謝しています」
いまになって、本当の意味でわたしは後悔していた。わたしをこんなに大事にしてくれるひとに、ひどいやり方で頼みごとをして、そして、負い目があることが彼にも伝わっているだろう現状に。
「ええ、ええ、それで?」
「えっと」
「私に伝えておきたい願いは、もうありませんか」
肯定をしようとして、でも、言葉がつづかない。叶わないことがわかっている望みを口にだせるほど、わたしは強くなくて、ただ泣くことしかできない。
「名前さん、貴方の願いは私が叶えます。それがどんなものであっても」
「でも」
「怖がらないで」
「また.......会いにきてくれますか」
探窟家はみんな深淵に潜っていく。そして戻らない。白笛になるというのは、自分は深淵で死ぬという強い意思表示と同じだ。弟子がいても、家族がいても、誰がいてもそれは変わらない。そんなもので変わらないから白笛になる。
「私のそばにいることを、望んでくれるんですね」
わたしの曖昧な言葉の裏側も、ぜんぶこの人にはお見通しだったようだ。なんて恥ずかしい。恥ずかしいと思うべきだ。愛を理由に、探窟家を引き止めるだなんて!
「私には独自のルートがあります。無力なひとも深く潜れるような」
「ボンドルド卿......?」
「選んでくれますか、私を」
(障害が無いならつくればいいじゃない)
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