30

昼休みに入った。

障害物競争が終わり、上位42名で行われる騎馬戦も特に問題も起きずに終わっていた。
私は最初の障害物競争を少し見れただけで、後はほとんど動きっぱなしだった。
怪我をした人の手伝いや、道案内などなど動き回っているうちにお昼がきたがお昼はもっと動かなければならないみたいだ。
ちなみに私のお昼休憩は体育祭に出ている生徒とはずれており、競技が始まってから食べる事になっている。
お昼はお昼で、次の競技の準備があるみたいだった。
後は主に道案内だ。

「すみません、トイレってどの辺りにありますかね?」

「そこを左に曲がって突き当たり右です!」

「苗字さーん次これ運んでくれるー?」

「今行きます!」

動けば動くほどこの腕章のせいもあるが話しかけられる。
ひぇ…明日動けるかな…。
バタバタと動き回っていると、選手宣誓をしていた爆豪君?を見かけた。
目が合うと、彼は何かを言おうとして近づいてくる。

「おい!お前…、」

しかし私は仕事が忙しいので、何も知りませんよと言う素知らぬ顔で視線を外し荷物を持ち直した。

「おいこら無視すんな!!」

「ばくごーどうしたー?」

後ろで何か言ってるが聞こえないフリだ。
君に構ってる暇はないんだ私は。
そうして爆豪君の声をバックに私は再び仕事へと戻った。

昼休みも後15分くらいを切った所だ。
後は何が足りないかを確認するくらいで、大体の大きな仕事は終わった所だった。
喉が乾いたなぁと思い、私とその他のお手伝いさんの分も飲み物を買ってこようと自動販売機を目の前にしていた。
お茶かスポドリか…どっちも買えばいいか。

「苗字!」

ガコンガコンとその2つを交互に買っていくと、聞き覚えのある声がしたので振り返る。

「轟君?どうしたの昼休みもう直ぐ終わるよ?」

「探してたんだ…電話、入れたんだが…。」

「え゛…ごめん、仕事忙しくて全然気がつかなかった…。」

「いや、時間内に見つけられたからいい。」

少しばかり息が切れている轟君に本当に申し訳なくなってくる。
なんかこんなんばっかだな…。

「本当にごめん…それで、何かあったの?」

「あ…いや大した事じゃねぇ…。」

轟君はどことなく言いづらそうに視線を下に向ける。
うーん?わざわざ私を探してたってことは結構な用事のようにも見えるけど…。
時間内って言ってたし…。

「大した事じゃなさそうに見えるけど、私以外じゃ無理そうな事?」

「え、あ、いや…そう、だな…苗字以外じゃ無理だ。」

そんなに言いづらいやばそうな事ってなんだ??
逆に気になってきた…。

「…肩を、叩いてくれねぇか?」

「肩…?ああ、」

なるほど。
クールダウンさせろってことかな?
これではずれてたらめっちゃ恥ずかしいやつなんだけどさ。
持っていた飲み物を一旦近くのテーブルに置き、轟君に近づいた。
そうしていつものように、とんとんと彼の肩を2回叩く。
すると轟君はふっと体から力が抜けたようだった。

「これで大丈夫?」

「…、」

何処か落ち着いた、と言う顔をしている彼に良かったと胸を撫で下ろす。
しかし何故か彼はそこから動こうとしない。
後少しで昼休み終わっちゃうんだけどな…。

「…苗字、もう一ついいか?」

若干震える声で、轟君は私を呼んだ。

何をそんなに躊躇う必要があるのか。
…そんなに震えなくたって、私は君を拒絶しないよ?
そんなの今更じゃないか。

「…轟君、私はもう君のこと友達だと思ってるよ?」

「!」

「だから、そんなに慎重にならなくても私は君を拒絶しないし、茶化したりしない。」

そう言うと、轟君は目を見開いてなんだか泣きそうな顔をしていた。
泣きそうな顔と言ってもほとんど表情は変わらなかったけど、ここ1年とちょっとでだいぶ表情は読めるようになってきたと思う。

「手を、…」

「うん、」

「手を、握ってもらってもいいか…?」

「そんなことで良ければ、いくらでも。」

だいぶ気を張り詰めているのか、疲れているのか。
彼が今何を思っているのかは分からないけど、これで君が楽になれると言うのならいくらでも手をかそう。
私は彼の手を両手で掴み、ギュッと握った。
すると、轟君も確認するかのように私の手を握り返してきた。

「苗字、ありがとう。」

彼は握り締めながら私と視線を合わせる。
ああ、まだ冷たい目をしている…けど私にできることはここまでだ。

「うん、いってらっしゃい。」

「ああ、行ってくる。」

冷たい目を抱えながら、轟君は今度こそ立ち去っていった。

「轟君、君はきっと変われるよ。
ありがとうも、ごめんも言える優しい子だもの。」

大丈夫、今じゃなくてもきっと変わっていける。
自分で思ってるよりもずっと優しい人だから。
私は何故か、そう確信していた。