32 最終競技が始まった。 私は救護室の一角でお昼を食べながらテレビを見守っていた。 ぽんぽんと終わっていく試合をぼんやりと見ながら轟君が出るたびに少しだけどきっとしていた。 決勝1回戦が終わるとちょうど昼休憩も終わる時間だったので、名残惜しいが仕事に戻った。 決勝2回戦目。 最初は轟君と同じA組の子との対決だった。 1回戦の時には瞬殺していた轟君だが、今回は何処かいつもより空気が張り詰めていた。 妙に気になってしまった私は、無理を言ってこの試合だけ仕事を抜けさせてもらった。 流石に何を言っているかまでは分からないが、何やら空気が緊迫している。 相手の子はボロボロになりながらも轟君に立ち向かっているが、実力差は明らかだった。 そして、相手の子が何かを叫んだと思った瞬間だった。 轟君の左が、赤く染まった。 「あ、」 真っ赤に染まるそれは明らかに彼の左の個性で、長年嫌っていたそれを彼はついに使ったのだ。 彼らは激しくぶつかり合い、そして爆発した。 結果は相手の子が場外で轟君の勝利だった。 テレビではあまり良く見えないが、彼は憑物が落ちたような顔をしていた気がする。 「ああ…、」 きっかけが、できた。 これで、彼はようやく己自身と向き合えることができる、と思う。 「良かった…良かったっ…!」 泣きそうになりながら心底そう思った。 そう思えるくらい、彼を心配してしまった。 彼にとっては余計なお世話かもしれないのに、私は見守ってしまっていた。 ヒーロー関連の事には余り踏み込まなかったはずなのに、彼の冷たい目を誰かに溶かして欲しくて私は自ら踏み込んでしまった。 …踏み込んでしまったのだ。 これから、轟君はちょっとずつ変わっていくだろう。 その一歩を今日踏んだのだからきっと大丈夫、いい方向に変われる。 「相手の子に、お礼を言いたいなぁ…。」 完全なる自己満足ではあったが、私はどうしてもお礼が言いたかった。 そして、できる事なら轟君をお願いしたいなと思ってしまった。 競技は破損が酷すぎて一時中止になっていた。 私はこの試合だけ見るという条件だったので、仕事に戻ろうとしたがどうしても直ぐにお礼を言いたくて、私はおそらくここに運ばれてくるであろう相手の子を怒られるのを覚悟して待っていた。 待つ事数分、彼は直ぐに運ばれてきた。 意外にも意識はあるようで、とても痛そうな顔をしている。 私はそれを横目に、リカバリーガールを手伝う。 「苗字、あんた午後はこっちの仕事じゃないだろう?」 「うっ…すみません、少しだけ…少しだけでいいので彼と話をさせていただけませんか?」 無理を言っているのは承知である。 でも3分でもいいから時間が欲しかった。 すると、そこに一人の男性が入ってきた。 金髪で、顔色が少し悪い30代から40代くらいの男性だ。 …誰かに似ている気がするが、気のせいだろう。 「緑谷少年!」 運ばれてきた子、緑谷君?に近づいてきたその人はその子の身内か何かなのだろう。 「ちょっと待ちな!!…苗字、3分だけだよ。 それ以上は無理だからね。」 「すみません、ありがとうございます。」 「リカバリーガール、彼女は確か…、」 「普通科の苗字名前だよ。 無個性だから雑用係になったんだ。」 そんな会話を背中に、激痛が走っているであろう緑谷君に話しかける。 「ごめんね、こんな時に。」 「き、みは…確か、」 「私はC組の苗字名前。 えっと、緑谷君であってるかな?」 「うん、」 話すのも辛そうな緑谷君に、さっさと終わらせようと口を開く。 「さっきの試合、見てたんだけど…緑谷君、ありがとう。」 「?なんで、お礼…」 「轟君に、きっかけを作ってくれたの君でしょ? 彼とは友達なんだけど、いつも冷たい目をしていたから…。 ずっと誰かに溶かして欲しかったんだ。 だから、ありがとう。」 「でも、僕は…、」 「ごめんね、君の事情とかはよく知らないから口を出せないけど、どっちにしろ轟君は左を使った事に変わりはないから…。 …それで、緑谷君さえ良ければ轟君の事頼めるかな?」 「えっ、」 「いきなりで申し訳ないんだけど、頼むって言っても強制的に友達になれとかじゃなくて、轟君が歩み寄ってきたら、彼の話を聞いて欲しいの。 …彼、本当はとても優しい人だから。」 「苗字さん、…っ!」 「ご、ごめん! 凄い時間取っちゃった!! 私もう行くね!! 本当にありがとう!お大事に!」 また痛む顔をした緑谷君に話しすぎたとリカバリーガールと金髪の男性に一声かけてから仕事に戻った。 |