真夏の新作・とろける青春フレーバー
 期末考査直前で、部活が休みになるこの時期。ぼんやりと教室に居残ってわたしと日向君は、先生に配られた試験対策プリントをだらだらと解いていた。窓を開けてもぬるい風しか入ってこない。湿気を孕んだ実に不快な風を感じながら過ごした数時間は、着々と確実にわたしにフラストレーションを蓄積させた。17時のチャイムが鳴り、お互いにプリントから目を離して凝り固まった体を適当に動かしていると目が合う。


「日向君、アイス食べたい。」
「あー、今日あっちぃもんなー。じゃあ帰りにどっか寄るか?」


 プリントをバインダーに挟み、鞄に突っ込んだ日向君はわたしにそう提案した。


「まだダブル頼んだらトリプルにしてくれるやつ、やってるかなぁ?」
「わかんね、行ってみようぜ。」
「行く!」


 部活に青春の大半を捧げる日向君とわたしは、学校帰りに制服デート、なんてことにはあまり縁がない。部活が終わった時間には外はとっぷりと暮れているし、肉体も疲れきっているのでそのまま下校するのが常だ。だから、試験休みという免罪符を使って制服デートができる試験前は、わたしは嫌いじゃなかった。
 てきぱきと帰り支度をし、向かい合わせにしていた机を元の位置へと戻す。窓の外は一日で一番眩しいのではないかと思ってしまうくらいに橙色を主張する夕焼け。こんな時間に日向君と帰れるなんて、それはそれはもう素敵なことだ。






 駅の手前にある、ピンクの看板のアイスクリームショップへと入る。そこには女子高生のグループや、わたしたちのような男女二人、そして家族なんかで賑わっている。たくさんのフレーバーが描かれたメニューを眺めながら、わたしはとても大事な選択に迫られているのだった。
 眉間に皺を寄せて右へ左へと視線を移すわたしは、顔だけ見ただけではまさかカラフルなアイスクリームのメニューを見ているようには見えないくらいの真剣な表情になっていた。数十種類のアイスクリームは、どれも『わたしを選んで!』『いいや僕だ!』と主張し合っているように見える。この中から厳選して三種類を選ばなくてはならないだなんて、なんて苦痛な選択なのだろう。あれもこれもそれも捨てがたい。
 そんなたかがアイスごときに、親の仇をとりに行く算段を練った計画書を読んでいるかのような表情で俯いていたわたしは、少し高い位置から漏れた笑い声でハッと顔を上げた。


「ぷっ…オマエ、すっげー顔してたぞ。」
「ちょ…っと!笑わないでよ!真剣なんだよ!」
「はいはい、…で、桐嶋はどれが食べたいんだよ。」


 そう言って、日向君はわたしの目線の位置まで体を屈め、メニューを覗きこんだ。ふわっと空気が揺れて、日向君のかすかな匂いが鼻腔を擽る。
 目の前に日向君がいる。
 当たり前なのになんだか急に嬉しくなって、わたしは何かを噛み締めるように黙ってしまった。


「桐嶋?…………絢?」
「あ、えっ、ごめん!」


 訝しげな日向君の目線が、わたしを現実に引き戻す。ああ、やっぱり日向君がいる。いや、いつもいるけれど。だけどそうじゃない。わたしの隣に日向君がいてくれることが嬉しかった。いつもはわたしのことを名字で呼ぶのに、今日は久しぶりに名前で呼んでくれた。ふたりきりのときだけに、たまに見せてくれる日向君の独占欲だ。これだけは、彼に愛されていると自惚れることのできる要素だ。
 しかしまた、それをなぜ今頃になって噛み締めているのか。幸せというものは、ふとしたときに感じるものだ、と高校生ながら悟ったように脳内で語ってみる。


「何ぼーっとしてんだよ。で、決まったのか?」


 片眉を下げるようにして、日向君はわたしに聞く。わけのわからない悟りを開いていたわたしがアイスを選んでいたはずもなく、わたしはそっと後ろに並んでいた女子高生のグループを前に通した。


「ごめん、決まってない…っていうかほんと選べない!これとこれ、は決めたんだけど…こっちとこっち、一つに絞れない…。」
「ふーん、そっか。じゃあオレ、この上のやつにするわ。絢、下のやつにすればいいじゃん。オレの好きなだけ食えば?」


 そう言って、日向君はメニューを指さした。あ、爪きれい、などと一瞬考えてしまったが、日向君の優しさがじんわりと胸にしみて、わたしはその言葉に甘えることにした。
 そうしてやっとこぎ着けたレジの前で、日向君はちょっとカワイイ名前のアイスを声に出すのが恥ずかしいらしく、うっすらと頬を染めて注文をしていたのは見ものだった。






「ん〜〜〜!おいしい!冷たい!」
「おー、うめー…。」


 ショップの横に置かれていたベンチが運よく店を出た瞬間に空いて、すかさずそこへ腰を下ろしたわたしたちは、アイスクリームショップと同じ色のスプーンが刺されたアイスを口に運んだ。甘くとろける苺とバナナも、しゅわりと弾けるオリジナルフレーバーも、期間限定のフルーツ味も、どれもこれもが夏・制服デート・日向君の隣という要素を受けておいしさ三割増しだ。そんなことを考えているなど知らないだろう隣の日向君を見やると、チョコレート味のアイスをちょうどスプーンに乗せて口に運ぼうとしているところで目が合った。


「んぁ?…あ、食う?」
「いいのっ?」
「おう、ホラ。口開けろ。」
「やった!」


 日向君はそう言うと、今まさに口に運ぼうとしていたスプーンをわたしの口元へと向ける。スプーンに接したアイスのふちがとろりと形を変えかけていて、夕方といえどもなかなか涼しくならない夏を顕著に表していた。
 そして日向君の言われるままに口を開き、そのスプーンを迎え入れる。甘さの中にほろ苦さも含んだチョコレート味がじわじわと口の中で溶ける。


「ん、これもおいしい!」
「なー、結構うめえ。」


 日向君はわたしの口の中からスプーンを抜き取り、またアイスの頂上にぶすりと刺して新しくアイスを掬った。その一連の動作を見ていると、また目が合う。


「ん。まだ食う?」
「……もらう。」


 差し出されたスプーンに遠慮せず、わたしはもう一口チョコレートを味わう。


「おいし、ありがと、日向君。」
「おう。」


 そして今度こそ日向君は掬い取ったアイスを、自分の口の中へと入れた。





 ―――そんな夏のある日の、なんでもないふたりの話。








(あれ、もしかして今わたしたち、すごく恥ずかしいことしてない?)



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bkm


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