「赤い糸? なんだそりゃ」
 すっとんきょうな顔で声をあげる相手を見て蔵馬は思った通りだと笑った。聞いても相手は絶対に分からないと最初から分かっていた。そんな話に興味があるタイプではないし、そもそもの記憶力があまりない。有名な話だから何処かで聞いたことはあっても覚えてはいないだろう。
 まあ、とは言え蔵馬自体こんな話にはあまり興味がないのだが。それをわざわざ話題にだしたのは他に話せるような話がなかったからだ。
 平日は会社、休日や夜は魔界の仕事と日々忙しく暮らしているなか、唯一の癒しとして訪れた家からはちょっぴり遠いラーメンの屋台。店じまいの間際に来たからか客は他におらず友人の店主と世間話に興じる。最初は相手が話していて蔵馬は食べながら相槌を打つだけだった。だがあらかた店主の話しは終わってしまい今度は蔵馬が何か話さなければいけなくなった。
 食べ終わったラーメン。
 尽きた話。
 それでは居座る口実がない。もう少し居たかった蔵馬は今日会社の同僚が話していた内容を思い出しそのなかからその話題を口にした。仕事だらけの日々で自分の事では話せることが何一つなかったから。
「いつか結ばれることになる二人はそれぞれの小指に一本の赤い糸が結ばれているそうなんです」
「へぇ」
「今日会社で同僚がそんな話をしていたんですよ。なんでもそれを題材にした昔の映画を見たそうで。楽しそうに話していたので少し記憶に残っているんですよね」
「ほぉ」
 聞いているのか聞いていないのか。微妙に分かりづらい相槌をうちながら屋台の内側に居る人物は己の小指を見つめていた。おやと蔵馬の眉が上がる。興味ないとすぐに別の話題を求められるかと思っていたが意外と興味をひいたらしかった。作った僅かな時間のうちに次の話を考えていた蔵馬にはありがたい話であった。
「あ、そうだ。
 蔵馬、ちょっと良いか」
 彼は何を考えているのだろうか。そんなことを考えながら話を纏めていた蔵馬は突然の言葉に対してはい? と声を上げていた。これは何がですかと言う意味だったのだが、相手はそうはとってくれなかった。サンキューと言う言葉の後に伸びてくる手。その手が髪に触れたかと思うと頭部に痛みが走った。殴られるような痛みではなく微かなものだ。それでもたしかな痛みで蔵馬は驚いて相手を見上げた。
「ちょ、何するんですか。幽助」
「ほら次指かして」
 抗議の声をあげるもののそんなもの何処吹く風で強引に掴まれる右手。小指の根本に細いものが巻き付けられる。それは蔵馬の赤い髪で。
 見開いた視界の中、蔵馬の右手とはまた違う手が入り込んできた。蔵馬の手よりもさらに傷が多く固くなっている手。その小指には赤いと同じように赤い髪が巻き付いていて。
「どうだ。蔵馬こう言うことだろう」
 何も考えてなさそうな能天気な笑顔が二つの手越しに見える。純粋な迄に真っ直ぐな輝きを見せる瞳がキラキラと輝いていた。
 食べ終わっていて良かった。
 そんな言葉が真っ先に浮かんだ。食べ終わっていたからこその会話なのだと言うことも忘れてもし食べている途中だったら箸を落とすか、麺を喉に詰まらせるかのどちらかは確実にしたとそんなことを考えてしまう。
 一瞬硬直してまともな思考もできなくなっていた。いや、箸を落とすなら掴まれた時に落としていたか。というかこれはどういう冗談なのだろうか。いや、彼は真面目にやっているんだろうが。固まっていた思考がゆっくりと動き出す。暫く考えてから蔵馬ははぁと深いため息をついた。
「な、なんだよ」
「俺達の小指に結んでどうするんですか。それに赤い糸が繋がっているのはお互いの左手の小指なんですよ」
「え、まじで」
 輝いていた目が突端驚きにかわりしょんぼりと肩が下がる。なんだよとぼやく声が聞こえるのに蔵馬は席を立ち上がっていた。
「御馳走様。あんまり悪ふざけはしないほうがいいよ幽助。本気にされてどうなっても知らないからね」
 お勘定を置き屋台から離れていく。蔵馬と己の名を呼ぶ声が聞こえたがそれには気付かぬふりして歩いていく。後ろから聞こえるため息。悪巫山戯なんかじゃ……

 ふふと口許に笑みが浮かんだ。右手を見つめた。巻き付けただけの髪の毛は簡単に外れてしまったがまだ蔵馬の指には絡み付いている。巻き付けられた髪ごと根本に口づけを落とす

「駄目だよ、幽助。狐は欲深いんだから。一生縛る約束にされてしまうよ」



……

「貴方に抱かれるようになってから他の人に抱かれるのは出来れば避けたくなったんですよ」
 脱ぎ捨てた服がベッドの下に広がっている。相手の服の釦も全て外し終え、白い肌に振れようとしていた幽助は硬直してしまった。いや、何いってんの? この場面で何言い出すのと下に敷いた蔵馬をじっと凝視する。蔵馬の目もじっと幽助を見上げていて明らかに幽助の返事待ちであった。
「えっと大変聞き捨てならない台詞なんですが、なんでよりにもよってこんなときに……」
 聞こえなかったふりしてやろうかと思ったもののそれで蔵馬の気を損ねたらここで終わりになりかねない。片言になりながら返したのに形の良い唇がくすくすと笑い声を上げた。何で敬語なんですかと面白そうに問い掛けられるのに半目を向けてしまう。あんなこと言われて平常でいられるかと思うのに蔵馬はあまり些細なことは気にしないほうが良いですよと言った。絶対些細なことなどではないのだが抗議の言葉は首に回ってきた蔵馬の腕の前に掻き消えてしまう。
「性行為をしていると必ず相手の生気を取ってしまうんですがね、あまりそれが美味しくないんですよね。げてもの料理を食べているような……、それよりもっと酷くて塩と間違えて砂糖をたっぷりいれた上に焦がして原形さえも分からなくなった食べ物を食べているようなそんな感じで。まあ、いくら不味くともお腹のすきにはかないませんからね。だから食べていたんですけど……ぁ
 幽助のはそうじゃなくて美味しいんですよ」
 なんつう色気のない例えだ。それが本当だとしてももう少し色気のある例えで話してくれねえかな。そう思う幽助はもういいかと話している蔵馬を放って目にはいった色ついた粒に噛みついていた。甘い声がわざとらしく漏れる。口角を上げた蔵馬から聞こえた声にどきりと胸が高鳴った。思わず見上げるのに美しい顔が幽助を見ている。
「幽助のは凄く美味しくて優しい味がします。暖かくてお腹のなかからぽかぽかしていく。とても好きな味ですよ」
「お前、」
 また幽助の体は硬直してしまった。







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