足は凍らされ、ベッドの上に転がされて横暴だと言ってやりたいところだが、んと春風のような笑顔でそれも黙らされる。ぐっと唇を悔しさで噛み締めてからザップはその口を開いていた。
「誕生日おめでとーございます」
 完全なる棒読みの言葉が出ていく。覆いかぶさっていたスティーブンが満足げに笑って、一瞬後には盛大なため息を吐き出していた。顔を覆ってごろりとザップの横に転がる体。目が点になる中でスティーブンのため息は続く。
「はぁあ」
「ちょ! なんすかそのため息」
 堪らずザップは抗議の声を上げた。足が動かせないのでうまく起き上がれないが、手はバタバタと動かしてシーツを叩いていた。本当ならスティーブンの頭も叩きたいところだがそんな恐ろしいことは流石にできない。
「いや、また歳を取ってしまったんだなって。この歳になってくるとよる歳に勝てなくなってくるから年を取るのが辛い」
 覆っていた手の下から出てきた顔は徹夜三日目の時のような顔をしていた。はっはと笑っているが目が笑っていない。もう一度出ていくため息。はぁあ!と ザップからは声が上がっていた。
 道行く途中、ばったり今日一日見なかった顔に遭遇したかと思えば挨拶もなく足と手を凍らされ流れるような動作でお持ち帰りされたザップとしては大変納得のいかない言葉だった。
「それ人拉致してまで祝わせようとしてきたやつの台詞かよ! 」
「はっは。いいだろ。年を取るのは辛いが、でも誰かに祝われたいんだ」
「それなら今日ライブラ来たら良かった話しょ。みんなあんたがいないんで残念がってたんすよ」
 動けないのもかわいそうだしと家に来てから解放された手はもう暴れてはいない。それでも納得はできないと頬は膨らんでスティーブンを睨んでいた。たくっと出ていく言葉にスティーブンの口が歪に上がる。やれやれと振られる首。僕はお前と違って大人何だからって言ってくるのにオレだって大人っすよとか、こんなことしてくるやつ大人とは言わねぇっすとか色々言いたいことはあるもののでていくことはなかった。
「仕方ないだろ。どうしても外せない用事だったんだ。子供でもないのに誕生日ごときでキャンセルできるか。しかも……、」
 言葉を飲み込んだスティーブンががしがしと己の頭を掻きむしっていく。でていく深いため息。
「誕生日ぐらい祝われなくても平気だと思ったんだけどな。
お前を見たら急に祝われたくなった」
 困ったもんだよなって微笑む顔はいつもと違うらしくない顔でそんな顔されたら付き合ってやるしかなくなるから卑怯だってザップは言いたくなった。その言葉もしまい込んで、それでもこのまま思い通りにことが進むのは面白くなくせめてもの抵抗と口を尖らせた。
「オレちゃんにも用事あったんすけど」
「どうせ、女のとこ行こうとしてただけだろう」
「そうすけど」
「寝場所と今日の飯、ついでに明日の飯もつけてやる。どうせこんな時間に女探してたってことはまだ食べてないんだろ」
「……しゃあないすっね」
 スティーブンが紡ぐ約束。大したものではないけれどそれで充分。ザップはいかにもしゃぁなしという感じで頷いては見たもののきっと顔にはでていただろうと思う。スティーブンがそれを指摘することはなかった。
「じゃあ、そういうことで今日がすぎるまで俺の誕生日祝え。ほら、あれ。誕生日のあの歌でも歌ってろよ」
 変わりに良く分からない我儘を口にしてくる。そんなもの普段の誕生日のときでさえ歌われる歳でもないくせに、他人の誕生日の時に聞いたのでもなければもう何年も聞いてないんじゃないだろうか。
「えーー、滅茶苦茶わがまま言うじゃないですか」
「いいだろ。どうせお前プレゼントも何も持ってないし、それに後数分だけだ」
 寝転がったスティーブンの目がちらりとベッドサイドに置いてある時計を見る。日付が変わるまでは今から歌っても十回歌えるかどうかだろうか。それでもまあ、一人の人に歌う分には多すぎる気がするが、ご所望ならば今日ばかりは仕方ないだろう
「まあ、いいすけど。音程外れても気にせんでくださいよ」
 夜なんてこと忘れてザップは大声でその曲を歌ってやった。
 驚いた顔をしたスティーブンを置いて二回目も変わらない声量で無理矢理に女声を作って歌う。その次はおっさん声。その次は子供の声。
 次第にスティーブンの肩が震えて笑いだしていた


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