35

体育祭から少しばかり日が経つ。
あの後、落ち着いてから轟君と共に帰路についた。
帰り道はほとんど無言だったが、何処か心地が良かった。

あれから轟君は何処か吹っ切れたように付き物がほとんど落ちていた。
冷たい目もしなくなり、優しい目をしている。
その目を見るたびに私は緩む頬を抑えられなかった。

「苗字、また緩んでる。」

「うん、ごめん。」

「ごめんって思ってる顔じゃねぇ。」

「ふふ…ごめん。」

はぁ、とため息を吐きながら何処か照れたような、なんとも言えない表情を浮かべる轟君。
ここ最近はいつもこんな感じだ。
仕方ないではないか、中学3年生から彼を見てきている私からしたら本当に喜ばしい変化であるのだから。
色々と精算したいと言っていた轟君は最初に母親のお見舞いに行ったらしい。
特に拒まれることもなく、寧ろ良好な関係を戻せていると聞いた時には盛大にお祝いしたい気分だった。

「そう言えば、この間見舞いに行った時なんだが…」

「うん、…?」

体育祭の振替休日も終わり、休日明けの登校日だった。
電車に揺られながら相変わらず他愛ない会話をするが、体育祭は全国放送?らしくて轟君は沢山の人から声をかけられていた。
いやぁ…良きかな良きかな。

「お母さんに苗字の話をしたんだが…そしたら、会ってみたいって言われて…、」

「えっ!?」

お母さん呼びなの!?
別にいいんだけどギャップ凄いな轟君…。

「悪い、でも苗字さえよければ会ってくれねぇか?」

「それはいいけど…。」

「良かった、都合がいい日後で教えてくれ。」

うーん??
お母さんに何を吹き込んだのかね君??
いや怖いな…緊張凄い。

学校へ着いてからは体育祭の話で持ちきりだった。
私はいつものように本を読んで時間が過ぎるのを待った。

「苗字さん、」

「…?あ、心操君、どうしたの?」

名前を呼ばれたので振り返ると、あの日以来に喋る心操君が居た。

「いや、その体育祭の時見かけなかったからどうしてたのかなって…。」

「あれ先生言ってなかった?」

「棄権としか聞いてなかったから…、」

「そうだったの?
私は無個性だから棄権して、体育祭の雑用してたよ。」

本を閉じて心操君と向き合う。
そう言えば全く気がつかなかったが、何気に席が近い。

「そう、なんだ…見かけなかったけどそんなに忙しかったの?」

「そうそう、結構こき使われたよ…次の日筋肉痛が凄かった。」

「ふっ、そっか。」

そう言って少しおかしそうに心操君は笑った。

「だからあんまり体育祭自体も見れなくてさ、心操君は出場したんだよね?」

「した、けど…決勝戦ですぐ落ちたよ。」

「そうなんだ?」

仕事で忙しかったのは本当だけど、轟君が心配で他の人とか全然見てなかったなぁと思いながら心操君の話を聞く。
そもそも私にはあまり関係ないし…。

「…でも、この間苗字さんが言ってくれた言葉は嬉しかったよ。」

「…?なんか言ったっけ…?」

記憶にないぞ?

「…苗字さんって意外とあっさりしてるよね。」

「え、」

突然の悪口…にはいるのか??

「いや、忘れてるならそれでいいよ、…ありがとう。」

「HR始めるぞー。」

身に覚えがないお礼を言われ、頭に?を浮かべているとタイミングよく担任が教室へ入って来た。
会話はそこで終わってしまったが、まあいいかと思考を切り替えることにした。