切なくも悲しくもないならそれは




「わたしのことすき?」

「あぁ、愛しているよ名前」

「ねえ、自分のことを好きじゃない人間を好きでいるのってどんな気持ちなの?」

「毎日が幸せだよ。名前も同じ気持ちだろう?」

「ぜんぜん幸せなんかじゃない、ねえ、なんであなたは笑っていられるの?」

わたしのしっている恋はつらいものだ。苦しいものだ。彼がわたしじゃない女を愛している、彼がわたしを友人だと思っている、彼はわたしを憎んですらくれない。
だからわたしはディエゴと付き合った。わたしのことを好きだと言ってくる、美しく、頭の良い、みんなが素晴らしいと評価する、この男に身を任せた。それを聞いたあの人は、やっぱり笑顔で祝福してくれたのだけれど。

「あの男のことを考えているのか?」

「そうよ。どうしても忘れられない、ねえ、なんで忘れさせてくれないの?」

あの人を忘れるために、わたしはディエゴの手をつかんだのに。ディエゴは穏やかに微笑みながら、いつもわたしの心を暴いてくる。さわらないでよ、わたしの思い出に、ふれないでいてよ。

「苦しむ君はなんて美しいんだろうね」

「......へんたい」

「ありのままの君を俺は愛しているんだ。名前の苦悩も、葛藤も。恋をしている女が世界でいちばん美しいとはよく言ったものだよな」

じっとわたしをみつめるディエゴの表情は、本当に、心のそこから幸せそうで。
わたしとディエゴの、何が違うのだろう。わたしの恋心が、ディエゴのそれよりも劣っているのだろうか?こんなにも好きなのに。好きだからこそ、わたしはこんなにも息苦しいのに、ディエゴを見ていると、自分の恋がまちがっているように思えてくる。

「ディエゴ、おねがい、いまだけ、」

「君の望みなら」

ディエゴの首に腕を伸ばすと、優しい声が帰ってくる。ディエゴの腕の中は暖かくて、......まるで、あの人に抱きしめられているかのようで。まるで、あの人がわたしを愛してくれているようで。
わたしを抱きしめる男は、何もしゃべらない。心臓の音だけがゆっくりと聞こえてくる。ねえ、こうしていると、なにもちがわない。全部一緒だ。逞しい男の筋肉、柔らかい髪、熱い体温。

「すきなの、ねえ、なのになんで、」

「......」

とんとん、と背中を叩いてくれる腕からは、言葉にせずとも、わたしへの愛情が伝わってくる。いたいくらいに。ああ、この人はわたしのことを愛しているのだ。......だから、この人は彼じゃない。わたしの好きな人ではない。

「ねえ、わたしのことを愛してくれてるあなたを好きになりたかった」

「......」

「なにかしゃべってよ、ディエゴ」

「、あいつの代わりはもういいのか?」

「代わりになんてならない、ねえ、なんで、嫌なら嫌っていってよ、」

わたしの頬を叩いて、あいつのことなんか忘れろって、俺の前であいつのことなんか考えるなって、そう叱ってよ。じゃなきゃ、わたしはずっと、あの人のことを忘れられない。

「名前、君の心は誰よりも美しい。君の想いを否定する奴は俺が殺してやる」

「わたしの恋人は!ディエゴでしょ!」

わたしは自分勝手にディエゴに怒って、自分勝手に泣いていた。自分とは別の人間に恋する苦しみを、あなたならわかってくれるって思っていたのに。ディエゴはいつでも、恋をするのがいかに幸せかを語るのだ。

「ずるい、ずるい......ずるいじゃない、」

「名前、大丈夫だから」

「ねえ、わたしを殺してよ、わたしの恋心、ディエゴが殺して」

「いちばん近くで見ていた俺が断言するよ。名前の愛は美しい。そんな悲しいことはいわないでくれ」

わたしの恋は叶わない。なら、せめて幸せになりたいって思うのはまちがっているのだろうか。

「ディエゴはそれでいいの?」

「もちろん。君への愛に誓って」

やっかいなことに、ディエゴのこの言葉は本心からのものだった。ディエゴはわたしを愛している。ディエゴはわたしを否定しない。ねぇでもそれって、恋っていえるの?


(「恋っていうのは道理が通らないものさ」)




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