結婚なんてものをしても一生誰かと側にいることはできないことを知っていた。きっとみんな私を嫌いになる。そうでなくとも私の前から去っていくだろう。それならば結婚なんて適当で良い。
 残念なことに私が結婚することを、そして、良い人たちとの繋がりができることを望んでいる人たちがいるから結婚は必ずしないといけない。ただ、幸せな結婚生活などと言うものを願う必要はない。相手はそれなりの家柄だったり、もしくはそれなりの地位がある人なら誰でも良い。幸せな結婚生活なんてものは望まなくて良い。
 一度結婚したらそれで終わりだ。身分を気にして結婚したままになっても良いし、離婚されたって良い。いなくなっても良い。繋ぎを作ると言う役目を果たした私は用済みだ。
 その後で私は本当に一緒にいたい人と一緒になるのだ。
 それでいい。
 だから適当に選んだ。納得される身分、家柄を持っているものの資料を適当に集めて、そこからアミダで結婚する相手を決めた。適当な理由を言って見合いの席を設けてそれでなんとか結婚するまでこぎつけ、結婚した。

 ……それがかれこれ二年ほど前の事だっただろうか。

「御馳走様でした。洗い物をしておいて貰えるだろうか。今日は帰りは早いから夕飯は帰ってきてから作ろうと思う。何か食べたいものがあれば連絡してきてくれ」「はい」
「では、行ってくる」
 朝餉を食べ終えてすぐに立ち上がった男を私は呆然と見上げた。そういえばもう二年は経っているのだ。
「行ってらっしゃい」
 座ったまま見送りながら私は嘘だろうと言いたかった。もうこんな生活が二年も経っているなんてありえないだろうと。
 いや、だが、始まりからおかしかったから良いのだろうか? いや、良くないだろう。どう言うことだ。思考がぐるぐると回っている。
 武装探偵社社長、福沢諭吉。
 それが私が結婚した相手だった。民間企業ながらも政府にも顔が利き、軍警には頼りにされている。秘密組織の異能特務課や外国の組織、ギルドとも繋がっていて、敵対しているらしいがポートマフィアにも知り合いがいるらしい。しかも軍のトップといっても過言ではない福地源一郎とは幼馴染みと結婚するには申し分ない相手だった。お見合いをしてそしてすんなりと結婚までこぎ着けたときは良かったと思ったものだ。これだけのものなら納得させられるし、私も一度でようなしになる。ありがたいと結婚して、
 そして、新婚一日目。それまで家事などと言うことを一度もやったことのない私は盛大にやらかした。洗濯物は洗剤をいれずに洗い干すことも知らずにただ臭くしただけ。風呂場掃除は風呂場を泡で一杯にして丸一日使い物にならなくした。料理は指を切って、火を使えば全部焦がし、後一歩で火事を起こすところだった。
 やらかした私に相手は信じられないと見てきて、それからため息をつかれた。そして私にこう言ったのだった。
「できないのであれば初めからできないと言って欲しい。無理してやらせようとは思っていないのだ。今後覚えていて貰えたら良いし、もしできないままでも気にすることはない。取り敢えず明日から暫くはゆっくり教える時間もないから私がやる。貴殿は疲れているだろう。休んでいてくれ」
 怒られるだろうと予想していた私は虚につかれた。何を言ったのだこの人はと私は相手を眺めた。片付けを始める相手を見つめ、それで変な人と思ったのだった。それから相手に教えて貰い洗濯と掃除は覚え私がやるようになった。料理はできないままで今でも相手がしてくれている。その事について相手が何か言ってくることはなく、毎日美味しいご飯を三食自分が仕事などで食べない日でも作ってくれる。それもそういえばおかしい話だ。
 他にも色々やらかしているのだが、相手の態度は変わらないまま。何と言うか優しい態度で接してくれるのだった。
 そんな生活が二年……。
 不意にその事を思い出した私はおかしくはないかと首を傾ける。おかしいだろう。私の計画では興味をなくされ放置されるような日々を送るか、もしくは離婚されて家族に捨てられるか、いなくなるかのどちらかだったのに……。
 まあ、興味がないと言えば、興味はないのだろう。
 二年結婚生活をくらして夫婦の営みと言うのをやったことは一度もない。部屋も別々。ただ共にくらしているだけ。だからかとも思うが、でもやはりおかしいと思う。
 仕事で相手が長くて一週間ぐらい出張に行くときとかもあるのだが、その時でもちゃんとご飯は用意されているのだ。朝昼夜三食出張日数分の日持ちをするおかずを冷蔵庫のなかに詰め込んで出掛けていく。
 それに言った覚えもない誕生日を祝ってくれるし、時折ものを買ってきてくれる。お土産だったり暇を潰せる本や洋服など買ってきてくれるものは様々だ。
 毎朝朝は一緒に食べる。私が寝坊してもそれは変わらぬから今日は遅刻寸前ででていた。夕食は言わずもながら、昼も時間があれば食べに帰ってくる。
 こんな生活面倒だろう。なぜそれを続けているのだ。よほどのお人好しなのか。馬鹿なのか。
 分からない行動に私は興味を抱いてしまった。

 あの人は一体何を考えているのだろう。




 興味を抱いたあの日から私はあの人の事を観察するようになった。
 あの人、福沢諭吉。泣く子も黙る武装探偵社の社長で私の旦那。そして相当な変わり者。
 あの人の朝は早い。最低でも五時には起きて朝食を作り始め、朝の支度を整える。六時半ごろに私を起こしに来て、私の髪をとかし私の洋服の準備をして居間に戻る。それから大体十五分後ぐらいに二人で朝食を取り、終われば探偵社に出社する。
探偵社では書類の処理に会議、依頼人との打ち合わせ、懇意にしている相手との食事会などたくさんの用事があり、その用事の合間を縫って昼は家に帰ってきてともに昼食を食べる。
 夜は大体十八時半ごろに帰ってきてから夕食を作り始め、十九時半ごろにはまた共に食べる。それからお風呂に入り、その後くつろぐこともあれば持ち帰った仕事をやることもあった。どちらかというと持ち帰った仕事の処理に追われることの方が多いだろうか。
 毎日が忙しそうなのに私へ毎日ちゃんと話しかけてくる。
ご飯の味がどうだから始まって、今日は何をして過ごしていた。最近気になることはあるか。欲しいものは。今日はこんな面白い事があったなど、話題は様々。一言から二言は何か話しかけてくるが私がそれに答えたことはあまりなかった。どうでもいいとすべて聞き流していたのだ。
 こないだやっと美味しいと答えた。すると目を見開いいて驚いてからそうかと声を漏らした。目が見開いていたから驚いたことは分かったけど、その後のそうかはどういう気持ちで言ったのかよくわからなかった。目元を細めて声を出す姿は見ようによっては怒っているようにも見えた。
 が。その後ご飯を食べていく姿は別に怒っていなかった。
 それから話しかけられたら何かを返すようにしているけれど、なんと返せばいいのか分からないようなことばかりであった。口ごもり変なことさえ言うけど変な目で見られたようなことはない。怒っているようにも見える顔をするぐらいだった。
 とはいえ怒ってはいないのだろうことはなんとなく最近分かるようになった。ぎゅっと眉を寄せてはいるもののそういうものではなく、では何かと言われてもよく分からないもの。
 何なのだろうかと最近はわざと変なことを言ってみたりするのだが、少し目を見開いて恐らく驚いているような顔をされることの方が多くていまいちよく分からないままだった。
 あんまり気になってしまうので昼間は家事の後、家を抜け出してあの人の仕事の様子を見守ることにした。会社に押し掛けるのはまずいと思うので、その正面と後ろの建物の部屋を一つずつ借りて後ろの建物の部屋で双眼鏡片手に覗いている。そこからはあの人がいる社長室が見えた。
 社長室ではあの人は大体小難しい顔をして書類整理をしている。時々報告書に来た社員と話したり、後は電話に出ていたりしていた。たまに部屋からでて事務室に行くのに、そこからは正面の建物につけた監視カメラで追いかける。事務室には足りない書類やファイルを取りに行ったり、後は休み時間社員と話すために出ていた。
 色んな社員と話していたが、よく話していたのはボッブカットの女性といかにも探偵と言う格好をした男性。それに金髪で眼鏡の男性だった。
 確か名前は与謝野晶子に江戸川乱歩、国木田独歩だった筈だ。一度顔合わせはしたことあるもののどうせ関わることなどないだろうとすぐに忘れてしまった。実際この二年誰とも会ったことがなかった。
 三人と話すあの人は何処となく楽しそうだった。
 仕事は忙しそうではあるものの順調そうで猶更疑問は強まった。別に私を嫁にし続けておく理由などあの人にはなかった。むしろ私が嫁であることの方が面倒も多いだろう。
 私はもう二年、両親に会っていなかったがあの人は毎月お中元やお歳暮を贈り、一回は必ず会いに行っているようだった。
 面倒な理由の一番はそれではないが、それだってきっと面倒だっただろう。 
 あの人への謎は調べれば調べるほど増えていった。
 そして私は聞くことに決めた。だってその方が早いから

「どうして私を捨てないんですか」
 あ、緑だと大きくなった目に思った。瞳は青みがかった銀色だと思っていたが、まん丸く見開かれた眼は青ではなく緑がかった銀色に見えた。どちらにせよ不思議な色である。じいと見つめると福沢さんも私を見てくる。
 見開いた眼でじぃと見つめてくる。目が乾燥しないのだろうかとそんなことが気になった。捨ててほしいのか。やっと口が開いたかと思う低い声が私に聞いてきた。私は首を傾けてから、ゆっくりと横に振った。
「別に振ってほしいわけではないです。ただ、どうしてかと思いまして。その方が何かと面倒がなくてよいでしょう。私の両親のことなど気にしなくてもすみますし、日々の生活だって私の世話をしないで言い分楽になると思いますが。
 朝食や夕食は自分の分を用意するついででいいからまだいいかもしれませんが、昼食などは外で食べた方が早いでしょう。家に毎日他人がいるのも気が張って疲れるでしょうし
 どうして私を捨てないのです」
 福沢さんの目はじっと私を見てくる。私はその目を見つめながらそう言えばと心の中首を傾けた。こんな風に福沢さんの顔を長いこと見るのは初めてのことだったかもしれない。前までは興味自体がなかったし、興味ができてからも覗き見るだけで目を合わせることはなかった。会話はするようになったけど、いつもよそを向いていた。
 福沢さんは少し待ってくれと言って顎に手を置いた。長いこと考え続ける。私はどうしてよいか分からなくなって福沢さんを見る。そんなに悩むことなのだろうか。私からしたら不思議でならないことだが、本人からしてもそうなのか。だとしたら捨てた方が早いだろう。思うことはたくさんあるものの口にするのも手間であった。
「困った」
 暫くしてから福沢さんから声が出ていた。えっと首を傾ける。思わず呟いてしまったという感じの声で福沢さんはぎゅっと眉を寄せて考え込んだままだった。怒っているようにも見えるが、恐らく怒ってはいないだろう。もっと怖いと言う事を正面カメラを見ていて知った。
 福沢さんの口が動いた。
「お前が少しでも納得いく答えを言えたらと考えてみたのだが、特に何も出てこない。確かに面倒だし、捨てるという言い方はどうかと思うが、今までの生活から思うと離婚となっても不思議ではない、むしろそうならない方がおかしいものだろうと思ってしまう。
 だが今のところはお前を捨てるつもりはない。
 結婚した意味すらも殆どないようなものだろうが、それでも私はこれで案外この生活を気に入っている。わざわざ変える必要はない。
 この生活には……お前がいてくれた方がいい」
 ゆっくりと告げられる言葉。低い声で少しずつ言われるのに私は瞬きをしてしまう。途中まではちゃんと分かった。そうだろうなと思って聞いた。慰謝料とかどれぐらい請求されるんだろう。否、この場合さすがに慰謝料はないのか。わたしはなにもしていないだけで、特に悪いことはしていない。否、でも親がいるからな。別にいくらだろうと払うけど、あまり高いと次の生活が厳しくなるから嫌だなぐらいのことを考えていた。
 途中から理解ができなくなった。
 はいなんでと固まった。福沢さんはじっと私を見てきてはその言葉を紡いでいた。口が間抜けに空いている自覚がある。閉じることはできない。何一つ理解できなかった、福沢さんはお前が嫌でなければこれからも頼むと言ってきて、私は理解できないまま頷いていた。



 どういうことだと思う。
 今までの経緯をすべて話して私が問いかけたのは二人の友にだった。織田作之助と坂口安吾。二人とも表立っては口にできないところに所属しているのを聞いてはいないが何となく知っている。
 ちょっとした関係で出会って仲良くなった友。会うのはいつも深夜のバーで。家を抜け出してきていた。はぁと聞こえるため息。何をしているんですか、貴方はと安吾がそう口にする。呆れている様子にだってと言った。
 結婚なんて適当なものでいいと思っていたから。その言葉は飲み込んだ。
「なんで捨ててくれないのだろうね」
「捨ててほしい訳でないのなら、捨てられなくてもいいでしょう」
「そうなのだけど、でも……」
 捨ててくれた方が気は楽だと思った。最近はあの人のことが気になって仕方ない。人のことを気にするのは時間の無駄であまりやりたくなかった。考えるにしても二人の友だけにしたい。だからいっそ捨ててほしかった。
「よくわかりませんが、まあ、捨てられるのは無理だと思いますよ」
「なんで」
「これまで捨ててないのに今更捨てる理由もないでしょう、それに……。まあ、これは言う必要はありませんね」
 酒を飲みながら安吾は言い、途中で言葉を止めた。気になったけれど無理に聞こうとは思わず酒を飲む。織田作はどう思うと隣にいた織田作に聞く。黙って私たちの話を聞いていた織田作は暫く口を閉ざしてから俺も安吾の言う通りだと思うぞと言っていた。
 はぁと私からはまたため息が落ちていく。



じゃあ、帰るねと言って太宰が出ていたバーではぁあと二人からため息が落ちた。二人それぞれお酒を飲み込む。
「太宰君本気で捨てられない理由分からないんですかね」
「……分からないんじゃないのか」
 ぼそりと安吾がグラスを置くのと共に言葉を吐き出した。首を傾けている姿に同じく首を傾けながら答える。あんなに分かりやすいのにと言う二人は店の前から消えた一つの気配にほっとしていた。
「僕らが太宰君に何かをしない限り僕らを襲ってくることはないと分かっているんですが、それにしても恐ろしく感じてしまうんですよね」
 安吾がぼやくように口にする。そうだなと答えて織田作はもう一口酒を飲んでいた。



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