人に理解してもらう為の愛じゃない




「なぁ、帰化してくれよぉ」
「いやむり......英語できないですし.....」
「審査は俺がなんとかしてやるから」
「いやできるできないじゃなくて」
「名前は俺より日本がいいのか?」

そうですけど、という言葉が正直なところだったが、それをそっくりそのまま口に出すのはヤバいというくらいの分別はあった。なので「わたしが英国民になっても、毒にも薬にもなりませんよ」と、いつものセリフで誤魔化す。日本さんの提供でお送りしております。感謝。

「じゃあ結婚してくれ」
「無理だってわかってますよね?」
「じゃあセックス......」
「情けないこと言いながら泣かないでくださいよ」

彼のこの奇行は結局のところ、自己の拡大という、彼らにとっての生存本能のようなものだろう。そのはずだ。優秀な人間を自分の一部にしたいという、国としての当たり前の欲求.........なんでわたし?いや、やめよう、考えれば考えるほど、精神がやられる。

「俺だって頑張ってるのに」
「そうですねえ」
「文通もしたし、デートもしたし、あとは帰化だけだろ.......」
「あれ、もしかして、帰化したら終わりなんですか?」

国籍取得後にイギリスで暮らす必要ってもしかしてない?日本で投票とかはできなくなるだろうけど、もともとそういうのしてなかったしな?普通にアリな気がしてきた。あ、でも国民皆保険ってどうなってるんだ?日本さんに相談して、問題なさそうなら、さっさと終わりにしようかな。

「終わりってどういうことだよ」
「いや、こういう関係が」
「俺になってくれるんだろ?何が終わるんだよ、そこからだろ、名前は俺になるんだろ?」
「ちょっとそういう抽象的な表現されるとわかんなくて......」
「ああ、そうか!つたわってなかったのか!それは俺が悪かった、なんだ、そっか、よかった!」

これは直感のようなもので、自分でも説明が難しいのだが、あまりよくない方向に話が進んでいる気がした。イギリスさんが、眉を下げて、心の底からホッとしたような笑顔を浮かべている。

「明け透けに言葉にするのはよくないって聞いてたから」
「はあ」
「俺はイギリスを愛してる、イギリスと共に生きて死ぬ」

イギリスさんのその言葉には、歴史の重みと彼の誇りが詰まっていた。わたしみたいな一般人には把握することもできないくらいの、大きな質量の言葉。

「名前も、俺の人生に付き合ってくれ」
「.......帰化するくらいなら、まあ」

流された。認めよう、流されたとも。あんまり格好良かったから。存在感の重さが普通じゃなかった。雰囲気にのまれてしまったのだ。だってこちとら一市民なんですってば!
信じられないスピードで、具体的に言うといろんな条件を特例としてスルーし、わたしはイギリス人になっていた。先祖代々日本人だけど。そして英語もまともにしゃべれはしないけど。人生をかけたギャグかな?

「英語はゆっくり覚えればいいさ、時間はまだある」
「6年やって覚えれてないんですけどね、何年かかるかな」
「100年くらいなら俺は待てるぜ」
「え?」
「い、いや、冗談だ。名前のためなら500年だって勉強つきあうからな!」

そういうことではないんだよなあ!?なに?えっ帰化すると人間やめたことになるの?帰化ってすごーい!

「に、日本かえる.......」
「わかった!英語は覚えなくてもいい!なんもしなくていいから、俺と暮らそう?」
「勉強がいやなんじゃないです!」
「じゃあ俺が嫌なのか?」
「そうです!」

わたしの言葉を聞いて、イギリスさんは目を細めて、楽しそうに笑っていた。自分の子どもが泣きわめいているのを、可愛いなあと笑う父親のような、そんな笑い方。

「だ、騙したんですか?」
「俺と一緒に死んでくれるんだろ、そう約束してくれただろ」
「それって、何年後ですか?」
「俺を殺したいなら、好きにすればいいぜ。俺は国民の選択、その全てを否定しない!」

あ、でもナイフで刺しても死なないから、そこはごめんな、と堪えきれないように笑いながらしゃべる。いたずらが成功したような、その表情からは、なんの罪悪感も読み取れない。

「じゃあ、出て行きます。わたしの行動を否定しないんですよね?」
「おいおい、名前は俺の国民だが、それ以上に俺のパートナーだろ」
「なんなんですか、なにがしたいんですか?なんで、」
「さよならなんて、二度といいたくないんだ。名前にお別れの言葉をもういいたくない」

愛してもらえないのなんて慣れてる、そんなのは初めから期待してない。さよならを言わなくてもいいってだけで、俺はしあわせだよ。そういって、人間の形をした男は、人間のように笑顔を浮かべた。


(自分を愛してないひとを、愛してはいけないなんて誰が決めたんだ?)




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