咲いてもいない薔薇のため
(承太郎視点)
俺の右手の上で、名前の細い指がいたずらに動く。ひっぱったり、つねったり、人の手をおもちゃにしている名前は、俺が喜んでいるなんて思ってもいないにちがいない。これは名前なりの俺への嫌がらせで、俺が自分の敵ではないことの確認だ。俺は名前に触れてもらって嬉しいし、名前もされるがままの俺をみれて安心する。昔からつづく、俺たちコミュニケーションのかたち。
「承太郎くん、もしかしてあんまり痛がってない?」
「どっちかっていうとくすぐったいな」
「ええ、わたし、がんばってたのに」
「我慢はさせられたぜ」
「我慢してたの?へえ、ふふふ」
我慢はずっとしている。嬉しそうに俺の右手を両手で握る名前に、触れて、キスをして、押し倒してしまいたい。だが、それをした瞬間に、名前の心は俺から離れてしまうだろう。名前は臆病だ。病的なほどに。名前がもちだした、俺から触らないという約束は、ひどくもどかしい。
「なァ、キスしてくれ」
「だーめ」
「散々俺の手をおもちゃにしてたんだ、ご褒美をもらってもいいだろう?」
「うーん」
名前は面白いものを見つけた、といった風な顔で俺の顔を見てくる。今日はいじわるをしたい気分らしい。
「名前」
「1回だけね」
名前があぐらをかいた俺の膝の上に乗った。頬に名前の手が添えられる。顔を近づけた名前の表情に、羞恥や動揺は見られない。男として見られていないと悲しむべきなのか、ここまで気を許してくれるようになったと喜ぶべきなのかは微妙なところだ。
一瞬だけ唇がふれあい、すぐに離れる。名前が何かを言おうと口を開いた瞬間、部屋のドアが音を立てて開く。見ているこちらが心配になるほどに、大きく肩を揺らした名前が俺の膝に乗ったままで後ろを振り替えった。
「あ、聖子さんだ」
「今は取り込み中だぜ」
「あらあらあら、私ったら、お邪魔だったかしら?」
「お邪魔なんかじゃないですよぅ」
仲がいいのは結構だが、俺より母親の方に懐かれてるのは気分がよくない。夕飯を作るという母親について行ってしまった名前に、ため息が出る。せっかく家にきてくれた恋人に放って置かれるのはきついものがある。
キッチンで料理の手伝いをする名前の後ろ姿を眺める。お世辞にも役に立ってるようには見えないが、二人とも楽しそうなので何も言わない。
「よるごはんできたよ!わたしも手伝ったんだよ」
「ああ、ありがとう。ちゃんとみてたぜ」
「承太郎は名前ちゃんにだけは素直なんだから、もう」
いっそ怯えられてもいいから、自分の部屋に閉じ込めて、好きなだけ愛してやろうかなんて思ったことは一度や二度ではきかないが、実行に移していないのは、たぶん惚れた弱みだ。そこんところはわかってほしいんだが、なにせ俺の恋人は臆病なもんだから、たぶん知ったら俺には近づかなくなるだろう。いつまで俺は優しい承太郎くんでいなきゃいけないのかと考えると、ちょっぴり心が折れそうになるなと、抱きついてくる名前を受け止めながら思った。
(別の男に懐いた瞬間バッドエンドです)
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