さん


「国木田。まだ犯人は見つからないか」
 問い掛けたのは出社し国木田を見かけて直ぐだった。鬼気迫る顔で聞いてしまうのにまたなにかあったんだなと探偵社の面々は同情する目を向ける。同時に太宰にたいしていい加減にしてあげたらとそんな目を向けるが、だらしない顔をしている太宰には通じなかった。
「申し訳ありません、社長。それがまだ……」
「そうか」
 明らかに気落ちする福沢。顔に皺をさらに刻み込むのに太宰が腕を伸ばして抱き上げた。ぎゅううと抱き締め頬刷りをする。もう諦めたのか福沢の足がバタバタと動くこともなくなっている。
「そんなに焦らなくともいいではありませんか。私はもう少しこの可愛い社長を満喫したいです」
 うふふと笑う太宰。つい福沢はそんな太宰をじっとみてため息をついてしまった。はぁと、小さくでたため息はなにかが今までと違っていた。小さな手が太宰の頬を撫でていく。
 きょとんと癖毛の髪が揺れていく。
「何ですか?」
「何でもない」
 問い掛ける声。緩く福沢は首を振る。何でもない言いながらでていくため息。何故か乱歩まで同じようなものをついていた


 ぎゅうぎゅうと抱き締められるのに福沢はため息をつく。いい加減話さぬかと言ってみるが抱き締めてる太宰が話してくれる筈もない。
「やですよ。うふふ。福沢さん本当可愛いんですから。抱き締めてるだけでも癒されます」
 にこにこふわふわ。普段にないような笑顔を見せる太宰にさらに福沢からため息がでていく。あまり子供扱いするな。無意味だと分かっていてもでていてしまう言葉。返ってくるのは子供扱いはしてませんもんと楽しげな声だった。
 ぎゅうぎゅうとさらに抱き締められる。眉間には深い皺ができていた。
 福沢を抱き締めながら、太宰の指がその皺をつつく。
「もっと可愛らしい顔をしてくださいよ」
「あいにく私は子供の頃からこんな顔だ」
「もう」
 ぷくうと頬を膨らませる太宰だがその顔は実に楽しそうだった。
「可愛がってしまうのは仕方ないじゃありませんか。だって私小さい頃の福沢さんなんて見たことないんですよ。それなのに今幼い福沢さんが見られるなんて、私が知らない頃の福沢さんまで私のものにできたみたいで嬉しいです」
 ぎゅうと、抱き締められ頬を刷り寄せながら言われるのに福沢の目が大きくなった。思わずじっと太宰を見るのにだから多少は許してくださいとぎゅぎゅしてくる。可愛い小さいを連呼されるのにやはり複雑な思いが沸いた。
 唇を尖らせてしまう福沢。ふふと太宰は嬉しそうだ。福沢さんは可愛いなと声をあげる。さらにむうとなるのにあ、そうだと何かを思い付いた太宰。きらきらした目を福沢に向ける
「福沢さんって昔はやんちゃ坊主だったんですよね」
 言われた言葉にぐっと喉の奥に何かがつまった。この姿をしていたら何時かは言われると思っていた言葉だ。
「沢山悪戯したんですよね」
 褪赭の目が覗き込みながら聞いてくる。今さら嘘だとは言えず、福沢は仕方なく頷いた。
「……まあ、そうだな」
 ふわりと上がる口角。何を言われるかは大体予想できていた。
「じゃあ、私にも悪戯してください」
 甘く可愛らしい声、ついでに上目使いになりながら笑顔で言ってくる太宰。言葉は予想通りだった。
「福沢さんがどんな悪戯していたのか興味があるんです。良いでしょ
 何でもして大丈夫ですから」
 福沢が無言になってしまうのに目を閉じて腕を広げる太宰。
 無言になり、無表情になりながら福沢の頭のなかで言葉が渦巻いていた。
 はぁ?何を言っているのだ。こやつは。そんな顔をして何にも分かっていないだろう。私の悪戯など乱歩や与謝野の悪戯すらも可愛らしく思えるものなのだぞ。
 やんちゃ坊主の本気を一ミリたちとも理解していない子供にどうすれば良いのだろうかと考える。その脳裏には田んぼでおたまじゃくしを追いかけ泥だらけになったことや、山を素足で駆け回り家のなかを泥だらけにしたこと、虫を大量に集め落とし穴に放り込んだことなど在りし日の思い出が駆け巡っていた。
 そんな悪戯を太宰にできるかと言えば……そんな筈はない。むしろ良い年をしてそんな悪戯をできる筈もない。頭に血が上っている時以外は。
 はぁとでていくため息。にこにこと笑う太宰。
 目を閉ざしてさあ、さあと無防備な姿を晒してくるのに仕方ないと福沢は動いた。
 抱き締められた体を動かし、背中を少し伸ばす。ちゅっとふれあったのは唇同士。
 はっと太宰の目が見開く。瞬く褪赭を見つめ福沢はふっと笑った。
「悪戯してもよいのだろう」
「こんな悪戯反則です!」
 瞬時に赤くなっていく太宰の頬。己もそうなっていくのを感じながら福沢は太宰の胸のなかに耳を押し付け隠した。なる程。これは案外良いものだとそんな事を思う。もう、もうと太宰が拗ねたように見せる声をあげていた。



 福沢と太宰は同棲している。当然でもないだろうが二人は当たり前のように同じ部屋でね、そして、同じ布団で眠っていた。それは福沢が小さくなってからも同じで太宰が福沢を抱き締めて今日も寝ていた。
 深夜、太宰は目を覚ます。心地よく眠っていたのだが、途中で何か猛烈な違和感を感じて目が覚めてしまった。布団のなかで身動ぎをしながら太宰は首を傾けていた。布団も枕も何時もと変わらない。福沢もとなりにいる。なにも変わったことなどない筈なのに感じる違和感。ただちょっと普段と違う。それだけのものなら気にしないですむのに、違和感と共に感じるものの正体を太宰はもう知っている。それは寂しさと言うものだ。
 ん? と太宰はますます首を傾け福沢を抱き締めた。なにも変わらない筈なのにとぎゅっと抱き締め銀灰の髪に鼻を産める。福沢の匂いが漂ってきた。それでも違和感が消えてなくなることはない。
 目が完全に覚めてこのままでは眠ることができなくなりそうだった。どうしようと福沢の頭に口元を押し付けた。強く抱き締めてしまうのにん、と腕のなかで福沢がみじろぐ。はっとして離そうとしたが遅かった。福沢の手が太宰の腕に触れる。
「どうした、太宰」
 寝起きの声が問い掛けてくる。太宰は何と答えて良いのか分からなかった。感じる違和感。だけどそれをどう言えば良いのか分からない。悩んだ末、何でもないですよとそんな言葉だけがでていく。
「そうか」
 寝起きの福沢の声は何時もより少し高めの声だった。声変わりをしていない少年独特の声。腹に力を込めてない声はずっと穏やかに聞こえる。太宰の腕のなかで福沢が動き出していた。もぞもぞと動いて布団の上の方に移動していく。
 どうしましたか。太宰が問い掛けるのに福沢の腕が太宰の頭を抱き締めていた。ぎゅぅっと抱き締められ、福沢の胸元に太宰の頭が包まれる。
「こうしたらよく眠れるだろう」
 頭を撫でながら福沢が太宰に問う。目を見開いた太宰のもとに聞こえてきた小さな音。目を閉ざせば眠気はすぐそこに訪れていた。
 こくりと頷く。ぽんぽんと撫でる手。
「お休み。太宰」
 柔らかな声が降り注ぐのに太宰は眠りについていた




 今日は朝から太宰の様子が変だった。福沢が幼くなってからは毎日のように可愛いお洋服を着せようとしてきたのにそれがなく、余計な時間を使うことなく探偵社へと出社していた。出社してからも暫くは福沢を抱えて離さないのが直ぐに離して一人別の部屋に。
 みんな、太宰の姿に首を傾けた。どうしたんだと目線で問われるのに福沢は一つため息をついた。漸くかと言う気持ちととはいえと言う思い。
 太宰が消えた扉を見つめていればその扉は勢いよく開けられた。中からでてきた太宰の姿に目を向く。
「だ、太宰さんどうしたんですかその格好」
 敦の驚いた声が聞こえてくるのに、福沢は目を見開き口を開いた状態で固まって反応できなかった。ど、どうしたんだい。頭でもうってついにおかしくなったか。みんなの声がそれぞれ流れていく。くらりと目の前の光景に倒れそうだった。
 扉からでてきた太宰は何故か金髪に青い目になっていた。服が変わってないからこそまだ太宰と分かるが、そこまで変えられていたら恐らく一目では誰か分からなかっただろう。それぐらいには雰囲気をがらりと変えてきている。
 ふふーんと太宰が胸を張り鼻をならした。
「そろそろ本気で犯人を捕まえようかと思ってね」
 え? と誰かの声が上がる。今なんてと呟きが聞こえる。太宰がと太宰の姿みたとき以上に驚きの声。
「どうだい。金髪好きの変態がよってきそうだろう」
「て、まさか」
 くるりと一回転する太宰。止まっていた脳が動いてある結論に何人かが辿り着いた。恐る恐る問い掛ける声に太宰はその唇をにぃとつり上げた。
「そのまさか私が今日は囮をやろう」
 どん! 効果音が聞こえてきそうなほどに胸を張って太宰は声を張り上げる。実際胸を叩く音が強く聞こえていた。
「ええ……」
 なんで、そんな。太宰さんが張り切ってるのみると不安だ。いろんな思いを込めた声があっちこっちから落ちていく。誰かが助けを求めるように福沢を見た。福沢はいまだ固まっていた。凍りつくように動かなくなって、頭だけが必死に何事かを考えている。微かに震えている唇。
 はぁと与謝野がため息をついた。
「こりゃあ、人が死ぬね」
 遠い目の呟き。隣で乱歩がラムネを飲みながらまあ、いいんじゃないと呑気に呟いた。
「そろそろ社長に戻って貰わないと困るしね。
 犯人には犠牲になって貰おう」
 最後の台詞は高らかに。
 はいと太宰が明るく答え、は、はい? と戸惑いながら他のものが答える。いや、待てと福沢が声をあげるもののそれは無視され、では私早速囮してきますねと太宰が探偵社を飛び出していた。待ってと言って追いかけるものの、太宰が止められないことは福沢が一番よく分かっていた。


「じゃあ、ここからはみんな離れてくれるかい」
 何とか太宰に追い付いた福沢。そして二人に追い付いた敦と鏡花。三人で護衛をしますというのに太宰は渋々頷いた。頷いたが次の瞬間には先ほどの言葉を口にしていた。咄嗟に福沢は太宰の服の裾を掴む。
「え、でも」
 敦たちがそれでは駄目ですよと戸惑った声をあげた。護衛なんですからと言うのにだからだろうと太宰は言う。
「護衛なんていたら犯人がでてこないだろう。ただでさえ、一度失敗してるんだ。一人の方が捕まえられる。君たちは遠くから離れて護衛しててくれ」
「なる程。……」
 確かに太宰の言う通りなのか。頷く敦と鏡花。だがと二人の目は福沢を見た。握りしめた服の裾は既にぐちゃぐちゃに皺になっている。暫く痕が残りそうなほど握りしめているところを見るに、福沢は太宰から離れる気がなさそうであった。
 ぎろりと睨みあげる福沢ににっこりと見下ろす太宰。
「社長も駄目ですよ」
 太宰が福沢の小さくて暖かな手を握り離すようにと促す。さらに強く掴まれたが許していないと言ってこない時点で太宰の勝ちは決まっていた。それでも何か手はと考えた福沢は目尻を下に落とし、ぎゅっと唇を噛み締める。ほぼ睨んでいるようにしか見えなかった。ふふと太宰が嬉しげに笑い福沢の目尻に振れる。
「そんな顔をしてもメッです。犯人が貴方の顔を覚えていたら意味がありませんからね」
「チッ」
 忌々しげに落ちる舌打ち。福沢の手が離れていく。皺の残った部分に太宰の指が触れた。
「何かあればすぐ呼べ」
「分かっていますよ。ちゃんと私を助けてくださいね」
 ほっと胸を撫で下ろした敦と鏡花。三人はこそりと太宰の後ろをついていく。でもこの作戦で捕まえることができるのだろうかと、敦は不安に思ったがそれは杞憂に終わった。
 調査をはじめて一時間ほど経った頃男が現れたのだ。
 最初に気付いたのは敦だった。よく見える虎の目が写真で見た男の顔を見つけた。あれってと声をあげれば間違いないあの男だと即座に福沢の声。別のところを見てた筈なのにと驚くまえに、傍から漂ってきた殺気の方に驚いてしまう。
 これ、犯人危ないんじゃ。ちょ、太宰さんに近づかないでください。死にますよと思わず敦は男の心配をしてしまった。
 男はまだ太宰に気付いている様子はないが、太宰は既に気付いてるようだった。それとない動きで男に近付いていく。数メートル離れた位置に太宰が陣取るのに、その頃には男も太宰に気付き値踏みするような目で見ていた。敦の隣からの殺気がどんどん強くなっていく。なんなら一つだったのがもう一つ増えていた。
 駄目、駄目! 犯人逃げてと敦が思うが虚しく男は徐々に太宰に近付いていく。じゃりりと地面を踏みしめる音が三つぶん聞こえていた。
 三人が見ている先で男が太宰に手を伸ばす。
 だっと真っ先に駆け出す小さな体。一瞬遅れて駆け出した二人を置いてけぼりにし太宰のもとまで一目散にかけていた。
 太宰の目の前で男が目を見開いていた。何でとパニックになる男の声。触れている手を逆に太宰が掴む。
「捕まえた」
 男にこの言葉が果たして聞こえていただろうか。
 男の背中に強い衝撃が走る。ぱっと手を離した太宰。ひらりと横に避けるのに男の体が通り抜けていく。見えたのははだけた着物から覗く細い足だ。
 男が地面のうえを滑るように転がっていく。男の直ぐ傍に福沢が着地した。
 遠くで立ち止まる敦と鏡花。
「ドロップキック……」
「凄い威力」
 呆然と敦からでていく声。鏡花の目がきらきらと輝いていた。
「てめぇ、ぎぁあああ」
 地面に倒れ付した男が何かを叫ぼうとした。その中心を福沢の足が力強く踏み潰す。ひゅーと太宰から口笛がでた。
「さて俺をもとに戻して貰おうか」
 それはもう低い声が聞こえてくるのに遠くにいる敦の背は震えた。突然の事態に目を白黒させていた周りの一般人たちに至っては凍りついている。にこやかに笑っているのは太宰ぐらいだ。
「社長少しやりすぎでは。もう気絶してますよ?」
「ちっ。軟弱な」
 社長だけは絶対怒らせない。頭に強く刻む敦と鏡花であった。


「んーー、美味しい。福沢さん凄く美味しいです」
 太宰の声が福沢家の食卓に響く。福沢がこれでもかと作った料理を前に太宰は上機嫌だった。あれもこれもと口をつけていくのにこれまた上機嫌な福沢が頷いていく。
 福沢さんのご飯大好きです。これからもずっと私に作ってくださいね
 にこっと笑った太宰がそんなことを口にする。それに福沢は口元を弛める。くすくすと笑った太宰が横にいる福沢の肩に寄りかかった。
「小さい福沢さんも可愛かったですが、福沢さんはもとの福沢さんが一番良いですね」
「当然だ」
 間髪なく頷かれ太宰は声をあげた。
「やっぱり福沢さんはとても可愛いです!」

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