そんなつもりはなかったのだといっても遅い時はある。
 牙狩り本部から送られてきた男は当初獣のような男であった。あの最強とうたわれた血闘紳の弟子。その弟子というだけで想像できる通り過酷な修行をしてきたのだろう。最低限の社会ルールも身に着けていなかった。
 戦える相手とみりゃ戦ってそれ以外には無関心。話しかけてもろくに答えやしないのに手が付けられないと押し付けられただけだ。
 それでも戦力は欲しかったので受け入れることにした。
 しつけさえすればいいだろうと思ったのだ。
 だがそのしつけは大変なものだった。戦いしかない獣にはまずその牙を折るのが一番だ。愚かにもクラウスに仕掛けたので彼にバキバキにしてもらった。自分より強い相手を見つけると獣は大人しくなった。群れのボスだって認めたのだろう。そこからは人の群れの中の生活を教えた。最初の難問は言葉が通じないことだった。どうやらまともに言葉を教えてもらっていないらしく肉だとか、水だとかそんな言葉しかしらなかったのだ。どうやら血闘神はまともな人語は話していなかったらしい。
 しばらくは集めた資料を獣にみせてずっと学習させた。他の仕事をしながら横で聞いていたからクラウスがその学習DVDの内容を覚えてしまっていた。戦うことしか知らなかった獣は退屈そうにしていたが逃げ出すことはなかった。
 一度逃げ出そうとしたとき、氷漬けにしたのがよかっただろう。そこで獣に決して逆らってはいけない相手としみつけさせることができたのだ。
 言葉を覚えていない相手と仕事をするのは大変だったがあまり大きな問題はなかった。何せ相手は戦うこと以外知らないから何もしようがないのだ。それに言葉が通じない代わりに顔面の変化が分かりやすく、その感情を如実に伝えてきたのだ。
 特に交流への問題はなかった。
 言葉を覚えてからは喧嘩を無意味にしないことを教えた。毎日隙あれば戦いに行こうとする獣にむやみに問題を起こさせないよう言い聞かせたが、獣は不満そうにしていた。修行しかしていなかったから戦う以外何をしていいかわからなかったのだ。それについてはクラウスが趣味を持ったらどうだろうかといろいろ付き合っていた。
 獣は色々なものを試しては気に入るものはなくて、すぐに別のものを探しに二人で街へ繰り出していた。
 なかなかみつつからなったが獣は少し目を離したうちにどこぞで女を覚えていた。
 どうやらどこぞの女に誘われてついていってしまったらしい。楽しいことといえば戦うだけだと思っていた彼は別の意味の戦いを教え込まれてしまったらしく、しかもその気持ちよさの虜になっていた。
 趣味を見つけましたと報告してきたとき、二人一緒に絶句したが、その顔があまりに誇らしげで止めることはできなかった。
 それから少しして別の問題も出てきたが、一度見逃してしまった手前、どちらも強く言うことはできなかった。
 そうこうしているうちにギャンブルまで覚えて獣は手が付けられない屑になっていた。しかも喧嘩好きは変わらず、喧嘩もいつもしようとしていた。屑になってしまったがそれでも俺はなんだかんだ男を可愛いと思ってしまった。それはそうだろう。手間をかけて育てた大きな子供だ。見離せず時間があればご飯を食べに行ったりもしていた。
 てがかかる子ほどかわいい。
 ただそれだけだ。それが別の何かに変わったがそれはまだ気にするものでもなかった。
 丸い頭を撫でたのに子ども扱い戦でくださいと男は口を尖らせたのだった。芽生えたなにかは徐々に大きくなって変わっていた。それが愛と呼ばれるものになった時、酷く戸惑いそれからどうするべきかなやんだ。
 男にした恋など不毛だと思ったけれど俺は気付いてしまった。
 思いを寄せた男もまた自分に思いを寄せてきていることに。それは見つめてくる瞳とか、近づいてくる時の表情の変化などと容易くわかったけれど本人はまだ自覚どころか、何かが変わっていることにすら気付いていなかった。男はそういうところも獣だったようだ。今まで存在しなかったものに気付けないようだ。
 そんなときにある事件がおきた。
 異界の抗争に巻き込まれ二人して重傷を負ったのだった。忘れていたわけではないけど改めて思い出した。
 命の保証があるような場所ではないのだと。どちらが死んでもおかしくないが、置いていくのは嫌だし、置いていかれるのはもっと嫌だった。何より、
 そんな世界で手にするものは少ない方がいい。何もない方がいい。この恋はなかったことにしようと。スティーブンはそうしてそっと蓋をしたのだった。
 それでそれは終わったはずだった。
 その筈だった。



「オレ、あんたが〇〇なんすけど……」
 屑が俺の目の前で何かを言っていた。俺はその言葉をなかったことにした。だってそれはもう終わったことだから。

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