「男の居場所が分かった」
 国木田がそう言った時、空気がざわめくのが目に見えて感じられていた。それも無理もないだろう調査を開始した日から何も進展しないまま、一ヶ月近く経っているのだ。誰もが苛立ち情報を待ちわびていた。
「何処なんですか」
「山だ。まるまるにある山なんだがそこに頻繁に出入りする男の姿が確認されている」
 敦は素早く問う。国木田が答えるのも早かった。ごくりと息を飲む周り。血走った視線が向けられていた。言葉にその目が少し丸くなった。
「なんでそんな山に」
「数年前はその山、扇一族と云う一族が暮らしていたらしいが今は誰もいない山らしいからな、隠れるのにうってこいなのかも」
「ふーーん」
 問われるのに答える国木田。話を聞いていた乱歩が面白くなさそうに鼻をならした。全員の視線が今度はそこに集まる。頬杖をつく乱歩の顔は何処と無く不機嫌そうである。中原がそんな乱歩に問いかける。
「どうなんだよ。名探偵」
「罠だねこれは」
 簡潔な答え。周りが目を丸くするのにぺらぺらと太宰はこれまでの資料を捲っていた。その口から出ていくため息。
「わざと目撃させて僕らをこの山に誘っている」
「え、それじゃあ」
「行くしかないね」
「へっ?」
 行かないほうがと言おうとした声を遮ったのは太宰だ。乱歩と同じように頬杖をついていた。資料を見つめる目は暗く、次は舌打ちが落ちていく。視線が集まるのを感じながら太宰は大袈裟な仕草で資料を閉じ肩を竦めた。
「現状それしか手懸かりがない。被害も増えていっているし残念ながら私達に選ぶ権利はないのだよ」
「そんな……」
 息を飲む周り。はぁと太宰が再びため息をつくのに乱歩もため息をついていた。二人が嫌そうな顔をしているのに国木田が提案をする。
「誰かまずは偵察にいかせるべきでは。谷崎など」
「いや、止めた方がいい」
 それはすぐに乱歩に首を振られていた。何故ですかと谷崎が問いかけていた。僕いきますよと言うのに駄目だよと乱歩は止める。
「相手は此方の異能を把握しているみたいだからね。偵察にいっても捕まるだけなんだ」
「悔しいものだね。罠と分かっていても飛び込むしかないと云うのは。取れる手もほぼないに等しい」
 そんなと肩を落とす社員達。上を見上げた太宰が声を出しては肩を落とす。何時も通りに見えるものの何処か苛ついているようにも見えた。ぎゅっと口元を引き結ぶのに乱歩の口からは何度目かのため息がでていく。
「もう少し相手のことが分かればいいんだけどね」
「何も分かりませんか」
「分からないね。ここまでくると異能と言うより僕が全く知らない未知の世界があるんじゃないかって云う考えになってくる」
 太宰が問うのに乱歩はばっさりと答えていた。悔しげではあるもののここ数日ずっとのことで前よりは苛立ちは減っていた。周りの驚愕は変わることがなく、乱歩が分からないと言ったのにそんなことあるのかとその目を大きくして見てくる。その目とは関係なく乱歩はあることを口にしていた。
 不思議そうに賢治が首を傾ける
「未知の世界ですか」
「そう。僕らの目には見えない、僕らが知らない未知の世界」
 ぴくりと小さく跳ねたのは太宰の肩だったがそれは誰かの目に止まることはなかった。その前にはっと鼻で笑う声の方が大きく聞こえていた。視線が集まる先にいるのは中原だ。彼の顔は苛立ちを露にしながら乱歩を見ている。
「そんなものがあって襲ってきてるってかふざけてんのか」
「分かってるよ。でもそれぐらい何も読めないんだ」
 むぅと乱歩が口を尖らせて中原を睨んだ。一色触発のような雰囲気に周りははらはらとしているが太宰だけは違っていた。二人ではなく別のところを見ながら歯を噛み締めている。まさかとでていく小さな声。太宰の首はすぐに横に振られていた。そんなはずはないと声を呟く。それは誰にも聞こえないレベルの声で、呟いた太宰はすぐに周りとそして二人を見ていた。
 なにか起こりそうではあるものの、起こることなく息を吐き出した中原が問いかけているだけ。
「で、どうするんだよ。乗り込むのか」
「そうだね。そうなるね」
「では僕が」
 乱歩がこくりと頷いたのに、すぐさま芥川が声をあげていた。敵を切り刻んで見せると意気込みを見せているのに太宰が肩を竦めた声を出す。
「芥川君はどうかな。敵の懐に飛び込むんだ。命令をよく聞く駒じゃないといれられないよ。乱歩さんはもしものためにも後方で待機してもらわないとならないから、現地で作戦を出すのは私になるけど場合によっては国木田君や社長、中也に出してもらうことにもなるからね。
 君に私以外の命令が聞けるか甚だ不安だ」
 芥川の口元が歪む。できますと口にするものの目元には深い皺ができていた。マフィアである中原は兎も角、他の二人の指示に従うのは不服なのだろう。それが透けて見えるのに太宰は息を吐き出す。横目で見ながらでもと乱歩は言った。
「彼すばしっこいしいれてはおきたいよね。敦と二人先遣隊としてさ」
「そうですね……。あまりやりたいてではありませんが後方の陣も山の近くに待機してもらうのが良さそうですね」
「そうだね。怪我人がどれだけでるか分からないし少なくとも与謝野さんはその位置になるね」
「後後方に誰を残すか」
 げっと二人の会話にでてきた敦が声をあげた。まさかこいつと動くことになるのかと嫌そうな顔で芥川をみるのに、芥川も敦をそんな顔で見ていた。私もいくと芥川を睨みながら鏡花が敦の前にでていた。三人を横目に会話していた太宰が安心したまえ、今回は恐らく別チームになるからと告げる。
 ほうと安堵した息が三人からでていく。はらはらと見ていた周りからも同じような吐息がでていた。太宰と乱歩は難しい顔をしてい?
「敵の情報が分からないとどうしていいか分かんないね」
「そうですね。私もこれで作戦たてるのは始めてで……」
 はぁとまた二人からでていくため息。誰か甘いものと乱歩が求めた。何処と無くだが剣呑とした雰囲気もあるのに国木田が声をかける。
「もう少し情報が集まるのを待つか」
「……今まで集まらなかったのに?」
「う」
 すぐさまに切り捨てられて喉の奥からは奇妙な声がでていく。乱歩がつまらなさそうに上を見上げては彼にしては固い声を出した。
「それに多分悠長なことをいっている暇はないよ」
「え?」
 その声に敦や賢治が首を傾ける。どうしてですかと問うのに答えたのは太宰だった。表情豊かな顔から色が消え去り、能面のようになっている。
「いままで何もなかったのに急にそんな情報を出してきたんだ。何かしらの準備が整ったと云うことだろう」
「準備」
「そして、整って私達を呼び寄せると云うことは何がなんでも来てほしい筈なのだよ。もし私達がここでこの誘いをスルーすれば今度は絶対に誘いを断れない方向に持っていくはず。
 即ち人質を使ってくるはずだ。ポートマフィアの人間であればまあ関係ないから大丈夫だが」
 その顔と固い声で太宰は話す。ごくりと全員が息を飲み込む。本当やだよねと乱歩は息を吐き出していた。ああーと声をあげる間にも話されている内容。途中のものにふざけんなよと中原が殺気だった。
 気にすることなく太宰は話を続ける。
「探偵社の人間を人質にとられるような事は避けたいからね。
 行くしかない」
 分かったねと言うのに、不安を感じながらも全員頷いていた。



「社長、ちょっとここに残って」
「乱歩」
「乱歩さん」
 呼び止められたのに張本人の福沢だけでなく太宰も足を止め首を傾けた。その手がぎゅっと福沢の腕をつかんでいる。話があるからと言われるのに分かったと返す福沢。他のものがその様子を見不安そうにしながらも会議室から出ていくのに太宰は腕を掴んだまま福沢と共に残ろうとしていた。
「悪いけど太宰は部屋を出てくれる」
「え?」
「社長とだけ話したいからさ」
「乱歩さんがそう言われるのでしたら、でも……」
 思わずちらりと太宰は福沢を見上げる。むうと眉間に皺が寄っているのに福沢の手がその皺をもみほぐすように触れた。
「話終えたらすぐに行くからお前は中原たちと計画を積めていてくれ」
「分かりました」
 もみもみと揉みほぐされながら言われるのに嫌とは言えない。素直に頷いて太宰は会議室の外に出ていく。中には乱歩と福沢の二人だけとなった。で、と乱歩に福沢がとう。用とは何だと聞くのにはぁと乱歩からは深いため息。
「社長さあんまり僕の前で彼奴を甘やかさないでくれる。腹が立つんだけど。いや、まあ、今回は仕方ないから許すけどさ」
 むっと眉が寄る。まさかそれが話かと言おうとしたのにそんなはずないでしょ。本題はこれからだよと乱歩に先に言われてしまった。
「ポートマフィアの二人とできる限り一緒にいるようにして、そんで目を離さないで。
 ああ、ポートマフィアがなにか企んでることはないから安心して。目的は僕らと同じだ。そうじゃなくて恐らく敵の狙いの一つはあの二人だ。ポートマフィアの武器庫とかを襲ったのは二人を誘い出すため。だから二人には敵から何かしらのアプローチかあると思うから気を付けておいて」
 頼まれるのに何かあるのかと視線が鋭くなった福沢。思考を読んで問いかけられる前に乱歩は言葉を重ねる。重ねた言葉にさらに福沢の視線は鋭くなり黙りこんだ。じぃと考え込む。
「そうだとしたら二人を連れていくのは危険ではないか」
「そうなんだけどね、でも二人とも戦闘向きで強いだろ。それにいざというとき躊躇せずに捨てゴマとして使えるからね」
「乱歩」
 二人は置いていこうと口にしようとした福沢はその前に聞こえてきた乱歩の言葉に責めるような声を出した。幾らポートマフィアの人間とはいえそのようなことはできるかと思うのに乱歩が心配しないでと云った。
「勿論そんなつもりはないけどでも探偵社が窮地に陥るようなことがあるなら真っ先にあの二人は切り捨てるってだけのつもりだよ。連れてくのは本当に二人が強いからさ。敵があの二人をどうしたいか分からないけど簡単に捕まるようなやつらじゃないだろう。取り敢えずは大丈夫じゃないかって判断と後は敵の出方を知りたいって無理だと思ったらすぐに太宰があの二人を後衛に下がらせるはずだから。それで大丈夫だよ」
 説明されてもまだ不満はあるもののもうひとつの名前の方に意識は動いててしまう
「太宰が。太宰はこの事を」
「勿論分かってるさ。だからわざわざ四人で行動するって云ったんだから」
「そうか」
 しかし、福沢が考え込むのにそれからと乱歩は話す。その目が僅かに見開いて真剣な様子を見せた。
「ポートマフィアの二人とできる限り一緒にいるようにしてとは言ったけど社長に一番気にしてほしいのはその二人じゃなくて太宰だから」
 ぴくりと眉が跳ねる。何と一層険しい顔つきになった福沢はどう言うことだと低い声を出した。太宰に何かあるのかと問い掛けるのにこくりと乱歩が首を縦に振る。
「最近あいつ様子可笑しいだろ。何かがあるんだ。僕らが追っている男と太宰の間に何かが。だけど太宰もそれが何か分かってない。もしかしたら分かりかけてはいるのかもしれないけど……、でも無理に見ないようにしているようにも思えるんだ。彼奴と男を近付けたらあんまりよくないかも。とは言えこの状況で太宰を外すのは二人を外す以上にリスクは高い。
 だから社長は太宰の事を気にしてみていて。それでもし社長がこれ以上はヤバイって判断したら太宰を一回外させよう。その時は社長も一緒に。社長は太宰の傍からは絶対に離れないようにして。絶対にだよ」
 強い語気。福沢もまた深く強く首を振る。乱歩に言われずとも今回の戦い傍から離れる気は更々なかったが、それ以上によく太宰の様子を見て気にしておこうと言う気になった。


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