淫魔な話

「あり得ねぇ〜〜!」
 本来なら安らかな休息を得るためにあるソファの下、数分前から発生した乱闘でボロボロになってしまったそこを睨み付けながら俺は本日何度めかの言葉を口にする。そんな俺を金色の目が至極不機嫌に見下ろしていた。



 話は数時間ほど前に遡る。
 俺は食事をするために夜の町をさ迷っていた。と言っても食事とは人間のように食物を口にいれて食べるわけではない。俺は普通の人間ではなく、と言うかぶっちゃけ人間ですらなく淫魔と呼ばれる魔物だ。まあ、そうは言っても姿形は人間そのもの。黒い羽もなければ尻尾も角もない。基本的には夜を好むが昼にも活動できるし、行動パターンもほぼ人間と同じ。違うのは生存維持に必要なのが人間が食べるような食べ物ではなく、人やものの生気というだけ。人間の食べ物も一応食べれるがそれで腹が膨れることはない。逆に生気さえ食べれば腹が膨れることは当然ながら、どんな疲れも取れるし、怪我だってみるみるうちに治る。便利な生き物。生気の接種方法は簡単でキスなどで相手の肌に触れ合うこと。中でもセックスは取り分け吸収率が高く効率的だ。効率的なだけでなくキスもそうだがセックスは最高に気持ちいいし、人肌は心地よい。一度でいくつもの気持ちよさを味わえる最高の食事方法。
 人間なんかより淫魔として産まれてきて良かったと心底思う。
 そして今日もまたそんな最高の食事をするために相手となる女の子を探していたのだった(別に生気をたべるだけなら女の子でなくとも良いのだけれど、気持ちいいのが好きで女の子の柔らかさが大好きな俺としては断固食事は女の子派だ)。




だった。



だったのだ。
だが、俺は食事探しに夜の町を彷徨きはじめてから五時間あまり未だに一人の生気も食べれていない。容姿は整っている方だし、ナンパのテクにだって自信がある。だから声をかければ大抵の女の子は落ちてくる。今日だってこの五時間で十人ちょっとの女の子を誘うことには成功していた。していたのだが、その後ホテルに入っていざ、いただこうとしても何故かヤル気がおきないのだ。ヤル気が起きずに気付いたら女の子とはバイバイしてる。女の子はあり得ないという顔をしてみんな去っていく。俺もあり得ないと思う。思うのだがどうしてもヤル気が起きないのだった。
 何故か何て言ったけど、理由は………分かっている。
 実はやる気が出なくて食べられないのは今日だけの話ではなくこの町に来た五日前からずっとこう。そして、それはこの町に溢れてる甘ったるい匂いだ。この匂いは普通の人間には分からない。俺達淫魔だから分かる匂い。生き物がだすフェロモンの匂い。町全体に溢れるようなこの甘ったるい匂いは複数の人間の匂いが混じったわけではなく、ただ一人の人間の匂い。甘く人を惑わせるようなこの強烈な匂いはマジでうまそうでそっちばかりに欲が集中して他の女の子だと食指が一切働いてくれない。これがこの五日間俺が全くやれてない理由だった。
 それならそれでその匂いの持ち主に会いに行けば良いだけのような気もするのだが、何か良くないことが待ち受けているような気がして行こうとは思えない。むしろ行きたくない。だが甘い匂いに惹き付けられて町を離れようとも思えないのだからどうしようもない。
 だがそれもいよいよ我慢の限界だった。
 この五日何も食べてないので腹は極限までにすき、なにより下腹には張り裂けんばかりの欲がずくずくとたまっている。甘い匂いに煽られてずっとやりたくて堪らなかったのだ。この甘い匂いを放つ奴を押し倒して無理矢理にでも抱きたくて仕方なかったのだ。
 何か悪い予感はする。行くなと本能は告げている。それでももはや誘惑に打ち勝つことはできなかった。
 甘い匂いの強まる方にまるで蛾かなにかのように引き寄せられていた。











 甘い匂いの元を辿って辿り着いたのはそこそこの値段はしそうなわりといい感じの高層マンション。セキュリティも万全のようで中から匂いの元に向かうことは難しい。だがそこで諦めることはなかった。体はほぼ人間と同じだが身体能力などは人間の数倍はある俺は外側から匂いの元にむかった。回りに人がいないのを確認して、トンと地面を蹴りあげる。一気に六階ぐらいまで飛び上がると、並ぶ部屋の柵を利用してさらに上に。それを何度か繰り返して辿り着いたのは三十五階。なかなかいいところにお住みのようでヒューと口笛を鳴らした。
 まだ部屋のなかにも入っていないというのに漂ってくる匂いは立ってるのさえ辛くなるほどの強烈さ。お腹がぐるぐるとなり、俺のアソコも臨戦態勢ばちりで、今すぐ喰らい尽くせと訴えてくる。
 その欲望に流されるまま部屋のなかに入ろうと窓に手を伸ばしたが、
 まあ、当然空かなかった。
 カーテンもしまってるのだ。いくら高層マンションとは言え窓の鍵が閉まってるのは当然。だがそこでも諦める俺じゃない。窓の鍵を開けるなんて淫魔の力を持ってすればちょっちょいのちょいだ。
 そして窓を開けて内側を隠していたカーテンも開け放した。
「はぁ? あり得ねぇ…」
 部屋のなかをみて真っ先にでてきたのはそんな言葉だった。口を大きく開けた間抜けな顔をしてそう言ってしまった。だがそう言うしか他なかったのだ。何故なら開け放った部屋の中、一番に視界に映ってきたのはソファに座ってた男の姿だったのだ。
 突然の登場に目を大きく開いて驚く男の目は美しい金色をしていて、その目がじっと俺をみている。キラキラの金髪をした男はどこもかしこも輝いているように見えて間違いなくこの甘い匂いの持ち主だと思わせる。匂いも男からしている。
 だがそれでもやはりあり得ない。
 基本的に淫魔が餌とする生気は自分とは違う性別異性のものだ。人間の基本が男女間のセックスであるように、淫魔だってそうなのだ。どんなに極上な匂いがしても異性でなければ食指は反応などしない。まれにそうでない変わり者の淫魔もいるという話は聞いたことあるが、俺は違う。至ってノーマル女の子大好き。女の子の生気しか食べたくない。食べたくないのだ。
 それが…………、
 それが何で男の匂いに反応してるのか。しかもその匂いに欲情しすぎてそれ以外食べる気が起きないほどに夢中になってるのか。
 あり得ない。マジであり得ない。



「え? アンタ、男装するのが趣味な女子なの?」
「アァ゙」
 あ、男だわ。この声間違いなく男だわ。俺の淡い希望が儚く散っていた。
 俺の余計な一言で我に返った男はギラギラとした目で睨み付けてくる。先のドスの効いた声といい相当喧嘩なれしてそうな男だ。それが何でこんな甘い匂いさせてんだか。そしてなんでその匂いに反応してんのか、俺は。匂いの主が男と知って相当ショックだったし、パニックになってたのに体の中に貯まってる熱だけは引く気配が一切ないんだけど。
「つうか、テメェ何だ。どうやってこの部屋に入ってきやがった」
「どうやってって普通に窓から」
 男が問い掛けてきたのに窓を指して答える。平然とした様子を装っては見るがわりと限界は近い。体中が早く目の前の奴を犯せと訴えてくる。俺は男は専門外なのに!! なのにもう我慢できそうにない。
「そんなんはわかってんだよ!! 俺はどうやってそこの窓から入ってきたのか聞いてんだ! 鍵もかけてたし、そもそもここ何階だと思ってやがんだ! つうか、何のようでここに来や」
 ドンと激しい音が響いた。目の前には男の顔がある。
 後少しで言い終わるとは思ったのだけど説明するのもめんどくさくなったのが半分、我慢の限界が来たのが半分で、男が全部言い終わる前にソファに押し倒していた。
 金色の目が見開かれてすぐに半目になる。
「テメェ、何しやがる、ドケ!!」
「やだね」
 蹴りあげてこようとする脚は抑え込み、暴れる手首も掴み上げて空いている口で愛撫みしようと試みる。手始めにキスから入るのが俺のいつもの動きだが、男相手にキスするのだけは何としても阻止したく唇に目を向けることはしない。かわりに唯一さらけ出されている首もとを嘗めあげる。ビクリと男の体がはねる。
「何処舐めやがるんだ、テメェ! てか、何するつもりだ!! このやろう!!」
「何するってこの状況ですることなんて一つだろ。何アンタそんなことも分かんないの。もしかして童貞」
 うわぁ、あり得ないわと言う思いで問いかければ、青筋を浮かべた男の体に力が入る。今にも殴りかかってきそうだ。押さえ込んでるから出来ないが。
「ふざけんな!! 分かりたくもねぇだけだ!突然不法侵入してきたあげく人を襲うとかいい度胸じゃねえか!! なんのつもりだなんの!!」
「食事だろ、食事」
「何が食事だ! こんなのが食事になるか」
「俺にはなんだよ、淫魔だから。ってことでもういいだろ。いい加減食べるぞ」
「はぁ?淫魔? 何言って……て、言い訳あるか!」
 あー、早く食べたいんだけど、こんな会話続けなくても良いだろと思いながらも一応答えてはやった。そんでもってもう待つのも嫌で早く食べようと首もとにまた口を寄せるのだけど大きく身を捩られて抵抗された。
「誰がテメェなんかに食べられるか!!淫魔だろうが何だろうが人を無理矢理襲うとか許されると思ってんのか」
「別に思ってはねえけど、しかたねえだろ。こっちはもう限界なの! したくてしたくてしかたねえの。ついでに腹も減ってんだよ!」
 すきすぎて死ぬんじゃないかと思うぐらいには減っていて本当早く食べたい。大人しくしてほしいのに抵抗する力は強くなるばかりだ。何なのこいつ。本当に人間?
「知るか!! そんなテメェの事情知る分けねえだろうが! 俺じゃなくて自分から食べさせてくれるやつ探しやがれ!!」
「いくら探したってソイツらにこっちの食指が動かなかったら意味ねえだろうが。アンタのせいなんだから協力しろよな」
「何が俺のせいだ!俺は全く関係ねえたろうが」
「はぁ!? アンタの匂いのおかけでこっちは他に食指が働かなかったんだからアンタのせいだろうが」
「し・る・か!! 匂いってなんだよ、匂いってふざけんなよ!! つうか、淫魔ってやつは男でも女でもどっちでもいいのか!! 見境なしの変態か!!」
「んな訳ねぇだろ!! 女の子を食べたいに決まってんだろ!」
「おお、じゃあ、残念だったな! 俺は男だ!!」
「知ってるよ! どっからどうみてもアンタは男だ!」
「じゃあ、何で俺を食いたがってんだよ、このくそやろう!!」
「んなの、俺が一番知りてえんだよ!!」
「ふざけんな!」




「あり得ねぇ〜〜」
 言い争いながら取っ組み合いをしあって数十分。話は冒頭に戻る。
 
 最初の数分はマウントポジションを取っていたこともあり、俺が有利だった。だけどどんどん抵抗が激しくなっていくうちに気付いたら見下ろす形が崩されており、後は一方的なまでにやられた。勝負にすらならなかった。
 淫魔であるこの俺が。
 腕力も体力も全部が人間なんかよりより数倍上のはずなのに負けてしまった。この男絶対に人間じゃない。人間のふりした化物か何かだ。この部屋に入ったときから淫魔のフェロモンをだしているというのにそれさえも効いている気配がない。少し嗅ぐだけで普通の人間なら欲情して動けなくなるはずの淫魔のフェロモン。その気になればゾウさえも発情させてしまうほどのあれなのに。途中から通常の倍は垂れ流しにしてもなんの変化もない。どうなっていやがんだ、この男は。どうしてきかな………、

 いや、よくみると、頬が赤くなっている。乱闘は一方的なものだったのだからそのせいではないだろう。ん、と小さな鼻息もわずかに聞こえる。何よりもぞもぞと下半身を擦り合わせるその動きは………。
 ニヤリと口の端に笑みが浮かんだ。
 どう考えても効き方はおかしいが、それでも完全に効いてない訳ではなかったようだ。ちょっとでも欲情してしまえば淫魔である俺の勝ちだ。欲情している人間を落とすのなんて朝飯前も良いところ。
 ぐっと起き上がってもう一度男を押し倒す。体の熱に気をとられていた男は二度めだというのに簡単に押し倒されてくれた。
「テメェ、まだやるきか!」
「当然。まだやってないんだから」
 睨みあげてくる男に口の端をあげて笑う。今度は負けない自信がある。
「だれがやるか!!」
 暴れてくる男を抑え込みながら片手は下へと移動させる。欲情しているせいかさっきよりは体に力が入っていない。
「んな事言ってもさ、ここかんじてんじゃん」
「ぁ! ……何処触って……。んぁ」
 服越しに立ち上がりかけた性器を握り混むと男の体ははねあがる。思っていたより男から漏れでる声は甘くてずくりときた。
「ほら、こんな大きくして我慢なんねえんじゃねえの。大人しくおちちまえよ」
 脳に直接届けるように耳元で囁く。それだけでもふるふると男の体は震えた。
「ふぁ、ん。ふざ、けんな、誰がテメェなんかと」
 真っ赤な顔をして睨み付けてくる男。ギラギラとした目は相も変わらず恐ろしいまでの強さを持つがそれがほんの少し涙に濡れているのを見ると快楽が体中を走り回る。長い金色の睫毛が涙に濡れてキラキラと輝いていてそれにもまた欲情した。
「すげぇ、顔。そんな睨み付けておー怖い怖い。でもその顔めっちゃそそるぜ。
 なあ、ほら仕方ねえから優しくしてやるからよ」
 極上の女を落とすためだけに使う声で囁きながら男の体に手を這わす。もう抵抗は感じられなかった。








 あり得ない。もう何どめかとか考えられないぐらいにあり得ない。
「めっちゃ気持ち良かった」
 それこそ過去最高レベルに。間違ってこっちが溺れてしまうぐらいに気持ち良かった。男とやるのなんて初めてだし面倒なんだろうなと思ってたのが嘘みたいに気持ち良かった。しかもたった一回やっただけなのに五日間もなにも食べてなかった腹が満腹通り越してしばらくなにも食べなくて良いぐらいには満たされている。
「んだよ、これ、あり得ねぇ……」
 男とやるのがこんな気持ちいいとかあり得ね。と言うか今後こいつ以外のやつとやっても満足出来なくなりそうなんだけど。そもそも食指がこいつ以外に動かなくなりそう。あり得ねぇ。まじあり得ねぇ。
 そうなったらどうしてくれんだよ。もう生きていけねえじゃねえか。いや、そんなことはない。きっと女の子たちだって食べられるはず。と言うか絶対食べる。こいつなんかもう二度と喰うもんか。

「あり得ねぇ……」
「あり得ねぇのはこっちだ」

 ああと横目で後ろをみるとソファに俯せに横になっていた男が俺を睨み付けていた。やりおえるとすぐ気絶していたが、目が覚めたらしい。真っ赤に腫れた金色の目がじっと睨み付けてくる。その目にぞくりとくる。最中も涙を流しながらもずっと睨み上げてきたその目をみると腹のなかから何かが込み上げてきてまた押し倒したい欲望が膨れ上がるのを何とか抑え込む。
 もう抱かない。もう抱いてたまるかなのだ。
 男から無理矢理視線を外して立ち上がろうとする。この場に長居をするのは危険だ。そう思ったのだけど、
「くそ、テメェのせいで腰がいてぇ。明日は大事な講義があるってのに歩けなかったらどうしてくれんだ」
 男の言葉でつい男を見てしまった。服も何も着ず横たわって腰をさする男の姿はまあ、もろ情事の後という感じでぐっときた。程よく筋肉のついた何処からどうみても男の体なのに腰が重くなる。くそがと吐き捨てて雑念を振り払う。
 やらないやらないやらない。
 そしてもう一度男をみる。
 腰をさする男は本当に辛そうでこの様子なら明日歩くのは無理かもしれない。女子でさえやり過ぎたら腰が動かなくなるのだ。それが男、しかもはじめてと来ればたった一回でそうなるのも仕方ないのだろう。
 あーー、と声が出る。ちょっとだけ罪悪感が沸いた。仕方なく男の腰に手をやって何度かさすってやる。力を少し込めた手でさすってやると男の体がホッとしたように弛む。多分だが人間相手にやり過ぎたときようにあるのだろう治癒術が効いたようだった。初めて使うから上手く出来るか分からなかったのだが、何事もやれば上手くできるもんだ。
「んじゃ、俺もう帰るな。今日はサンキュー。後窓の鍵は閉めててやるから」
 やることはやったし、今度こそ長居は無用。間違いはもう起こさない。さっさと立ち上がって窓に向かって歩いていく。黙って立ち去るのも何なので声だけは掛けていく。



「おいちょっと待って」
 窓を開けてさあ、さらばとしようとしたのに、呼び止められる。何で呼び止めるのか訳が分からない。返事はせずに顔だけ男に向けた。横たわったままの男が俺をみる。

「お前、名前何なんだよ」
 何でそれを聞くんだよ! 薄い唇が紡いだ言葉に俺はアホかと言いそうになった。無理矢理犯された相手に名前を聞くバカなんて普通はいない。この男は何を考えてるのか金色の目からは何も読み取れない。
「ランスロット」
 色々言いたいことはあるけども何もかもが面倒で早くこの場を立ち去りたくて気付いたら名を名乗っていた。男がそれにふーんと頷く。頷いてどうするのか。淫魔だから人間の戸籍登録など勿論していない。名前が分かっても訴えられないぞ。そもそもこんな所で名乗った名を信じるのもバカらしいけど。一応俺は本名みたいなものだけどもな。


「ランスロットは長いからランスでいいな。俺はアーサーだ。じゃあな」





 何で名乗ったバカか! バカだ!! 強輪魔に名前を聞くバカはいなければ、名前を名乗るバカはもっといないんだよ!このくそバカ野郎が!
 こいつどういう性格してんだよ!!


 色々言いたいことが溢れてくるが、やっぱり面倒でとにかく早く帰りたくて窓の外に出る。おざなりにカーテンを閉めて窓と鍵も閉めてさっさと退散する。
 もう二度とここにはこない。今すぐこの町からでててやる。











そう決めた三週間後、俺はまたこの町に、この高層マンションの三十五階の一室に来てしまっていた。




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