アウェイキング・ザ・ビースト
「ん、眠い、かも…」
「もう寝るか?結構いい時間だし。」


金曜の夜のこと。
「今日、親いないんだ。」なんてありきたりな誘い文句に乗ってお邪魔した日向君の部屋。
レンタルショップで借りた話題作の映画が、どこか遠くのBGMのように感じ始めた二十四時過ぎ。
ベッドを背もたれにしていたはずなのに、いつしか隣の日向君の肩にもたれかかっていることに気づき、ああもう眠いな、と今更ながらに感じた。
いつからそうしていたのかまったく覚えていないが、押し返さないあたりに日向君の優しさを感じた。
映画のお供にとジュースを注いでテーブルに置かれたままのグラスは、わたしの分だけ残ったまま汗をかいていた。
そういえば、話題作は面白かったのだろうか。


ぼんやりする頭で、すぐ後ろのベッドへとよじ登る。
枕に顔を埋めると、「オイ桐嶋、占領すんな。」と上から声が降ってきた。
仕方がないのでのそのそと壁側へ詰めると、ぱちりと電気が消され、もうひとり分の重みを支えたベッドが少しだけ鳴き声をあげた。


「枕、全部とるなよ。」
「…まくら、ないと、眠れないもん。」


思うように動かない唇が、つたない言葉を紡ぐ。
その様子が滑稽だったのか、日向君は吐息を漏らす様に笑うと、わたしの言葉を聞いていたはずなのにわたしから枕を奪った。


「まくら、かえしてよー…」
「そもそもオマエのじゃねえから、枕。」


不満を漏らして隣に寝転がる日向君の胸あたりをとんとんと叩く。
何度かそうしていると、「わかったよ。」と声がして、頭を上げるように促される。
睡魔が八割くらいを占めている重たい頭をゆっくり持ち上げると、日向君の腕が隙間に差し入れられた。
頭を下ろすと、わたしの腕とは違う、少し硬くてたくましい男の人の腕がそこにあった。


「腕、しびれちゃうよ。」
「気にすんな。」


日向君はそう言うと、空いている方の手でわたしの頭をゆっくりと撫でる。
それがどうにも心地よくて、猫のように日向君の胸へと擦り寄った。
やっぱりわたしとは違った厚みのある胸で、嫌でも日向君が『男の子』だということを感じてしまう。
深く呼吸をすると、日向君のにおいがわたしの中をまわる。
いつもよりもずっと近くに感じる日向君に、少しだけ心臓が跳ねた。
ぴったりとくっついていると、ふたつの熱がひとつになるような気がした。
違う体温が同じ体温に慣らされていくような感覚に満たされる。


「日向君のにおいがする…。」
「………オマエなぁ…」


わたしの髪の毛を撫でていた手が止まる。
そして、さっきまでの優しさはどこかに置いてきたかのように、強くつよくわたしの頭を引き寄せた。


「っぶ、苦しい、」
「黙っとけダァホ…。」


視界は日向君の胸板で埋め尽くされていて、いま彼がどんな表情をしているかはうかがい知れない。
だけど、わかることはひとつある。





「日向君、どきどきしてる。」
「だからもー黙れって。」
「ふふ、わたしも今ね、どきどきしてるよ。」


とくんとくんという心音が、追いやりかけた睡魔をまた呼んで、わたしは遂に瞼を開くことができなくなった。
思考もぼんやりと霞み、何かを呟いた日向君の声は聞き取れなかった。
けれどそれは、なんとなく、けものを揺り起したような、そんな気がした。


わたしの意識は、そこで途切れた。








* * *


こんな夜に、眠る前に、けものは起きた。
日向はそれをまた寝かしつけるために、ぎゅっと目を閉じた。
腕の中のぬくもりをたべてしまいたいと、日向のどこかで吠えているけものには気が付かないふりをした。



――したかった。



閉じていたはずの瞼が持ち上がる。
そして、すうすうと寝息をたてる安らかでどこかまぬけな顔を見ると、どうにも疼くのだ。


くちのなかが乾く。


ゆっくりと、ゆっくりと、引き寄せられるように唇を近づける。


「…絢、」








(知らないふりをしていても、目覚めるけもの。)


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bkm


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