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分からなくなってしまった。

ーーーー「君の!力じゃないか!!」

緑谷にそう言われてから俺は、俺の中にあった色々な思いが何もかも分からなくなってしまった。
ここで一番になって俺はあいつを完全否定する事だけを考えて生きてきた。
それなのに、ここにきて分からなくなってしまった。

ごちゃごちゃとした思考を抱えながら戦いに挑むが、戦意は喪失しかけていた。
結局体育祭は2位と言う結果に終わった。
情けない反面、精算しなければいけない事が山ほど出来た。
………今なら、できる気がする。

HRが終わり、それぞれが帰路に立つが俺はどうしても今日中に苗字に会っておきたかった。
伝えたい事が沢山あったし、お礼も言いたかった。
優勝は、取れなかったがそんな事で文句を言う奴ではない。
苗字はそのまま学校には戻らないらしいが、体育着だったし制服に着替える為に一回学校へと戻って来るだろう。
見るかどうか分からないが、一応メールをいれる。
返事が来なかったらそれまでだ。

日も大分暮れて来た。
苗字は、もう帰ってしまっただろうか?
ごちゃついている思考は中々纏まらず、何を先に言ったらいいか分からなかった。
緑谷の言葉、お母さんの泣き顔、クソ親父の数々の稽古や言葉、怒り、恨み…それから、

ーーー「これでヒーロー?」

「あ…、」

苗字に言われたあの言葉。
ずっと頭の片隅にいた台詞。
考えても考えてもうまい返しが思いつかなかった言葉。

「轟君!!」

その時、がらっ!と大きな音を立てて声を荒げた苗字が教室へと入って来た。
その声量の大きさに驚く。

「苗字、…驚いた、でかい声初めて聞いた。」

「え、ああごめん…じゃなくて!
先に帰ってて良かったのに!」

「悪い、どうしても今日会いたくて、」

「はあ…携帯気づかなかったらどうしてたの?」

「そん時は帰ろうと思ってた。」

呆れたような声を出す苗字に、俺はようやく安心していた。
勝手に待ってたのは悪いと思うが、苗字はきっと無下にしない。

「はぁ…それで、どうしたの?」

大きなため息とともにそう問われるが、未だに何から言うか迷っていた。
慌てて口を開くがどれから伝えようかと思考が停止する。

「大丈夫、待つよ。」

いつかの日が頭を過ぎる。
あの時は急かされた、と思う。
でも、今は俺の言葉を待ってくれる。
ああ、俺はもう苗字と友達なんだと再確認できた。

「苗字、俺…」

「うん。」

立ち上がった俺は、こみ上げる色々な感情を抑えるように苗字の肩に頭を載せる。
拒絶しないと分かったからできた行動だった。

「分かんなく、なった。」

「うん。」

「ずっと左を使わないように、親父の力なんかなくても一番になって見せるって誓ってた。」

「うん。」

「でも、緑谷に、…それでも俺の力だって言われて…分かんなくなった。」

「うん、」

「それで、思ったんだ、理想のヒーローになるには、精算しなきゃいけないことが沢山あるって。」

「…うん。」

途切れ途切れでうまく話せてるか分からないが、それでも苗字は静かに聞いてくれた。

「苗字に言われたあの言葉、」

「言葉…?」

「「これでヒーロー?」って言ったろ?」

「ああ、覚えてたの?」

苗字はこう言うが、俺はあの日からずっと頭の片隅にあって忘れられないでいた。
それくらい衝撃的だった。

「ずっと心に引っかかってた。
…けど、今なら答えが出る気がする。」

「そっか、」

俺は頭をあげると、苗字の目を見てそう答えた。
すると苗字は途端に泣きそうな、何かを抑えたような表情を浮かべ、俺に手を伸ばして来た。

「良かった…良かったねぇ…、」

「っ!」

優しく、壊れ物を触るように俺の瞼に触れ心底安心したとでも言うように苗字はそう呟いた。
それだけでもう腹の底から何かが、沢山の何かがこみ上げて、それを抑えるように苗字に縋り付いた。
どうしていつもそうなんだと何がそうなのかも分からないがそう叫びたい気分だった。
いつもなんて事ないように救い上げてくれる苗字に、俺はこれから何を返していけばいいのかそればかりを考える。

「おかえり、…今日は沢山動いたからよく眠れるよ。」

「っ…た、だいま、……苗字、ありがとう。」

苗字は決して頑張れとか次があるよ、とかそう言った励ましをほとんど言わない。
それが俺にとってどんなにありがたかったか、彼女はきっと知らない。
そうやって"俺"の体を気遣う事ばかり言う彼女に、俺はありがとうでしか返せない。

「どういたしまして。」

…ああ、俺本当に苗字と友達になれて良かった。
彼女の纏う空気が好きだし、欲しい言葉をくれる所も、何も聞かない所も、"俺"を心配してくれる所も、なんて事ないようにくれるおかえりもどういたしましても、…全部が、好きだ。