「起きたか」
「ええ」
「……おはよう」
「おはようございます」
 二人の間の会話はぷつりと途絶えた布団の上に横たわったままの太宰はじいと壁を見ている。福沢の方がちらりとも見ようとしないのに福沢はそんな太宰をじっと見下ろしていた。ゆっくりと手を伸ばして蓬髪を撫でる。
 大丈夫かと問いかけてくる福沢の声。太宰は大丈夫ですよとすぐ笑うように答えていた。
「最初からそれほどしんどくもありませんでしたしね。毒の耐性大体持っているんですよね」
 くすくすと声をこぼすのに合わせて揺れる。だけどまったく楽しそうでないのを福沢は見る。変わらず太宰の目は壁を見ていて目が合うことはない。
 それでも今日と明日は休めと福沢が告げるのに太宰の口がへの字に歪んで固まる。少ししてから布団の中にもぐりこんでいくのに福沢の手はその頭を追いかけてゆっくりと撫でていく。
 じいと太宰を見下ろしてからその口は開いた。
「あれから私なりに考えてみた。
 呪いとは何か。この思いは間違っているのか。今までまともに考えてこなかったけれど、時間をかけ考えてみた」
 撫でながら話していく声。太宰が息を飲む気配を感じながら、話の続きを紡いでいく。
「確かにそうなのかもしれぬな」
「え」
「一目見てお前を好ましいと思った。お前を私のものにしたいとだけどどうしてそう思ったのか、その説明はできなかった。何故なのか私自身が分からず困惑していた。昔から色恋沙汰には興味がなく、異性にも同性にも心惹かれることはなかったから。
 だからなぜこんなにただ一人を求めるのかと……。
 抱いた思いを否定していたこともある。こんなものは間違いであるとそれでも捨てられなかった。呪いのようだと思ったこともあった。
 でもこうしてお前と時間を少し手見て私の思いは間違いではなかったと言えるようにもなった。お前の声が、些細な変化が好きだ。私を見つめてくる目が好きだ。
お前が好きだ。
 他人のもののようにも思えていた思いが今は私の中で大きな形になっている。
 お前のことを愛おしく思う」
「社長」
「やはり恥ずかしいな」
 真っ赤になった福沢の顔。そっと笑っては顔を隠すのを太宰の目は追いかけてしまった。銀の髪の隙間から赤くなった耳がのぞく。
「だけどこういうことは言葉に遷都伝わらぬからな。
 私はお前に私の思いを知ってほしい。
 確かに呪いであったのかもしれない。それでも好きなのだ」
「貴殿が好きだ。始まりは呪いだったとしても今のこの思いは確かなものだ。
 それでは駄目か。
 私は貴殿が好きなのだ」
 福沢の手が太宰を撫でていく。見つめてくる目は熱く重い。見上げていた太宰の口元が揺れてそれから少しずつ歪んでいた。ゆるりと横に動く首。分からないとその口が囁く。
「分からない。呪いは嫌。だけど、だけど貴方が好き。私も貴方が好きなんです。」
 泣き出しそうな声は弱弱しく響く。太宰に手を伸ばしながら福沢はならばと言った。銀灰の目は熱く潤み今にも雫をこぼしそうだった。
「私と恋人になってくれ」
 福沢の声が聞こえたのに蓬髪がわずかに動いていく。


ゆっくりと目を開けた時、見えたものはいつもの天井ではなく綺麗な横顔であった。美しい顔が間近に見えるのに少し驚いた後、福沢はそうだったと昨日のことを思い出していた。
 一日二人で過ごして、それから夜、ここにいてくださいと太宰がそう福沢に願ってきたのだ。
 願われるままに太宰の隣に横になり眠りについた。
 そんなことを思い出しながら福沢は目の前で眠っている太宰に手を伸ばしていた。
 穏やかな寝顔。
 触れては離れてを繰り返す。見つめるのにあふれる喜びと愛おした。
 自然と口元に笑みが浮かぶ。ぎゅっと抱きしめるのに目の前がぼやけていく。そんな嫌な感触に襲われた。
 腕の中に太宰がいる。
 それは変わらない。だが太宰の服がまた少し変化していた。着物のようになっていて、ゆっくりと微笑んでいく。
 どうしました。
 声が聞こえて我に返った。太宰が福沢を見つめて首をかしげている。何でもないと答えた。


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