下心があったわけじゃない本当だ。
 ただ他の人には懐いたのに中々自分には懐かない新人を手名付けてみたいと思ったのが始まりだった。本当にそれだけだった。
 どうやったら懐くのかと考えて思いついたのが餌付けだった。野生動物のような男だったし、お金に困ってお腹を空かせている姿を何度か見ていたからそれを試して見たのだ。
 どうだ。一緒に昼めしでも行かないかと何でもない様子を装って最初は声をかけた。ぱちぱちと瞬きをした目。ぽっかんと開く口。へっとでていく間抜けな声。大きくなった瞳がじっと見てくる。
スティーブンはあまりの驚きように動揺しながら、おいおいそんなに驚くなよ。悲しいだろうとまず口にしていた。肩を下げればほっとしたようすのザップはあーー、俺あんまお腹空いてないんでいいっす。遠慮します。じゃあと逃げていく。
 はあとスティーブンは呆然とした。気付けばもう目の前に相手はいない。遠く見えなくなっている。
 その日の午後は自分の何が悪いのかを考えこんで苛々し続けていた他、ずっと腹をならし続けると言う何とも言えない時間だった。
 それから数日後、スティーブンはもう一度ザップを食事に誘った。また驚いた顔をしたザップ。そして大丈夫っすと言って走り去っていた。何が大丈夫なのかは分からなかった。分かったのは逃げられたことだけだ。
 その次の日もまたスティーブンは彼を昼食に誘う。今まではさりげなさを装い、外で仕掛けていたが、今回はライブラの事務所の中だった。さりげなさを装うのもやめた。それでも逃げようとしたザップ。
 すぐに氷で捕まえて行くよなとスティーブンは脅していた。スムーズさも何もなくなり無理矢理の誘いにひいとザップは悲鳴を上げ、俺に何をさせるつもりですかって叫んだ。
「はあ、何のことだ。ただ昼食に誘っているだけだろう」
「だっておかしいじゃないっすか。今までそんな誘ってきたことなかったのに急に誘ってくるなんて、なんかおごってもらった代わりにやらせて来ようとするんじゃないんですか」
 とても怯えた眼差しで見つめてこられた。スティーブンは笑顔をの下でショックを受ける。まさかそんな風に警戒されていたなんてと頭を抱えたくなった。がそんな姿は見せることなくそんなわけないだろうと顔だけは笑っている。
 でもザップはだから昼食はいりませんからと叫んでは逃げようとしていた。少しずつ氷を溶かして逃げる隙を狙っている。
 再度凍らせた後、ザップの誤解を解くことに努めることへスティーブンは決めていた。
「そんなつもりはないよ。ただ僕は純粋にお前と昼食を食べたいだけだよ」
「俺とですか」
「そうお前と。今まで食べたことがないからこそもう少し仲を深めたいと思ってな」
「本当すか」
 スティーブンが答えたのに対して、ザップは疑いの眼差しを止めることはなかった。警戒した犬みたいに毛並みを逆立って見つめてきている。逃げようなどとはもう無駄なことと分かってしていないが、何かが起きればいつでも避けられる構えだけはしている。
 信じてもらおうとスティーブンは力強く頷いた。じっとザップの目が見てきて暫くしてから分かったと頷いていた。
 少しだけ警戒も弱まる。じゃあとスティーブンはいった。笑顔から不穏なものが少しは消える。
「でもあんたと行くのは嫌っす」
「は」
 消えたものが再び戻ってきていた。口が開いたまま固まる。低い声が出ていく。ザップはその肩をはねさせて嫌だってと及び腰になっていく。ザップの名前を呼んでスティーブンは笑いかける。形だけは柔らかな笑みだ。
「どうして僕と行くのは嫌なのか教えてもらっていいかな。お前確かクラウスとかKKと食べに行ったことあるよな」
「そうですけど、……でも」
 及び腰になったザップから出ていく声は何処からどう聞いても怯えているものだった。足が凍り付いてさえいなければすぐにでも逃げていただろう。だってと唇を震わせながら言う。
「あんたが行く店とかっておかたそうじゃないですか」
「は」
「俺そんなお店にいくのやなんすよ。緊張で味なんてわかりやしねえ。クラウスの旦那とも一回行ったきり行ってねえし」
はっとまたスティーブンの口が開いた。はあと見つめてしまう中、ザップは俺はドギモとかそいう言うジャンクなのがいいんですと言っている。
 スティーブンの肩が呆れて落ちた。
「お前なそれはどういうイメージでいっているんだ。夕食ならまだしも昼にそんないい店いくわけないだろう」
「旦那は行きましたけど」
「……それはきっとお前と仲深めようと張り切ったんだろう。彼奴も普段は昼ぐらいは手ごろなところで済ませているよ」
「俺の手頃とあんたらの手頃は違うんですよ」
「僕はクラウスと違って庶民派だぜ。サブウェイとか食べてるの見たことあるだろう」
「サブウェイって野菜じゃないですか。俺はがっつり肉派なんですよ」
「おいおい。栄養バランスも少しは気にして食事しろよ」
「好きなもの食べていいじゃないですか」
 ぷっくりと褐色の頬が膨らむ。とにかくスティーブンさんとは食べないんでとザップは言う。スティーブンからため息が出ていた。手を上げて大丈夫と声をかける
「今日はお前が好きなものを食べに行こう。ドギモでもどこでもいいから好きなところいえ」
「マジすか」
 一瞬で輝いた眼。だけど何かを疑うようにまた一瞬で変わってしまう。にっこりとスティーブンは笑みを浮かべる。
「はあ。僕はしつこいのは嫌いだよ。何にもしないから早く何処にいくか決めろ」
「イエッサー」
 少し声を低くすれば慌ててザップは敬礼をする。こうしてしつけし過ぎたから警戒されるんだなと一瞬思ったが、スティーブンはすぐさま蓋をしていた。


 やっとのことで行けるようになった一回目の食事はドギモピザだった。店でテイクアウトしてライブラの事務所で食べる。なぜかKKやクラウスまで買ってきたものを持ち込んできて、結局みんなで食べることになっていた。
 昼食を共に食べると言う目的は成功したもののこれではないような感覚が募った。
 なのでスティーブンは再チャレンジした。今度はドギモはなしにしてザップが行きたいところを選ばせた。ザップが選んだのは意外なことにサブウェイだった。驚きお前が好きなところでよかったんだぞと言ったスティーブンにザップは唇を尖らせてだってと言った。
「俺あんま行きたい店とかねえんですよ。ドギモは好きっすけどそれ以外の店とかあんましらないんす。飯に行くときは一緒に行く奴に任せるか、ドギモ何で」
 聞いた時は驚いたもののすぐにまあそうだよなと思い直していた。ザップはヘルサレズムロットに来てから日が浅い所か、町で普通に暮らすようになってからも日が浅くて色々世間知らずなところがあった。ドギモ意外にまだお気に入りの店が見つけられてないのだろう。
 サブウェイでいつもの自分のメニューとザップが好みそうな組み合わせのものを頼んだスティーブンは席に行きながら失敗したなと呟いていた。小さな声であったがしっかりと聞き取ったザップは何がすっかと首を傾ける。そんな姿を見ながら野菜多めのパンに噛みついて咀嚼し飲み込んで口を開けた。
「いや、お前の食生活第一歩。ほら、お前、お前の師匠の所から出てすぐに牙狩りに入ったけど、そこもすぐ追い出されて僕たちの所に来ただろう。修行中の食事とかまともなもんじゃなかったって話だし、本部の食事何てぶっちゃけうまくない。刑務所の飯とどっちがましか分からないレベルだ。そんなお前にとってまっとうなご飯って俺たちの所に来てからだったと思うんだけど……、あの頃忙しくて手ごろなジャンクフードばかり食べさせただろう。
 それですっかりお前の味覚染めちまったなって。
 もう少しちゃんとしたものも食わせとけばよかったよ。そしたら野菜も美味しく食べれたかもな」
「えーー、俺は良いっすよ。十分美味しいですし、ジャンクフードで充分っすよ」
「だからってドギモピザばっかり食べていたら体に悪いぞ。お前に居なくなられちゃ困るんた。不摂生は止めてくれよ」
「大丈夫です。体は丈夫ですし、修行中どんなもの食べてもペロッとしてました」
「だからだな……」
「それよサブウェイって案外うまいんすね。もっとあれかと思ってました」
「ん、まあな。トッピングで自由がきくし、結構いいと思うよ僕は。と言うか前にも何度か食べたことがあるだろう」
「えーー、そうでしたっけ」
「何度か買ってきてやったことがあるんだがな」
「あーー、そいやそうだったかも。あの頃店の名前とか全然だったんで」
「まあ、だろうな」
「お前たまにで良いから僕の分買いにここに来いよ。お駄賃にお前の分も買ってきてくれていいから」
「まじすっか」
「ああ」
「たまにと言わず毎日でもいいすよ」
「それは駄目だ」
「けち」
 唇を尖らせて不満そうな顔をするザップ。お前あんなに警戒していたくせにたった二回でこれはどうなんだどスティーブンはちょろさに不安になりながらも笑ってしまっていた。ザップの目があっと丸くなってスティーブンをみる。
「ん、どうした」
「いや、なんでもねえっす」
 それからも何回もスティーブンはザップを食事に誘っていた。昼食だけだったのだが、そろそろ次の段階ではないかと思ってザップを夕食に誘っていた。慣れてき始めていたと思ったザップは何故かゲッとその顔を歪めた。
 夕食すっか。夕食。ああーーー、夕食かというザップはやたらと嫌そうだった。
 今にも逃げ出してしまいそうな姿。スティーブンはすかさず凍らせていた。はあ? はあ?
こいつあれだけ人の金で食っておいて夕食になった突端逃げるつもりか。ふざけるなよ。このくそと胸の中では怒鳴っていたが、それは見せずにスティーブンは綺麗に笑った。
「何がそんなに嫌なのか教えてもらえるか」
「嫌だって昼食じゃなく夕食でしょう。なんか高い所に行くんじゃ」
 怯えるようにザップが見てくる。スティーブンはああ、なんだそんな事かと拍子抜けしていた。ザップは嫌だ嫌だと駄々をこねる子供のように首を振ってはマナーなんて知らないんすよ。とわめいている。
 大の大人が何をしているのかと呆れないでもないが、ザップがする分には違和感がなかった。
「安心しろよ。今日行くのはカジュアルなお店だよ。ジャンクフードではないけどね。でもお前も気にいると思うぞ。俺のお墨付きだ」
 疑わしそうな目でザップが敵ながら本当にと聞いてきていた。ちゃんとうまいっすか。マナーとかできませんから。後俺肉がいいんでと言ってくる。それにああと頷いた。
 それならとザップが行ったときには思わずガッツポーズをしそうになっていた。よしと思うのにてきぱきと予定をつけ、仕事を終わらせていく。そして仕事が終わった後、ザップを連れて少しだけこじゃれたお店へと来ていた。こじゃれたと言っても多少レベルの話で殆どザップが行くような店と変わらないレベルである。やたらと緊張していたザップはその店に入った瞬間ら拍子抜けたような顔をして口を開け抜けな顔を披露していた。スティーブンと店の中を交互に見ては、え、本当にここと言いたげにしていたので、何だ。もっといい店がよかったのかと言ってやるとザップはそりゃあもう笑ってしまうほど首を振ってここがいいですと態度に出していた。
「俺ちゃんみたいなのにはこのぐらいが丁度いいんですよ」
 言いながらザップはポールに案内されるがまま席についていた。その間も何処となくそわそわしていて、スティーブンがなれた手つきでメニューを広げるのをおっかなびっくり見ている。スティーブンは思わず笑って心配しなくともそう変なものはいってないよと教えていた。分かってますけどとスティーブンを見上げたザップはすぐに降参してあんたが選んでくださいと頼んでくる。ちょっと探せばあるような少しの贅沢のための店はメニューもそんなに分かりにくくはないがどうやらスティーブンのお勧めの店というのが問題を難関にさせているようだった。
 そうだろうと思っていたスティーブンはあらかじめこれならザップも喜びそうだと思っていたメニューをすぐに頼んでいた。すらすらとメニューを頼むスティーブンにザップはへえと口を開け見入っている。
 そんな風に口を開いてどうしたとわざと聞く。
「いやーー、あんたこういう店にも慣れているんですね。てっきりもっと高い店とかしかいかないもんだと」
「だからお前は僕を何だと思っているんだ」
「だってなんかあんたも旦那も見た目は上品つうか、俺が行くような店には絶対行かないような雰囲気があるんす。後、あんたが好きそうな女はもっと高い所とか好きそう」
「まあ、それは分からなくもないが、前にも言ったが僕は案外庶民派だ。それに高い所ばかりじゃ女性も飽きる。たまにはこういう場所に連れていくと受けがいいんだよ。後僕だって上品な女性ばかり相手にする訳じゃないからね。お前みたいにお高い店は肩がこるって嫌がる子もいるんだよ。たまに背伸びをさせてあげるのもいいが、毎回だと相手も疲れるだろう。相手のレベルに合わせてここぞと言う時に決めてやると女は喜ぶ。お前もやってみたらどうだ」
「えーー、そう言うことまで考えてんすか。めんどくせ」
「教えてやるぞ」
「俺は良いすよ。そう言うの性に合わねえもん。気楽にやれる子がいいです」
スティーブンの肩が小さく下がる。まったくと口にはしているもののその口元は笑っていた。しょうがない奴だと言いつつとても楽しそうだった。ザップの方も女の話をしたのがよかったのか緊張が溶けてきたようで番頭だって失敗談の一つや二つあるでしょなんて気軽に聞いてきていた。
「そうだな。口説いていた女性が口説いた女性の娘だったことはあったかな」
「うお。やっべ。それどうにかなったんですか」
「どう思う」
「俺ならそっこー頬ぶたれて終了ですけど、番頭だかんな。3Pで楽しんだりとかならなかったんすか」
 男のロマンですよねとザップが期待した目で見てくる。スティーブンは思わず笑ってしまっていた。くっくと笑うとザップは身を乗り上げてなんすかその反応。どうだったんですかと聞いてくる。
「お前が言う通りだよ。何でかそう言う展開になった」
「はあ? マジっすか。え、なんでどうやったらそんなうまい展開になったんですか」
「それが僕にも不思議なんだ。こりゃあやっちまったなって死も覚悟したんだけどね。どう言う訳かそんなに私たちの遺伝子が好きなのねってぶっ飛んだ解釈してくれてな。正直親子だなんて言われたって信じられないレベルで似ていなかったんだが、おかげで命拾いしたよ。
 まあ、後にしつこくストーカーされてまいたりもしたんだけどね。クラウスまで仲間に引き入れてこようとするから手ごわくて」
「うわ。やっべ。それ大丈夫だったんですか。旦那にもって三人でやったとか言われたりしたんですか。あの旦那がそんなこと聞いた日にゃ倒れちまうんざ」
「まあな。彼女たちもそこまで馬鹿じゃなかったからね。そんな事にはならなかったよ」
「あ、そうすよね。でそれどうやって解決したんですか」
「ふふ。そこは企業秘密かな」
「えー〜ここまで来てそりゃあないすよ。教えてください」
 もどかしいとその足が机の下で暴れる。スティーブンはそれに嗤って返していた。別段言って困るような手は使っていなかった。あまりしつこいと人には言えないような手を使う事もあるが、この件に関しては比較的に穏やかな方法で終わりを告げたのでいくらでも話せる内容だった。でもせっかく興味を得られたのだ。それを手放すのは惜しかった。ザップのことだから食事が来たら忘れるだろう。でもここまで興味を引けたのだ。
 街中で似ていない親子を見つけたり、母親ほどの年齢層の女を相手にすることもあるスティーブンと違い、ザップが親子引くことはないだろうが姉妹を相手にしてしまうことはあるかもしれない。そう言う時きっと思い出しては悶々とするようになるだろう。
 女と喧嘩、酒、たばこに薬しかないような男が自分の言ったことを思い出しては悶々とするのはとてつもなく気分が良いだろう。今はまだ言わないことにした。
「ま、そのうち話してやるよ」
「そのうちっていつっすか。俺は今聞きたいんですけど」
「そのうちはそのうちだ。ああそれよりほら、食事が来た食べようじゃないか」
 歯軋りをしてスティーブンを睨んでいたザップだがスティーブンの言葉にぱあと一気に笑みを浮かべていた。丁度良く着た店員が皿を並べていく。準備が整うのえばいだきますとすぐさま食べに行くザップ。美味しいとその顔が破顔する。これうめえですと嬉しそうだ。だろうと笑ってスティーブンも自分の分を豪快に口を運んだ。
 咀嚼している最中、スティーブンは視線に気付いて顔を上げた。
 じろじろとザップがスティーブンのことを見ている飲み込んでうしたんだと問いかけるのにいやーーとザップは美を傾けていた。
「あんたってなんか意外にこう言うばしょ似合うんだなって思って」
「はあ」
「何かこうおしゃれなバーとかに居そうなイメージだけどこういう場所にもなじんでるつうか、違和感がねえつうか」
「今までこんな店来ただろう案で今更」
「何ですかね」
 自分でも分からないのかザップが首を傾けていた。ポリポリと頭をかいている。何だそれはとスティーブンはまた笑う。虚を突かれたような顔をしてザップがスティーブンを見ていた。
「どうした」
「いやーー、それより早く食べましょう。冷めちまいます」
「まあ、そうだな」
 
 その日の夕食は大成功と言えるものだっただろう。それからまた一気にザップとの距離は縮まったように思う。ここまでくれば最初の目的は達成出来ていたが、欲が出たと言えばいいのか思っていたより餌付けが楽しかったと言えばいいのか、スティーブンの餌付けは終わらなかった。機会があれば共に昼食を食べ、スティーブンに空いている時があれば夕食に誘った。
 ザップは喜んでついてきてスティーブンが選んだものをうまいうまいと食べた。
 頬張るように食べるザップを見ながらスティーブンはむくむくと自分の中である欲が募っていくのに気付いていた。それはザップの胃袋を完璧につかんでみたいと言うものだった。
 ザップが気に入るような店。美味しいと思うものを食べさせてやっている自信はあるのだが、そうではなくてもし仮に女の誘いとスティーブンの誘いが被った時に心揺れるぐらい、なんならスティーブンの誘いに傾くぐらいその胃袋を掴んでやりたいと言う気持ち。
 そしてもう一つ今はザップに合わせているが自分好みの味にもなじませてみたい。店の雰囲気にもなれてもらいたいと言う欲だった。
 折角ここまできたのだからと何も考えずスティーブンはそう思い、そしてその欲を満たすべく動くことに決めていた。
 その為にまずは決めていたザップを連れていく店を一から絞りなおしてよりザップの好みに近いものを選び直した。と言ってもザップは雑食だ。。
 肉が好きではあるものの基本的に食べられたらなんでも食べる派でドギモは好きと言っているがそれ以外はあまり聞いたことはなかった。
 反応が良かったもの。それに近いものを選び直したが結構な数のこっていた。
 好みは把握していると思うが、それだけではザップの胃袋を掴むことはできなさそうであった。味だけでなく付加価値もつけたほうがいいだろう。スティーブンと食べる時しか味わえない、手っ取り早く考えるとやっぱり高級店での食事などになるだろうか。
 その日暮らしのザップなどでは決していけないような店。女も連れていてくれないような店。贅沢を覚えさせてそしてその贅沢を与えられるのはスティーブンだけだと思い込ませればうまくいくかもしれない。
 そうしようと思ったが、問題はあった。ザップは高い場所は苦手なのだ。行ったのはクラウスとの一度だけだろうがそれに委縮して苦手意識を持ちすぎている。行きたがらないのだ。
 どうやってそこをクリアさせるかと考えているとチャンスはすぐにやってきていた。今日は何を食べたいと形だけとなってしまっていた問を口にしたのに珍しくザップが何でもいい以外の答えを口にしてきたのだ。
 珍しくというより初めてだったかもしれない。
 たくさん行き過ぎて覚えていない。レア中のレアであることは間違いない。
 そしてザップが言ってきたのはスティーブンさんが女を落とす時に使ういい店を教えてくださいよとのことだった。これはチャンスとスティーブンは突如やってきた好機に手を握り締めていた。
「いいけど……。普段行く店よりちょっとお高くなるぜ。いいのか」
 片方の唇を上げて聞いた。げっと歪むザップの顔。まじかよ。さすが伊達男は違うぜなんて一通り言ったザップは暫く悩んだ後、それでもいいんでお願いしやすと頭を下げて叫んだ。
 よっしゃともう一度心の中でガッツポーズをした。
「あ、でもそういう店とかってドレスコードとかそう言う奴しなくちゃいけないんじゃないですか。なんか前旦那と言った時スーツとか着せられたんすけど」
 そんなスティーブンのことなど露知らず緊張と期待を折ませた顔をしていたザップはあ、でもとその顔を青褪めさせていた。俺スーツなんて持ってんねえすよとちょっとだけ泣きそうになって見上げてこられる。スティーブンは一瞬、じゃあ買いに行くかと言いそうになったがそれは飲み込んでいた。初日からそれでは重すぎると口を堅く閉ざして自身に言い聞かせる。
 落ち着いてきたころ、大丈夫だと言っていた。
「今日はそこまで高い店にはいかないさ。前にも行ったけど女と行くにもただ高い店にいくだけじゃダメなんだぜ。相手のレベルに合わせた店を選んでやらないとね。今日はちょっとお高いけどお前の服装でも行けるようなお店だよ。
 そうだな。女と行くときは大体女のレベルより二つぐらい上のお店を選ぶと良いぞ。行き過ぎても緊張させるし、かといって同じぐらいだとこれぐらいにしか見られてないんだって思われるからな」
「はへー、色々考えるんすね。やっぱめんどくさいすわ」
 服の話にほっとした後、ざぷは感心したようにしきりに頷いていた。そして最後は間抜けな顔をして占める。スティーブンはついつい笑ってしまっていた。こういう反応をするのだろうと思っていたのとまったく同じ反応であった。
「お前はそうやって適当にやっているから毎日刺されただの追い出されただのって事件になるんじゃないか」
「それぐらいが俺にはいいんすよ」
 ザップはの口が尖る。全くと言いつつもスティーブンは未だ笑っていて、逆にそれが面白くないのだろう。ますます不機嫌になって頬を膨らませていた。
「そんな事より早くそのお高い店に行きましょうよ。俺いい加減腹減りすぎて死にそうなんですけど」
「ああ、そうだね」
 頬を膨らませたままザップが話から逃げようと声を上げた。そんな姿にもまた笑ってしまっていた。


 ひええと後ろから聞こえてきたのにスティーブンは店員に気付かれないよう口元だけで笑ってしまっていた。緊張気味だった銀髪の男がさらに緊張したようなのがありありと伝わってくる。それで楽しくなってしまうのはどうしてなのか。
 案内されている間、ザップはカチカチに固まってしまっていた。
 片足片手同時に出ているんじゃないだろうかと疑わしいほどの緊張ぶり。笑いをこらえるのがスティーブンには大変だった。
 はああとザップが一息付けたのは席に案内され、店員が外した後だった。ぷはああと大きく息を吐きだし背もたれにもたれかかる。その姿を見て耐え切れなくなって声を出してスティーブンは笑ってしまった。肩を揺らし笑う。ザップはひでえとやっと元に戻っていた頬を股膨らませていた。
「あんた案内されている間もずっと笑ってやがっただろう」
「何だばれてたのか」
「ばれますよもう。仕方ねえじゃないですか。こういう店滅多に来ねえし、つうかドレスコードないって話だったのに滅茶苦茶高そうな店じゃねえすか。場違いじゃないすか」
「大丈夫ここはそれぐらいでも問題はないよ。ここじゃなければ分かるけどお前ぐらいの服装の人も来ているよ」
「本当すか。ってか何で個室。は、女と食べる時はいつもこうなんすか。厭らしいっすね」
「まさか今日だけだよ。お前が緊張するかもと思ってね。これならゆっくりできるだろう。折角の僕との食事、余計なものに気を咲かれたくないからね」
 話すこともだんだん緊張が取れいつものように軽口を叩くようになってきたザップ。そんなザップの様子に合わせて軽口を叩いていく。ザップはスティーブンの言葉に絶句し、それから激しく笑いだしていた。ひいひいいと腹を抱えて笑っているのにスティーブンの口はわざと尖った。
「おいおい。そんなに笑わなくても」
「いや、だって、やっぱもてる男のテクは違いますね。俺がそんなこと言っても女どもなんて信じてくれませんよ」
 今にも椅子から転げ落ちそうなほど笑い息も絶え絶えになっている。
「日ごろの行いだな。もっと誠意を込めて接してやればいいのに」
「込めてんすけどね。俺なりの誠意ってやつ」
 はぁと見せるためのため息一つ。ザップが肩を竦めて舌を出した。ぷらぶらとその手が揺れた。むくむくと好奇心が湧き出していく。口元が嫌に歪んでいた。抑えながらスティーブンはザップを真っ直ぐに見つめる。
「ふーーん。じゃあ、お前の口説き文句俺にも教えてくれよ」
 一つ笑顔で言う。色素の薄い目が見開いてスティーブンを映す。すぐに唇を尖らせてぶすくれた顔をする。
「えーー、番頭には必要ねえじゃねえっすか」
「みたいんだよ。いいだろ」
「えーー、つっても俺そう言うのあんま考えてない。つうか、いつもその場の流れでやちまうからやれって言われてもできませんよ」
 乱暴な手付きでザップの手が頭をかく。そうだろうなとは思いつつも好奇心が収まることはない。そしてスティーブンは一度深くまで興味を持つと中々手を引かないタイプだった。
「でもパターンとかあるんじゃないのか。いつもどうやって女の子に声を掛けてるんだ」
「えーー、普通にかわいいねとか、お茶を誘ったり……」
「それでその後は?」
「その後って」
「どうやってお持ち帰りしているんだ」
「どうって、まあ流れ?」
「どんな流れなんだ」
「どんなってああーー」
 どんどん問を重ねていく。無難に逃げようとするのを畳み掛けて目を逸らすことはしない。見つめ続ければ逆らえなくなるよう既に躾けている。それでも彼にとって本当に大切なことなら逆らうだろうが、これぐらいならば抵抗しても答えるしかなくなる。
 あーーと声をあげてザップはもう一度その手で頭をいていた。強く髪を掴んでいてなんなら毟り取りそうだ。追い詰められてばんと褐色の手がテーブルを叩く。大きな音に眉を寄せたもののまあ、いいかとスティーブンはザップを見つめるのをやめなかった。
 ザップの顔がスティーブンに近づく。いつも間抜けな表情をしている顔がきりりとしたものに変わっていた
「今晩、どう」
 その薄い色素の瞳でスティーブンを見つめ、聞き漏らすことがないようゆっくり口にされる言葉。
 スティーブンの目が思わず見開いていた。ドクリと大きく心臓が飛び跳ねる。一瞬時間が止まったようなそんな感覚に襲われながらも、すぐに我に返ったスティーブンは喉の奥を無理矢理震わせていた。
「くっく。随分可愛らしいものだな」
「あんたが無理矢理やれって言うから」
 ばっと離れたザップの顔は真っ赤になっている。あーーもうと頭を掻きむしる姿には先程の真剣な様子はもう見えない。
「ふふ。悪くはなかったよ」
「うそだああ。ぜって女なんか落ちないって思ったでしょ」
「そんなことないさ。現に僕はその気になったぜ」
 にぃと口元を上げる。一度は真っ直ぐに射貫いてきた瞳が丸くなり、へっと間抜けに口は空いていた。ぽかんとした様子で見てくる。ころころと変わる表情。それだけでも面白くて笑いたくなってしまうが必死に堪えた。口元を引き締め真面目な顔をして身を寄せていく。
 そしてそっと囁く。
「どうだ、今晩僕の家に来ないか」
 目がアチラコチラと動いていた。上見て下見て左見て右を見る。ぐるぐるとまわしながら固まったザップはえ、いや、ええ、はぁと言葉になっていない声を何度も吐き出していた。
 冷や汗を吹き出しながらも動けないでいるその姿に耐えきれなくなるまでそう時間は掛からなかった。腹を抱えて笑いだしてしまう。
 声を上げて笑うのにザップはぽかんと口を開ける。そのまま数秒固まって次の瞬間に大声を上げて立ち上がっていた。
「ああ! 冗談すか。……たち悪いっすよ」
「悪い悪い。でもそうだな。一杯飲みにでも来るか。簡単なつまみ程度なら用意してやれるが」
「……いいすっよ」
「え」
 ほっと肩を落として座りなおすザップ。くすくすと笑いが取れないなか、それでも口元を上げてそれなりのキメ顔で誘っていた。嫌ですよとそう言われるつもりで。だけど聞こえてきたのは肯定の言葉で今度はスティーブンの口が間抜けに開いていた。
 笑うチャンスだけどザップはそっぽをむいてしまっている。その口元は尖り、耳は赤くなっていた。
「いや……、あんたが普段どういうもの食べてるのか興味あるし……」
「そうか」
 やたらと声は口籠っていた。あまり開くことなく口の中だけで言葉を言っている。だんだん俯いてしまう姿にスティーブンは何を思えばいいのか分からなくなり、その姿から目がそらせなくなっていた。
ごにょごにょとザップは何事かを言っている。本人ももう何を言っているかは分かってないだろう。あーーと叫んでいた。
「あんたが女の子口説くための店にしたのもすごくうまいもの食えるんだろうなって思ったからだし。
 超旨いんだろうな!」
 まとまらない話をなんとかまとめてザップは最後どなるように話した。その手は何かを誤魔化すかのように腹を撫でている。スティーブンはなんとか我に返った
「そんなに期待されると怖いな。まあ、そろそろおしゃべりは終わりにしようか」
 シィと人差し指を立てて扉の方に視線を向けた。ざっぷは首を傾けていたが、すぐに料理を持ったポールが中に入ってきて二人の席に料理を並べていく。ザップの目が見開いてから輝いていた。
「お、すげえなんでわかったんすか」
「分かったんじゃなくて待っててくれたのさ」
「え」
「お喋りを楽しみたいから料理を出してくるタイミングを少し待ってほしいと事前に伝えていたからね」
「へえ。流石番頭」
 キラキラとした子供のような顔をしてくるザップにたねあかしをするとぽかんと口を開けて固まってしまっていた。用意周到。よっもてお何て一拍遅れてから囃し立てる。ふっと一度笑ったあとにそれよりとスティーブンは料理をみた。
「早速食べようか。期待に添えればいいんだけど」
「ウイっす」
 自信しかないくせに不安そうな顔をした。ザップはそんな顔を見もせずにフォークを手にして食べていく。マナーだ服だ何だと気にしていたわりには何も考えていない豪快な食べ方だった。
 口に含んですぐザップの目は輝いた。
「うめえ。超うめえっす。さすが番頭。やべえいくらでも食べれる。すげえ。うま」
「お口に合ったようでよかったよ」
「うおおお。なんだこれやべえ」
 感動し言葉を何個も落としながらザップの手も口も止まらなかった。その顔をキラキラキラキラさせながらたくさん頬張っている。



「んんーーー! うま。
 店のもうまかったけどこれもうめえす。まじでこれ番頭の手作りですか。すげえ」
 その2時間ほど後、スティーブンの目の前でザップが美味しそうにスティーブンが作ったつまみを食べていた。ヴェデットが作ってくれたつまみもあったもののここは自分の腕で作ったものの味も覚えてほしいとあえて作ったつまみはお気にめしってもらえたようでだいぶレストランでも食べていたと言うのにザップの手は止まらなかった。うまいうまいと何度も口にしている。
 少しだけ気恥ずかしくなって頬をかくものの高い満足感はあった。
「まじうまい。すげぇ!
 酒もうまいし。スティーブンさん家、最高。俺もうここの家の子になります」
 口の中一杯に詰め込んだザップが酒も飲んで声高らかに口にする。どろどろに幸せそうな姿。湧き上がってくる何かがある。
「お前そんな年じゃないだろう」
「うおおお。うますぎて無理っす。この家にすみつきたいす」
 笑って誤魔化すけど中々誤魔化せない。ザップが調子に乗っているのも悪かった。
「もうスティーブンさんなしじゃ、生きてけない」
 リスのように頬袋に溜め込んだザップが満面の笑みで笑う。レストランの比ではない程心臓が飛び跳ねてあ、とスティーブンは気付いてしまった。
 餌付けするのと共にゆっくりと育ててきた何かは育てていいものではなかったと。そんなつもりなかったのにと愕然とする前でザップはずっと幸せそうだった


「うめえっす!!」



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