質
「何ですかこれは」
「何って見てわからぬか」
太宰が首を傾けるのに福沢も首を傾けた。福沢が太宰に渡したのは何処からどう見ても帽子と呼ばれるものだ。
太宰はそんな帽子をまじまじと見つめては首を傾ける。
「帽子であることは分かるのですが、なんでこれをもらうのかがさっぱり分かりません。何故私にこれを」
「なぜって」
太宰が聞くのに福沢は首を傾ける。何度か瞬きをしながら太宰を見るのに太宰はじいと福沢を見ている。
「暑そうだったので少しでも日よけになればと思ったのが嫌だったか」
今度は福沢が太宰に問いかける。不思議そうにして首がさらに傾いていく。太宰の首が慌てて振られてそんなことはありませんけどと答える。その顔は少しだけ赤くなっていた。促されて帽子をかぶる。
どうですというのに似合っていると告げて福沢はゆっくりと前を歩きだした。太宰も福沢の後を追い変えkる。ぎらぎらと照り付けるような日差しから少しだけ逃れて涼しくなったような気がした。
ふわりと吹いた風。
あっと太宰は声を上げていた。強い風は太宰がかぶっていた帽子を奪い取っていく。手を伸ばすのにもう遅く風に乗った帽子は遠くまで舞い上がっていた。あーーもうと太宰が声を上げる。
どこに落ちるかと見ていた帽子は高い木の上に落ちて降りてこなくなっていた。気に入ったというほどではないが、使っていた唯一の帽子だ。
なくなるのはいやだなと見つめるのに共に歩いていた福沢は静かに横まで下がっていた。取れませんねと聞こうとして後ろを振り向いた太宰は福沢がいないことに驚く。
それとほぼ同時に真横を風が通っていた。えっと追いかけると黒い背中。木の直前で飛び上がり、幹を蹴り上げてさらに上に飛ぶ。手を伸ばし枝を掴んで、そのまま枝に乗り上げる。一つ二つと高いところに上がっていた。
あっという前に防止の元までたどり着く福沢を太宰は呆然と見つめた。
引っ掛かった枝に福沢の手が伸びる。帽子を手にしながら福沢はそう言えばといつかのことを思い出していた。前にもこんなことがあった。あれは子供の風船を取ろうとしたときのことだった。
そしてそう言えばその時もここ最近目にするような奇妙な光景を目にしたのだった。
あの時は何の前触れもなく一瞬のことで区のせいだと思いすぐに忘れて思い出しもしなかったけど、きっと同じものだったのだろう。
もしかするとと太宰を見下ろす。そこにはいつも通りの太宰が立っていた。なぜか驚いたようにしながらも福沢を見てきている。
じっと見てみるが太宰の姿がぼやけることはなく奇妙な光景は出てこなかった。
あれは違ったのだろうか。思いながら木の上から降りるy。太宰の元まで行くのに太宰はじっと福沢を見ていた。これをと差し出して初めてその目が福沢から外れていく。
太宰の手が帽子を手にする。まじまじとその帽子を見てから太宰は福沢を見た」
「社長は普通に木登りしませんよね。どうしてですか」
不思議そうにも、興味があるようにも思えなかった。話の種でもなく思わず漏れたような声。ぼんやりとした様子。細められる目。じっと見られるのに福沢は首を傾けた。
「そうだろうか」
「ええ。貴方はいつも飛び跳ねて……、それが根付いてしまっているのですか」
「太宰」
「何でもないですよ。それより早く行きましょう」
ぎゅっと帽子をかぶりなおした太宰が前を歩いていく。何処か様子がおかしいと感じながらも福沢は一つ頷いて、その背を追いかけた
さあ、と風が吹いた。
目の前の枝が揺れて、緑の葉が鼻先をくすぐっていく。揺れる気を見つめてから、そっとその視線を下に下ろしていた。
見下ろせば地面に黒い外套を着た太宰が見える。福沢を見上げ、そして口を開いていた
ぱちりと目を開けると聞こえてきたのは太宰の穏やかな寝息であった。規則正しい寝息を立てながら眠りについている太宰を見つめる。
夢などと言うものはすぐに忘れていくものであるというが、先ほどの夢は頭の中にこびりついて消えていく気配もなかった。
見上げてくる太宰の姿を思い出す。黒い外套を着た姿はそう言えば今日思い出した、あの日に見た太宰とどこか似ていた。
居間より少し幼いだろうか。
太宰の顔を自と見下ろしながら、夢の中の太宰と比較する。見上げてくる目は今よりもずっと暗い色をしていた。あれは何なのか。考えるけれど分かることはなかった
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