人も寝静まり、間がやってくる時刻。
 ペタリぺたりと福沢邸の廊下に足音が響いていた。ペタリぺたりとなる足音。それは唐突に止んでどうしたんですと声を出した。
 ことりと首を傾けた太宰が居間の前で一人酒を飲んでいる福沢に問いかける。
 起きたのか。少しだけ目を見開いた福沢が太宰に問うのに太宰はこくりと頷いて福沢を見下ろす。
 もう一度どうしたんですと聞く。
 福沢の手の中にはお猪口が握りしめられていた。
「こんな時間に酒を飲むなんて何かあったのですか」
 横に座りながら問う。ふむと言いながら福沢はおちょこに入った酒を一気に飲み干していた。また新しくそこに注いでいく。
「何もない。ただ飲みたくなって飲んでいるだけだ。お前も飲むか」
 たっぷりと注がれたおちょこは太宰に差し出されていた。差し出されたのを見つめて、太宰は受け取っていた。はいと笑い、お茶子に口を告げる。
 舌に乗る苦めの味。一口飲んで離した。苦いかと福沢が聞くのに頷く。おちょこが太宰の手に渡り、一口を飲んだ。太宰の手に戻てくる。もう一回飲みながら太宰は真っ黒な庭の中を見つめた。うっすらとだけ分かるもののほとんど何も見えない。
 つければいいものの明かりをつけていないのは夜目が利くからだろう。太宰がもう一口を飲むのを見ながら福沢は横に置いてある酒瓶のいくつかを手にしていた。福沢が酒瓶を持ち上げる仕草を太宰が横眼で見る。ふっと上を見上げると銀の輝きをこぼす月が登っていた。
 その光にラベルを敷かして、福沢は次に何を飲むのかを決めていた。選んだ一つを脇に置いている。おちょこの中には月が浮かんでいた。月を飲みながら太宰の目は福沢を見ている。
「久しぶりですね。こうして貴方と酒を飲むのは」
 太宰の手から福沢の手におちょこが笑る。それと共に言葉もわたるのに福沢はわずかに小首を傾けていた。そうだっただろうか。
 呟きながら飲んだ後にそう言えばそうだったなと頷いていく。
 太宰の目は月を見ていた。
「私、別に月が欲しいわけではなかったんですよ」
 もう一口飲むのに隣の太宰からはそんな声が聞こえてくる。んと福沢の目元がわずかに寄った。何の話だと思い見つめるのに太宰の目は月を見たまま。その姿がぶわりとぼやけて白い着物を着た太宰がいた。
 白い盃の中。映る月を一人見いている。かと思えば上を見上げて笑っていた。
「ただ似ていただけで」
 寂しそうな笑み。
手を伸ばし、そこで福沢ははっと我に返った。上を見上げて笑っている太宰の言った言葉が現実のものなのか、空想のものなのかすら区別がつかなかった。
 見つめるのに福沢の視線に気づいた太宰が見て、口を閉ざし笑う。何かを取るかのように伸ばしていた手がそっとその頬に触れた。
 社長と太宰が福沢を呼んだ。
 答えす撫でていくのに太宰の瞳が閉ざされてほうと息を吐き出していく。
「似ているんです」
 だからほしくなってしまったのです。太宰の声が静かに耳に届いた。




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