「ザァーーップ。ほら、おいで」
穏やかな春風、どころか一面に咲く花畑のような笑みを向けられて、ザップは全身の毛を逆立て壁際まで逃げていた。決してスティーブンから目を背けることはしない。したら最後だ。獣のように息を荒げ睨む。スティーブンはそんなザップのことなどお構いなしにおいでと笑みを浮かべ続けていた
「ほら、怖くないから」
「イヤっす!」
「ザップ」
小動物に向けるような優しい笑みを浮かべてスティーブンが呼ぶ。ザップから出るのは強い拒否の声だったが、その言葉を聞いた突端笑みが消えて冷え冷えとした声がでていた。
「来い」
「嫌です」
部屋の温度がマイナスにまで下がった気までしてくる恐ろしい声。それでもザップは拒否の言葉を吐く。はぁと更に低い声が出て、体感温度はどんどん下がる。まだ力を使ってまではきていないはずなのに凍らされている気分になってくる。
「なんで」
不機嫌を隠しもせずに問われてザップはだってといった。尖る口元
「あんた、つめてぇんですもん!!」
腹のそこから力を込めてザップは叫んだが、スティーブンはキョトンって首を傾けてそれから笑顔を浮かべなおしていた。
「だからお前をカイロにしてやろうって言ってるんだろう。お前、なんのためにそんなに温かいと思ってるんだ」
「番頭のカイロになるためじゃないです」
そして言われる言葉に間髪入れず答える。とんでもなく横暴なことを口にしているにも関わらず、その笑顔は当然と言わんばかりで、ザップの口元はへの字に曲がる。ふしゃーふしゃーと毛を逆立てるが、それが逆に逆鱗に触れていた。笑みが引きつり、ついにスティーブンの手がザップに向かって伸びていた。
ぎゃあってザップが声を上げてその手から逃げる。それでも追いかけてくる手にザップはさらに逃げていく。幾度が繰り返し捕まらない姿にスティーブンのこめかみが震えていた。
「逃げるな」
ぱちぱちって音がして、ザップの足元が瞬時に凍りついていた。足が床に張り付く。
「ぎゃ! これは卑怯ですって」
「お前が逃げるから悪い。俺は寒いんだ」
青ざめる顔。それに対してスティーブンは朗らかに笑って、その手を伸ばしていく。ゆっくりと伸びてくる手に目は怯え、強く閉じていた。
「うぎゃあああ!」
叫び声があがる。体が跳ね上がってその目元には涙が浮かぶのをにんまりと三日月の笑みを浮かべたスティーブンが笑う。その手は細い腰を掴み、そしてその服の内側に手を入れていく。
「つめてぇ! ぅう。服にまで手を入れんでください。寒い」
「ふう。あったかい」
暖かな吐息をスティーブンが零していく。それとは別にザップの体が震える。鼻水まで出そうなほど震えるが、抱きついてくる男はそれにも笑う
「もう俺番頭の家きません」
「お前の好きな肉料理たんまり用意してやってるのにか」
「ぅう。卑怯もの」
「なんとでもいえ。俺はもうこの暖かさから逃れられないんだ。はあ、気持ちいい」
完全に蕩けきった声。男本体も液体のようにどろどろと蕩けては絡みついていた
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