蹴っ飛ばしてやるし抱き起こしてあげる




心さんの名前を知って翌日、わたしは足が無い状態で、久しぶりに煙様のお屋敷の外に連れ出されていた。わたしを抱っこしたままで無言の心さんの腕の中でおとなしくしつつ、フランクにわたしに話かけてくれる能井さんの質問に答えていく。答えにくい質問を遠慮なくしてくる能井さんは、わたしが言葉につまっても、気にせず答えを催促してくるので、非常にやりにくかった。わたしのパートナーもお母さんも、あなたのパートナーが殺していったんですけど......さすが先輩って......そっか......

「先輩は食事も仕事もめちゃくちゃ早いんだぜ!」

「すごいですね」

「でも俺も強いからな!殺したい奴がいれば言えよ!」

「能井、そういうのは俺の仕事だ」

「それもそうですね!」

心さんが久しぶりにしゃべったのに色々な意味でドキドキする。心さんの息が首筋にかかったっていうのと、久しぶりの言葉が意訳「殺しは俺がする」であるというのが主な理由です。こわいよぉ......

そんなこんなで連れてこられたのが高級ブティックである。能井さんに付き合って一緒に来たのか、心さんがわたしに着替えを買ってくれるつもりなのか、大穴で心さんの服を選ぶのに能井さんも来たのか。店員さんはすでに連絡を受け取っていたようで、こちらに、と個室に案内をしてくれる。高級ブティックでの買い物の仕方をわたしは知らないのと、行動のあれこれを心さんに握られているので大人しくしている。

「名前様は足が不自由なのでしょうか?」

「そーだな......本番では歩かせるか」

「足の長さを計りたいのですが」

「能井」

「ほいほい!」

「えっ」

能井さんのケムリによって、久しぶりにちゃんと足が動く感覚に感動する。足がちゃんと腰の下にあるって特別なことだったんだなぁ。
久々の自分の足で、少しふらふらとしながら、その場に立つわたしの手や足の長さを、素早く店員さんが測っていく。プロの仕事である。あれ、というか。

その一、足がある。その二、心さんと能井さんが店員さんと話し込んでいる。その三、ここは煙屋敷ではない。
に、にげられるのでは?チラッと扉を確認する。鍵をかけたような様子はなかった。え、今しかないのでは?店員さんが生地がスクラップされた本を取り出して、心さんと能井さんがそちらに顔をやった瞬間、わたしは扉に向かって走り出した。

「あ、逃げた」

「逃げてるんですかあれ?遊んでるだけじゃないですか?」

バカにされたような言葉を聞いた気がするが、驚く店員さんを突き飛ばして店の外に走る。ここは高級ブランド通りだから、たぶんジュータンタクシーが......あった!

「のせてくださ、う"っ、」

「はねっかえりだなあ」

「し、心さん、あの、」

息ひとつ乱していない心さんが、わたしを軽々と持ち上げる。し、失敗した......殺される......

「う"ぅ、しにたくないよぉ......」

「死んでも煙サンに頼んで生き返らせてやるから心配すんな」

「拷問の方がいやーーー!!!たすけて!!!」

「名前は元気だな」

連れ戻されたブティックの室内には、先ほどまではなかった真っ白なドレスが五つほどならんでいる。ドレス......女物......消去法でいくとわたしのためだよねこれ。えっなんか......このドレスって......

「ウェディングドレス?」

「おっ戻ってきた!流行りの型だけとりあえず出させたけど、名前は好みとかあるか?」

驚きで涙がひっこむ。ウェディングドレスなの!??!?!わたしの!??!?!?

「し、心さん......あの......」

「どれも似合うと思うぜ。俺には良し悪しとかはわからん」

「花嫁は旦那様に一番綺麗に見られたいものですよ」

「つってもなぁ。おい能井、なんのためにお前に声かけたと思ってんだ」

「俺はかっこよくて動きやすいのが好きです!」

「お前にじゃねェよ。ほら、人形遊びするならとかでなんか意見ないのか」

「人形遊びとかは通ってきてないので......」

「人選間違えたなァ」

「名前も動きやすいのがいいよな〜?」

先ほどのわたしの逃走劇など全くなかったかのように、明るい声で話しかけられて、勢いに負けてうなずいてしまう。能井さんは怒ってないとして、心さんも部屋についたらわたしを床に下ろしてくれて、ドレスを真剣に見比べている。

「ほら名前も動きやすいのがいいって言ってますよ先輩!」

「ウェディングドレスとしては特殊な型になりますが、スカートが短いタイプのものをお持ちしましょうか」

「んん、スカート短いのは......俺が嫌だな......」

「ではスリットなどはどうでしょうか」

「名前、どうしても動きやすいほうがいいか?」

「えーーーっと、わたしはべつに、だいじょぶです、」

もしかして:ぜんぜんおこってない。
その事実に思い至って、めちゃくちゃほっとする。お、怒られなかった。よかった。まだ生きていられることを悪魔に感謝する。

「まあ白くて肌が見えないならなんでもいいか」

「了解いたしました。心を込めて、最高の仕事をさせていただきます」

「先輩も白い服着るんですか?」

「黒じゃダメなのか?」

「男性は黒を着る方もいらっしゃいますよ」

「じゃあ黒いので」

とんとん拍子に話がまとまっていくのを、置いてきぼりにされたような気持ちで聞く。だんだん落ち着いてくると、怒られなかった安心感が通り過ぎて、もしかしてこのままでは結婚させられるのでは?という疑問が浮かんでくる。心さんと?猫山とお母さんを殺したと自らわたしに語った心さんと???
いや猫山を殺すのはわからなくもない。パートナーと恋人はお互いに嫉妬しあうこともあると、話には聞いている。お互いに殺しあうのは童話の定番でもある。でも猫山は女の子だし、お母さんにいたっては、なぜ殺されたのか今でも理由がよくわからない。わたしのことが嫌いだからっていうのが、いちばん筋が通っている説だと思うのだけれど、そうすると「惚れた」発言とか、結婚計画疑惑の辻褄が合わなくなる。

「心さん、あの、」

「どうした?」

「わたしのこと好きですか?」

「......」

「......」

「......」

......無言!!!!!これはいよいよわからなくなってきた。

「あはは先輩めちゃくちゃ照れてる!」

「てっっってれてる!?!??!」

「そーいうのは言わなくていいンだよ!!!」

バキッとすごい音を立てて能井さんが心さんに殴られる。ひえっこわっ......うわ血がでてるぅ......
絶対怒らせないようにしよう、と決心したわたしに、心さんが手を向けてくる。あれ、なんかデジャブ、と思った瞬間、足が物理的に"崩れる"。床に転がる前に、わたしの上半身をキャッチしてくれた心さんが、ぶっきらぼうな声を出す。

「帰るぞ」

「あし......」

「必要になったらな」

「、はい」

店内に放置されたわたしの足はいったいどこでどう処分されるのだろうか、なんてぼんやり思っていると、能井さんが後ろできちんと回収してくれていた。入れ物はゴミ袋だけど、わがままはいうまい。


(心さんの首が赤くなっていることに気づいたけれど、指摘するだけの勇気はなかった)




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