「好きなんだろ?」
 そう当然のように言われた言葉の意味を私はすぐには理解できなかった。この人は何を言っているのだろうと見つめて、数分やっと言葉の意味を理解できて……。だけどそれを私にむけられた理由が分からなかった。何を言っているのですかと震えた声を出してしまった私を相手の方が驚いた顔をしてみていた。
「だから好きなんだろ。社長のことが」


 ほぼ強制的に自覚させられてしまった恋心。それは私らしからぬもので自覚した後、私はどうして良いのか全く分からなかった。告白……しないのかとはきかれたが、そんなことしても社長が私を好きになってくれるような姿は全く思い浮かばなくて。好きになってもらうことは、まあ、しようと思えばできると思う。老若男女問わず、必要であれば魅了させてきた。だから社長も……。
 だけどそうするつもりもあまり起きなくて……。まあ、諦めるのが妥当かな。そうするべきかなとぼんやり考えていたりもしたのだが……。
 これはどうしたら良いのだろうかと私は隣で眠る社長を見つめる。
 ここ数日少しだけ厄介な仕事が立て続けに舞い込み、まともに睡眠時間も取れぬほどに忙しい日が続いていた。それがやっと落ち着いた今日。良ければ家に来ないかと社長から誘われ、せっかくだからとお邪魔したのだった。 
 社長が作ってくれた夕食を頂き、晩酌に付き合う。社長もかなりお疲れの様子だったから飲むのはほんの少しだろうと思っていた。本人もそのつもりだったのに後から後から酒を進めてしまったのは私だった。
 そして、そのお陰と言うか、せいというか、社長は酒を飲みながら眠ってしまった。酔いつぶれた訳ではないとは思う。社長が酔い潰れるような事がないのはよく知っている。社長は私以上のざる……いや、わくであった。一升瓶を十本も消費して酔わない人間を私は社長以外知らない。だから酔ってはいなくてただ単純に眠くなって寝てしまっただけだ。疲れがたまっていたのと多少の酒の影響で眠気を我慢することができなかっただけ。
 こうなることが分かって飲ませていたのだろう私はどうしようと眺める。眺めながら服を脱いでしまう。どうしようなんて思いながら、やることはちゃんと分かっているのだ。 
 諦めるつもりじゃなかったのか。私。自分で自分に問いかけてしまう。
 すっぽんぽんになりながら社長の服も脱がしていく。何をやっているのだろうと思いながら社長もまた裸にした。社長の性器を握りしめる。社長の性器は予想していたものよりずっと大きかった。それをしごきながら自分の指を自分でなめ私の孔のなかにいれる。社長と性行為するつもりはあまり起きないのだが、社長みたいなタイプはこれが一番効くだろう。
 好きになってもらおうと思えば出来るのだから、それをするのが先ではないかと案外まともな部分が言ってくるが、やはりそうしようとは思えなかった。そうやって好きになってもらった所で社長にずっと好きでいてもらえるとは思えないのが原因かもしれない。自信がないというよりは装い続けなくては行けないのが嫌だった。
 それなら無理矢理縛った方がいい。
 そう思って適当に濡らした孔に社長の性器を押し付けるけど、最後の一線を超えてしまう前、どうしてだか躊躇った。ここまでやったんだからと思う。でもいれることが出来ず、何だか眠くなって寝てしまった。
 私も疲れていたのだ。



 そしてその翌日。
 私は私の前で土下座をする社長を前にして困った。銀色の髪と何も着ていない背だけが見える奇妙な光景をみながらどうしたら良いのだろうかと遠い目をしてしまう。 
「すまなかった」
 聞こえてくる声。社長は何にも悪いことをしていない。全て私が悪くてその上未遂だ。なにも謝ることがないのにそれでも謝ってくる。
「責任は取る」
 重い声が告げてくる。私は本当のことを言うことが出来なかった。


「太宰。今日は共に夕食を食べぬか」
 仕事終わり、帰り支度をしていた所、社長に聞かれていた私は頷いていた。はいと答えるとでは少し待っていてくれと言って私は社長室に戻っていく。もう数分したら帰り支度を整えてもどってくるだろう。
 だからそれまでに私も支度を整えなくてはと動かすてを少しだけ早めた。
 頭にばこんと何かが当たる感触。私は特に気にせず支度を続ける。後で与謝野さんが子供じゃないんだから何時までもやっているんじゃないよと乱歩さんを怒っている声がする。乱歩はだってと喚いていて与謝野さんは悔しくないの。社長がこんな奴に取られてさ。何で太宰なんだよ。男だし、良いやつなんてもっと他にたくさんいるだろう。
 喚いているのに私はごめんなさいと心のなかだけで謝る。隣では国木田くんがあぁと頭をかきむしっていた。そんな二人を回りは渇いた笑みを浮かべて見ていることだろう。
 数日前からよく見るようになった光景なので確認するまでもなかった。社長が私と付き合っていることを伝えてから毎日こんな感じだった。支度を終えて私は社長が来るのを待つ。数分で社長は扉を開いた。そこからでてきた社長は行こうかと私に手を伸ばしてくる。私はその手を掴んだ。喚いていた乱歩さんも、発狂していた国木田君も口を閉ざして俯いている。ではとみんなに挨拶して社長がでていくのに私もついていた。
 チラリと後ろを見てごめんねとそんな言葉を呟いていた。


「うまいか」
 社長に聞かれるのに私ははいと頷いていた。
 今日は社長の行きつけだと言う定食屋に来ていた。最近は何時もこういう場所に来ている。店が毎回違うのは気遣いかなにかな。考えながら食べる社長を見る。社長は何時もとかわりなかった。時折私の皿の上に美味しいと思ったものを一つ二つ寄越しながら黙々と食べている。乱歩さゆや与謝野さんと暮らしていたわりにはあまり食事中に話すことはなかった。私はその時の相手に会わせるので今は黙々と食べている。たまに話しかけられるのに答える程度。恋人同士の食事と言うものはもう少し会話があるものなのかもしれないが(少なくとも今まで何度かしてきたふりの恋人ごっこは話が多い方だった)、私たちの関係はこれぐらいが丁度良いだろう。
 私たちは恋人同士だとみんなには言っていたが実際はそうではなく、そうするように振りをして貰っているだけなのだ。
 あの日の朝、責任は取る。何でもすると言ってきた社長はだけどどう責任を取れば良いのか分からずに無言でかたまってしまっていた。まあ、それもそうだ。女ならばとりようはあるだろうが、男。
 男を犯したとしてどう取れば良いと言うのか。司法の場にでるとまで言い出していた。ではと私が恋人の振りをしてくれと持ちかけたのだ。しつこい輩に絡まれて面倒だからと理由をつけていた。これは少し本当。どうでも良いと思っていること以外は事実。
 そう言って恋人の振りをしてもらうことになった。始め社長は酷く驚き言えずにいるだけだろうと思い何度もすまないと謝っては警察に行ってしまいそうだったが、何とか抑えてそれで手を打って貰ったのだ。
 そしてふりをした私たちは形だけは恋人のようなことをしている。一週間に何度か共にご飯に行き、たまに贈り物を貰ったり、そんな感じである。あまり前までとは変わりはないように思う。
 強いて言えば社長の家に行くことはなくなったし、私の前では社長は酒を飲まなくなった。またやらかしてしまわないか不安なのだと社長は言っていた。
 あの日、何もなかったのだけど……。
「太宰。箸が上がっているぞ。もうお腹いっぱいなのか」
 社長に問われて顔を上げた。お腹の方はまだすきがあったがそうですねと口にしていた。社長の眉間に皺ができる。
 あまり食べていないな。社長は少し考えて自分の箸を私の方に向けていた。後少しは食べなさいとあーーんとしてくる。私は食いついていた。
 よい子だと社長が言う。その声を聞きながら私はウーーンと首をひねた。



「それであの」
 きゃあきゃぁと話しかけてくる女の声は殆ど聞かずに私はやはり失敗したかと考えていた。何時も通りで来たら良かったな。ふりなんだし何もちゃんとすることはなかった。今からでも引きかえして着替えてこようか。でもそう言うのすら面倒。考えながら私はにこにこと笑っていたのもやめて、ぼんやりと空を見上げた。誰かの手が触れる感触がしたが気にはしなかった。
 相手はなにも持っていない。触られたところで何かをされることはない。ねぇという甘い声が聞こえてくる。無視していたらそのうち消えるだろう。
 今日はあまり面倒なことに時間をかけたくない気分なので構わないことにした。別の事を考えて時間を潰す。
 そうしていた時だ。
「すまないが、私の連れをあまり困らせないでやってくれないか」
 社長の声が聞こえてきたのは。思考から戻ってきて横を見る。そこに社長はたっている。触ってきていた女の手を掴んで私から離していた。
「これから用事があるので」
 会釈をして歩き出す社長の手は今度は私の手を掴んでいた。あっという間に引き離されていく。話しかけてきていた女は呆然と私たちをみていた。
 それなりに離れた所で福沢の手は離れていく
「突然掴んですまなかったな」
「否、」
「後遅れてすまなかった」
「まだ約束の時間まで五分はありますよ」
 会話が途切れる。何と言えば良いのか分からないのか、社長は私をみてじっと固まっていた。社長が動かないのに私も動かず、動きを待つ。暫くして行こうかと福沢が歩き始めた。私もそれについていく。今日はデートをしようかと言う話だった。
 いつもは仕事帰りに食事をするだけなのだが、こないだ一緒に出掛けないかと誘われたのだ。
 行き場所は横浜にある庭園。
 社長は仕事以外で外に出掛けることはないようなので何処に行くかかなり悩んでいた。
 ショッピングなどしたこともないだろうし、映画館も何が楽しめるのかわからない。カラオケやゲームセンターなどは思い付かなくて、ただ歩き回るのも味がない。そこで選んだのが庭園。
 らしいなと行き先を聞いたときは笑ってしまった。
 かなり悩んでくれたように思ったので、それならばこちらも少しは悩むべきかと今日はいつもの格好はやめて精一杯のお洒落と言う奴をしてきた。興味はないが知識はあるので上手くできた。
 ただ上手くできすぎってしまったようで視線が何時も以上にある上、逆ナンまでされてしまった。何事もほどほどだなと反省しながら私は社長の後ろを歩いた。
 時おり社長が後ろを振り向いてはなにかを話しかけてくる。
 何時もより遅くなっていた足は、何時までも距離が変わらないが、今は元に戻っていた。 
 バスにのって目的の場所にまで向かう。バスはそこそこ混んでいた。目の前の人が席を立つ、社長は私に譲ってくる。断るのもあれかと座りながら私は社長を見上げた。
 つり革を掴んだ手は普段は裾に隠れて見えない範囲がはっきりと見えていた。力が強い割には細いんだよなと思っている手は筋肉の筋がくっきりと見えていた。目的の駅について降りる。
 段差があるのに気を付けろと言って手を差し出してくれた。大丈夫ですよと降り、すぐ目の前にある庭園に向かう。県が管理する施設で入園料が必要なのに社長が払ってくれていた。流石わざわざ県が管理する場所なだけはあり素晴らしい景色だった。
 流れる川と池の中には沢山の鳥達が佇んでいる。
「中々良い景色ですね」
「そうだな」
「一枚とってあげましょうか」
 ゆっくりと歩きながら話す。人はまだらで空気はすんでいた。時折見える人は写真を撮るのに夢中になっていたので、私も携帯を社長に向けていた。
 一度緩く降られる首。だがと振った後になにかを思い付いたように口をあけた。
「お前も共に撮るか」
「はい?」
「一緒にとるのであればと思ってな」
 福沢の手が少し離れた場所にいる二人を指差していた。カップルだろう。携帯を手にして二人でその画面に収まろうとしている。ここが良いかな。こっちの角度の方がと楽しそうだ。
「止めておきましょう。それよりお団子でもどうですか。お茶会などもあるようですよ」
 一瞬だけ驚いてしまった。まさか社長がそんなことを言うなんて。なにか試されているのだろうか。そう思いながら私は緩く首を振った。見かけていたものを指差す。社長はそちらをみてなにかを考えるように顎に手を当てた。
「それも良いな。……だがまだ早いか。もう少しのんびりみて回ろう」
「そうですね」
 何時もより少しだけ遅いペースで社長があるいていく。その少し後にいようとするが、社長は隣が良いのか私にあわせてスピードを落とす。諦めて隣に並ぶ。ちらりと社長が私をみてきた。見つめて微笑む。
 楽しいですよと囁けば困ったように笑った。道を歩いていく。
 庭園の中、人の声が少しと鳥や虫の鳴き声がするだけで、どこも静かだ。のどかというのはこう言うのを指すのだろう。緩やかに流れる川の音が大きく聞こえてくるようなそんな場所だ。
 何もない風景に私はほぅと息をついた。隣を歩く社長を時々みながらただ歩いていく。
「太宰」
 社長の声が静かに私を呼んだ。どうしましたと微笑む。
「傾斜が険しくなっている。気を付けて歩け」
 社長の言葉におやっと私は下を向いた。次の一歩からは階段になっているが、確かに傾斜が厳しくまた階段自体もぼこぼことしており危険であった。
 社長の手が私に差し出された。大丈夫ですよと言うが社長の手はずっと差し出され続ける。仕方なく私はその手を握っていた。社長の手はとても暖かかった。そう感じると言うことは私の手は冷たかったのか。社長の手はぎゅっと握りしめてきた。熱を揉み込むように握りながら社長が私の前を先に降りていく。普段の私の歩調に合わせた早さ。
「そんなに気にしなくとも転けたりしませんよ。と言うか私は女の子でもありませんし、この手だっていらないのですよ。こう言うエスコートは女の子にしてあげるべきです」
「そうか? すまぬな。どうもまだうまく分かっていなくて。どういう風に過ごせば良いのか迷っているのだ。少しだけ付き合ってくれ」
「はぁ」
 福沢の足が最後の一段から離れ、地面を踏んだ。一歩前にでて私が降りるのを待つ。ぎゅっと握りしめてから手は離れていく。まだ暖かい気がする。
「どちらにいく」
「恐らくこちらではないでしょうか」
 二つ道がある。聞かれて私は指を指した。また歩き出す社長の隣に並ぶ。

「もうこれで終わりのようだな」
「そうですね。結構長くいましたね。見て回るだけなんてすぐに終わると思ったんですが」
「そうだな。中々じっくり見入る景色もあったからな」
 ぐらりと外回りと内回りで二週ほどして最初の場所に戻ってきた私達はもう一度入り口からの景色を見ていた。一時間いかずに終わると思っていたが、思っていたよりも時間はかかっていた。二時間は回っただろうか
「結局猫の姿を見つけられませんでしたね。鳴き声は聞こえたんですが」
 そろそろでる頃合いだろうと思いつつも私はそういった。社長の肩が少しだけ動いた。横を見ると社長の眉が下がっている。庭園を回っていると猫の鳴き声が聞こえてきたのだ。でも姿は見つけられず、二人で猫居るんですかね。なんて話した。
 その後から社長の目は分からない程度に何かを探すものになっていたが、見つかることはなかった。
「もう一度回りますか」
 そうしたら見つかるかもしれませんよと社長に聞いた。所長は緩く首を振る。
「否、そろそろでようか。もう昼時だ。小腹もすいてきた」
「ああ、そう言えばそんな時間でしたか」
 社長に言われて上を見上げた。太陽は高く昇っている。ただあまり何かを食べたいというような感じはなかった。いつものことだ。だけど社長が昼にしようと言うのに頷く。庭園のすぐ傍にうまい店があるそうだからそこで昼を食べて、その後は家に帰ってのんびりしようと言っていた。別に疲れてはいなかったがそれはありがたい提案であった。はいと頷いて庭園を出た。
 お店は事前に調べてくれていたのだろう。私が好きなカニ雑炊などもあり、私にしては珍しく昼を食べた。
 社長の家に来てからは穏やかに過ごしている。畳の上に横になってごろごろしている。社長は座って本を読んでいた。特に何もしないで二人でいる時間は時折気まずくも感じたが、何かを言おうと社長を見ると穏やかな眼差しと目が合う。何も言えなくなった。 
 きっと社長はこういう時間が好きなのだろう。
 ゆっくりと時間は過ぎていく。
 デートの最後、夕食も食べ社長の家からでていくのにそう声を掛けられた。咄嗟に声は出ていかなかったけど、首は縦に動いていた。





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