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あれから仕事に戻った私は抜けさせてもらった分動き回っていた。
時折チラチラといろんなところにあるテレビを見ながら轟君を確認していたが、彼はあの試合以来左は使っていないようだった。
慌ただしく動き回り、気が付くといつの間にか競技も全て終わっていた。

表彰式もまともに見ることができなかったが、チラッと見えたテレビで轟君は2位だった。
1位はあの選手宣誓をした爆豪君で、見事に有言実行させたのだと、思わず感心してしまった。
オールマイトの最後の一言で体育祭は無事に終了し、私はさらにこれからまだ少し仕事が残っていた。
生徒はそのまま学校へと戻り、ホームルームをして解散、その他のヒーロー達は体育祭が終わった時点で撤退という感じだ。
元々開会式も出ていない私は仕事が終わり次第帰っていいとのことだった。
ちなみに明日と明後日は休みらしい。
助かった…明日絶対に動けないと言うくらいには今日一日で動いた。
しかし体育着で帰るのは禁止されているので、制服も学校だし一回戻る事にした。
もうすでに日も落ちており、生徒もまばらだった。
手早く着替え、ふっ、と思い出したように携帯を確認してみると轟君からメールが入っていた。

仕事終わったら連絡くれるか?
A組で待ってる。

「うっそ…。」

待って今何時!?
結構待たせてるよ!?!?

急いで支度をすると、私はA組へと向かう。

「轟君!!」

待たせた罪悪感が酷くて思わず声を荒げてしまった。

「苗字、…驚いた、でかい声初めて聞いた。」

「え、ああごめん…じゃなくて!
先に帰ってて良かったのに!」

どうやら轟君は自分の席で私を待っていたようだったが、荒げた声が大きかったのかびっくりしていた。

「悪い、どうしても今日会いたくて、」

罰が悪そうな顔に、ちくちくと良心が痛む。

「はあ…携帯気づかなかったらどうしてたの?」

「そん時は帰ろうと思ってた。」

いやそれもうだいぶ遅い時間になるね???
ああ…このもどかしいなんとも言えない感じ…
気づいて良かったと心底思った。

「はぁ…それで、どうしたの?」

もう一度深いため息をつき、埒が明かないと判断した私は轟君に用件を尋ねる。
しかし、彼は何かを言いたそうにはしているが口を開いては閉じを繰り返した。
私はいつかの謝罪された日を思い出しながら彼の言葉を待つ。
流石にもう急かしたりはしないが、うーん、纏まってないのかな?

「大丈夫、待つよ。」

本当は今直ぐにでも帰って寝て欲しいんだけど、明日休みだしまあいいか。
そう思って彼椅子の隣にしゃがもうとしたが、それよりも早く轟君が立ち上がった。

「苗字、俺…」

「うん。」

なんとも言えない複雑な顔をした轟君は、顔を見られたくなかったのかそのまま私の肩に頭を載せてきた。
疲れてるなぁ…。

「分かんなく、なった。」

「うん。」

「ずっと左を使わないように、親父の力なんかなくても一番になって見せるって誓ってた。」

「うん。」

「でも、緑谷に、…それでも俺の力だって言われて…分かんなくなった。」

「うん、」

ぽつりぽつりと雨上がりの水滴のように言葉を零す轟君に、私はただ頷くことしかできない。

「それで、思ったんだ、理想のヒーローになるには、精算しなきゃいけないことが沢山あるって。」

「…うん。」

ああ本当に、君はとても大きな一歩を踏み出したんだね。
私はきっとそれに大きく関わることができないけれど、君の…轟君の、成長を願ってる。

「苗字に言われたあの言葉、」

「言葉…?」

不意にそんな事を言われるが、思い当たる節がない。

「「これでヒーロー?」って言ったろ?」

「ああ、覚えてたの?」

そんな前のことよく覚えてたね?

「ずっと心に引っかかってた。
…けど、今なら答えが出る気がする。」

「そっか、」

そうして顔をあげる轟君の表情は、いつもよりとても穏やかで、もうあの冷たい目はしていなかった。
ああ、良かった…本当に、良かった……。
底から何かがこみ上げそうになるが、誤魔化すように私は彼に手を伸ばしていた。
そうして、溶けかけている目に触れるように、瞼を触る。

「良かった…良かったねぇ…、」

「っ!」

良かったと何度でも言いたくなるくらい、言葉に出てしまうくらいそう思ってしまったから、思わず触れてしまっていた。
しかし轟君は特に拒むこともせず、寧ろ私は手を引かれて彼に抱きしめられていた。
…きっと、彼もいろんな思いが込み上げてきたのだろう。
そう言う時には誰かに傍にいて欲しいものだ。
私で良かったのかと思いつつも、いろんな思いを込めて彼の背中を叩いていた。

「おかえり、…今日は沢山動いたからよく眠れるよ。」

「っ…た、だいま、……苗字、ありがとう。」

「どういたしまして。」