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職場体験が終わってテストが近づいていた。
退院してからと言うもの、俺は未だに名前と話せないでいた。

緑谷にちゃんと話した方がいいと言われたが、連絡してこないでと言われた顔が頭から離れない。
これでさらに嫌われたらどうしよう、とかもう口を聞いてくれないかもしれないとそんな事ばかりが浮かんで結局時間が経ってしまっていた。

そんなある日名前から昼休みに呼び出された。
俺だけでなく、緑谷と飯田も一緒だった。
色々言いたい事は沢山あったが、名前の顔を見るといつもの顔だった。

「本当に、ごめんなさい。」

呼び出されていきなり名前は頭を下げた。
それ自体に驚きを隠せないが、俺が何かを言う前に他の2人との会話が続いていく。

「ううん、私が謝りたいの。
いきなり病室に来て泣き出す女なんて意味わかんないよね…。
何も言わないまま帰ってしまって…不躾で本当にごめんなさい。
…これお詫びとお見舞いを兼ねてなんだけど、受け取ってくれる?」

名前は持っていた大きめの紙袋を順番に配っていく。
そうして最後に、俺に向き合った。

「焦凍君、連絡して来ないでなんて勝手な事言ってごめんね。
もう十分頭冷やしたから大丈夫だよ。」

「え、あ…いや…、」

いつもの名前だった。
まるであの日なんてなかったかのような、いつも見ている名前の顔。
病院に来たあの日の面影はちっともなく、今までの穏やかな空気だった。

「良かったら受け取ってくれる?」

「…、」

紙袋を受け取ると、震えそうになる声を抑えながら俺はずっと聞きたかったことを名前に尋ねた。

「……名前、」

「うん?」

「あの日、俺に何を言おうとしたんだ…?」

小さく、でもはっきりとそう口にした。
どうか、いつものように答えてくれと願いながら。

「うーん、沢山あるけど、焦凍君にとっては多分聞くに耐えない事ばっかだから聞かない方がいいよ。」

「…!
っ名前!それでも俺は…!」

「ほら、もうお昼休み終わっちゃうよ?
焦凍君今日は学食?」

「っ、ああ。」

「そっか、じゃあ私もう行くね。」

そう言って名前はその場を後にしてしまった。

…はぐらかされてしまった。
それも明確に。
どうすればいいのか分からなくて、俺はその場に立ち尽くしていた。

「轟君…、」

遠慮がちに2人は俺に声をかけてくれたが、それに答える術を持っていなかった。

「それでも、名前のありのままの言葉を聞きたかった、」

ぽつりと呟いた声は静かに溶けて消えた。

「…轟君、やっぱり苗字さんとちゃんと話をしよう。」

「緑谷…?」

少しの間の後、力強い言葉が静寂を切り裂いた。

「僕は、苗字さんの事そんなに知らないけれど…でも、あの日病院に来た苗字さんは多分轟君を心配していたと思うんだ。」

「轟君、僕もそう思う。
だが心配と同時に…無茶をするなと、彼女は言いたかったんだと思うぞ。」

「でも、俺は、」

明確に線引きをされたのに、また掘り返してしまったら友達を辞めると言われてしまうかも知れない。

「体育祭の時にね、僕苗字さんと少しだけ話をしたんだ。」

緑谷はそう言いながら少しだけ嬉しそうな顔をしていた。

「…?」

「轟君の事頼むって、優しい人だから、歩み寄ってきたら話を聞いてあげてってそう言ってたよ。」

「っ!」

「こんなに君のことを考えてくれる人なんだから、きっと話を聞いてくれるよ。」

「…そう、か。」

第3者から伝えられる名前の言葉は、とても優しかった。
こんなにも俺自身のことを考えてくれたのは家族以外初めてだった。
どうしていつも、名前はこうなんだろうか。
欲しい言葉をくれる名前は、あの日何を押さえ込んでしまったんだろう。
俺が聞くに耐えない事とは一体何なんだろうか。

…でも、いくら聞くに耐えないような内容だとしても俺は受け入れる。
受け入れる覚悟はある。
だって名前はずっと俺を心配してくれていた。
中学生の時も、襲撃された時も、体育祭の時だっていつもそうだ。

「緑谷、ありがとうな。」

「ううん、…きっと大丈夫だよ、だって苗字さんすごく優しい人だと思うから。」

「ああ、いつも、そうなんだ。」

飲み込んでしまった言葉達は名前のありのままの言葉で、…優しさだと思う。
だからきっと何を言われたって俺は全部受け止める、絶対に。