運命のひと
「やあ、名前ちゃん」
「......こんにちはヒーロー」
「ディドくんって呼んでほしいな」
「ディドくんは意地悪ね」
あーあ、死にたいなあ。そんな気持ちはため息になって口からこぼれる。
せっかく綺麗な洋服を着て、美味しいお菓子を用意して、全部ちゃんと準備をしてから崖から飛び降りたのに。今日こそ死ねるとおもって、心臓はドキドキして、わたし、さっきまで、本当に幸せだったのに、助けられてしまったら、全部だいなしだ。
「どうしていっつも、わたしの自殺にあなたは気づくの?わたし、誰にも内緒でここまで来たのに」
「名前ちゃんのことならなんでもわかるんだ」
「ディドくんはストーカーさんだったの?」
「なっっちっ、ちが、ちがうよ!」
「冗談よ。そんなにうろたえられると本当なのかと勘違いしてしまうわ」
それにしても、いつまで抱っこされていなきゃいけないのだろうか。ディドくんの腕の中は、地面に足を下ろしているときとまったく変わらない安定感で、別に不安に思っているわけではないのだけれど。体の力を抜いて、頭をディドくんの肩にもたれかけると、ピクリ、と一瞬ディドくんの腕が震える。ドキドキ、と心臓の音が聞こえて、ヒーローにも心臓があるんだなあ、と思って少し笑う。
「......ねえ、ほんとうは、僕のこと、待っていたんじゃないのかい?」
「どうして?」
「僕が名前ちゃんに会いに来るとき、君はいつも特別に綺麗な格好をしているから、その、」
自殺をするときにおしゃれをするのは当たり前じゃないか。ディドくんは何を言っているのだろうか、と首をかしげると、なんでもない、と小さな声が聞こえた。
「ディドくんは、わたしといるときはとっても小さな声でおしゃべりするのね」
「名前ちゃん以外に聞かれたくないから」
「こんなに高い空の上で、盗み聞きするような人なんていないわよ」
「そうだね、二人っきりだ」
それっきりディドくんは黙り込んでしまう。わたしもそれ以上口にすることも見つからなかったので、ディドくんの肩に頭を乗せたままで目を閉じる。
もう日は暮れて、夜になろうとしていた。でも寒くはなかった。ディドくんの体温はわたしよりも高かったし、わたしの心臓は止まりそうにもなかったから。
......ああ、あの日。初めてわたしが死んだあのとき。血液が体から抜けていくときのあのときの感覚は、本当に素晴らしかった。そういえば、あの日もこうして、ディドくんがわたしの体を抱きしめてくれていた。
「ふふ」
「どうしたんだい」
「ディドくんに、初めて会ったときのこと、おもいだしてたの」
「、名前ちゃんが、あんな風に笑うから僕は、」
「なあに?」
「いいや。もうお眠り。僕が家まで届けてあげるから」
「ええ、おやすみなさい、ヒーロー」
次の朝、目覚めるとベッドの上だった。枕元にメッセージカードが置いてある。「美味しかったよ」という感想と、その下にヒーローの直筆サイン。
お菓子を用意するようになったのは、ディドくんが文字通り、飛んでくると理解してからだ。そういう意味では、たしかに、わたしは死ぬまえにいつも、ディドくんのことを待っているのかもしれない。
(あの日の死に際の笑顔に目を奪われた)
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