翌日の福沢家は朝から騒がしかった。理由は太宰にある。太宰はいつの間にやら用意したのか沢山の子供服を福沢に着せ替えようとしたのだ。
「着てくださいよ。福沢さん」
「嫌だ。いくらお前のたのみだろうとそれは聞かぬ」
 むうと唇を尖らせる太宰が手にしているのは猫耳のついたパーカーだ。床に広がるその他の服も可愛らしいものが多かった。
「太宰。よく考えろ。私がそんなものをきて似合うと本気で思うか」
「可愛いに決まってますけど??」
 眉間に皺を作り嫌悪の眼差しを服に向けながら福沢は問い掛けた。絶対に似合うわけがないと思って。それなのに返ってきたのは何を馬鹿なことをと言わんばかりの返事で愕然とした。そんなわけないだろうと思うのに太宰は輝く瞳を向ける
「福沢さん!」
「い、や、だ」
 この攻防が30分は続いた。勝ったのは福沢だった。


 鰒のように頬を膨らませた太宰と疲れた顔をした福沢が探偵社にやってきた時、大抵のものは何だと首を傾けた。推理した乱歩と、朝から福沢の家に福沢には内緒で訪れていた与謝野だけがチッと舌打ちをする。
 なにかを悟った福沢が怒りのこもった眼差しを与謝野に向けた。何のことやらとわざとらしく首を傾ける与謝野。はぁとため息をついた福沢は社内を見回した。まだ仕事が始まる前。社員はもう全員揃っていた。丁度よいかと福沢がぼそりと呟く。その目がぎろりと国木田を見た。
「国木田。少し時間はあるか」
「はい? ありますけど」
 睨まれた国木田は何だ、何かしたかと戸惑いながら福沢の問いに答えた。何かしてしまったんだと考えるが特に心当たりはない。それもその筈だろう。国木田は別になにもしてないのだから。
 じっと福沢が国木田を見つめる。やはりやめた方がよいのではとこれからすることに思うが、色々怒りがたまっている今止められそうになかった。
「社長?」
 見つめられるのにおずおずと国木田が福沢を呼ぶ。怒らせたとしたら何を。どう謝れば良いと頭は必死に考えていた。うわぁという目で乱歩が見ている。
「少し付き合ってくれ」
「分かりました」
 固い声が聞くのに一も二もなく国木田は頷く。福沢は社内にいる全員を見渡した。見回しそして太宰を見つめる。その目は睨んでいるわけではないが、ギラギラと燃えていた。何したんだと全員が太宰を見る。とうの太宰は社長は可愛いなと頬を緩めている。
「みんなも、良ければきてくれ」
 はいと、国木田と同じように全員頷いていた。社長が歩きだすのに全員がついていく。
「どうしたんでしょうかね」
「さあ?」
 前を行く福沢にみんなが首を傾ける。分かりますかと太宰に問い掛けようとした敦は眉間にものすごい皺を作った。太宰からはぽわぽわと謎のオーラが噴き出していた。
「太宰さん、どうかしたんですか?」
 つい、聞いてしまうのは何故なのか。好奇心は猫をも殺すということわざ二人を見ていた周りの者たちの頭に浮かんだ。んーー、といつになく相貌を崩した太宰が福沢をみている。みんなの前を行く福沢。その足は他の者たちより少し早く動いていた。
「社長の後ろ姿見てると抱っこしたくなるなって思ってね。何時もより早足であるいてるの可愛いよね」
「……はぁ」
 どろりととろけた台詞。周りがあきれるのにぶふっと前方より吹き出した笑い声が聞こえる。がしりと乱歩の膝に小さな足が蹴りをいれていた。

 福沢にいわれみんなが集まったのは探偵社の社員が時おり使う道場であった。
「道場ってことは手合わせをするつもりかね」
「そうかもですね」
 何でここに疑問に思い首を傾けるのにちらりと太宰を見た福沢。国木田を見てから大きなため息をついた。
「国木田。すまぬ」
 いきなり謝られて国木田は驚く。えっと間抜けな声が口からでていた。何故謝られる。俺が何かしたわけではなかったのか。
「私と一度手合わせを頼む」
「それは、良いですけど……」
 もんもんと考え込むのに聞こえてきた言葉。んんと首を傾けた。すまぬとは何のことだ。これのことか?? だが、手合わせをするのに何故謝らねばならぬ。理解できずに国木田は眉間に皺を寄せた。その横で福沢が手合わせの合図を求め与謝野が引き受けているところだった。はいはいと手をあげた太宰はスルーされている。
 道場の中央に二人が立つ。一本勝負で良いな。問われるのに国木田ははいと頷く。いまだに何故こうなったのかは理解していなかった。自分の腰辺りの位置にある頭を見下ろしながらそう言えばこれは本気をだすべき手合わせなのだろうかと考える。師でもある福沢と手合わせをしたことはいくらかある。本気をだしたところで叶ったことなどないがさすがにこんな幼い師に負けるとは思わなかった。
 だが幼い師に勝つのもどうなのかなと葛藤が襲う。
 だがそんなことは無意味であったことをすぐに知ることになる
「始め!」
 与謝野の合図が聞こえた瞬間、目の前から福沢の姿が消えていた。なっと見開く目、咄嗟に体勢を低くするがまたに遅かった。ふわっと国木田の目と鼻の先福沢の姿。腹に重めの一撃がはいる。捕まれた手。気付けば国木田の背は床についていた。
 呆然と見ていた社員たちの口が開いている。
「見えたかい……」
「いや、殆ど見えませんでした」
「かろうじて、見えた……でも何が起きたか正確には」
「流石というかなんというか……」
 はぁと落ちていく呟きたち。感心するように幾度も首が振られる。ふぅと福沢から小さな吐息がでていくものの汗一つ掻いていなかった。
「すまなかった。国木田。痛くはなかったか」
 立てるかと差し出した小さな手。それをつかみ立ち上がった国木田の瞳は輝いていた。やはり自分の師匠は凄かった。この人に一生ついていこうと言う思いを込めて福沢を見つめる。
「大丈夫です! 流石師匠!何が起きたかすぐには分かりませんでした」
 きらきらと輝く瞳が福沢を見つめる。他のみんなの目も凄いと福沢を見ており、福沢は一つ大きく頷いた。
「私は戦えるので子供扱いはしないように」
 珍しく声を張り上げ告げる言葉。一瞬丸くなった瞳、ああと幾つか声が漏れた。なる程と誰かが呟く。つい見た目に釣られてやり過ぎてしまっただろうか。素直な後輩たちは普通に落ち込んだ。国木田も反省しすみませんでしたと福沢に向けて謝る。暫くしてみんなの視線が向くのは太宰だった。
 一番福沢を子供扱いし、そして一番福沢が子供扱いされたくなかったであろう人物。
 その太宰はぽけんと口を開いて頬を赤く染めていた。
 それはどういう反応なのだ。社長の言葉聞いてなかっただろう。
 一斉に頭に浮かぶ疑問。ぐっと福沢は太宰を睨み付ける。私を子供扱いするな。低い声が再び告げるが太宰が聞いてる様子はなかった。太宰の目は福沢を捉えているがふわふわと自分の世界に飛んでいる。ふわふわとお花が見えるようだった。
 その太宰が福沢に向けて笑みを向ける。
「福沢さん格好良い! やっぱり福沢さんは小さくなっても福沢さんですよね。凄く格好よかったです。福沢さん好き。可愛くて格好良いなんて今の福沢さんは最高ですね! あーもう、可愛い!」
 愛らしく可愛らしい探偵社の者が見たこともないような満面の笑みで抱きつく太宰。ぎゅうと福沢を腕の中に閉じ込めるのにあーーとなんともいえない声が落ちていく。福沢の顔が満足したものから愕然としたものへと変わっていた。



 会社の社長と言うものはやらねばならぬ仕事がたくさんある。取引先との会合だったり、書類の確認、 仕事内容は多岐に渡り忙しいのが常だ。幼くなっているとはいえ、それは変わらず朝の一幕が終わってから福沢は仕事に追われていた。
 一枚の書類を処理済みの束の中において福沢は深いため息をついた。目の前がわずかに霞んでいる。これは……。嫌な予感ではもはやないが、嫌な予感がした。はぁとため息のように吐息をつく。目頭を抑えるように揉み込んだ。
 傍にいた相手を騙そうとしての行為だったが、創立して以来秘書として働いてくれている相手はそう簡単に騙されてくれなかった。
「社長どうかしましたか?」
「……なんでもない」
 春野に声をかけられ福沢は首を横に振った。未処理の書類を自分の手元に取り寄せながら書かれている文字を読み込んでいく。途中文字が二重に見えて読めなくなるのに強く目蓋を閉じる。頭がやけに重い気がした。
「……もしかして」
握りしめていたペンがかすかに動いた。福沢の顔を覗き込むように春野が見てくる。
「お疲れ、でしょうか」
「いや、そんなことは……」
 問い掛けられ咄嗟に否定の言葉がでていくが、明らかに福沢の幼い顔には疲れの色が見えていた。すみませんと春野が謝ってくる。
「精神はそのままとはいえ身体は小さくなっているんですから普段のままの仕事量は大変でしたよね。すぐに休憩してください。こちらで急ぎのものだけ纏めておきますね。それだけ後でやってくだされば」
 言葉の間にも福沢の机から書類がきれいに消えていく。慌てて手を伸ばすが反応が遅れ、福沢には届かないところまで行ってしまった。春野が持つ書類の束を見上げた。
「いや、そんなことはな」
 大丈夫だと言おうとした声が途切れた。別になにも言われてはない。ただじっと見つめられただけ。少し潤んだ目で心配しているんですと、すぐに分かる目で見つめられただけ。
 されど福沢はそう言う目に弱かった。
「……少し疲れた」
 言えばぱぁあと春野の顔に笑みが浮かぶ。
「はい。お休みください。なにか甘いものとかでも持ってきましょうか。つかれにはちょうど良いですよ」
「では、頼む」
 はいと嬉しそうに答えた春野は書類を持ったまま部屋をでていた。扉がしまったのに口止めをすることを忘れたことを福沢は思い出す。あっと思ったものの彼女ならば言いふらすこともないだろう。安心して背もたれにもたれ掛かる。だらんとした体勢になってしまっていた。目の疲れをとろうと目を閉じようとして。
 できなかった。
 部屋の扉がすぐに開いたためだ。早いと思ったのも一瞬のこと、開けたのが春野ではなく乱歩であることに気付き、福沢は咄嗟にペンを投擲する動作に入っていた。
「社長! 疲れたんだって飴食べる!」
 にこやかな声。何とか途中で動きを止めながら福沢は深い、深いため息をつく。また嫌なのがきた。そうはっきりと分かる顔をして乱歩を見た。
「帰れ」
 低い声がでる。うわぉ、何時にもまして凄い顔と乱歩は楽しそうだ。
「そんなこと言って良いの。太宰にばらしちゃうよ」
「……」
 ねぇ、いいのと無邪気な顔で笑う。本気だとわかって福沢は口を閉ざすしかなかった。勝ったと乱歩が福沢のもとに近づいてくる。
「疲れたんならペンなんて持ってちゃ駄目だよ。はいはい手放そうねーー」
「お前まで俺を子供扱いするつもりか」
 ペンを握りしめている手から乱歩がペンを奪っていく。はぁ、とでていくため息。ぎろりと睨み付けるが乱歩に効くことはない。
「とーぜん。こんなチャンス見逃す筈ないじゃん。機会をずっとうかがってたんだよ。
 あ、チョコレート食べる。疲労回復に良いんだ」
 福沢のペンをポケットにしまいこんだ乱歩は、そこからチョコを取り出していた。包装紙から取り出して福沢の口許に運ぶ。言われなくとも何を求められているのかは分かった。
 あーーんと聞こえてくる声。いらっときた福沢は衝撃のままに腰をあげ動いていた。口を開け、そして勢いよく閉じる
「いたぁあ!!」
 上がる悲鳴にすぐに指から離れながらふんと鼻を鳴らした。指を抑えた乱歩が涙目で睨んでいる。
「ちょ、なにするのさ」
「大袈裟な」
「大袈裟じゃないから僕の指が千切れたらどうしてくれるつもりだったの」
「血もでてないだろうが」
「そうだけど!!」
 もうと乱歩が福沢に叫ぶ。その姿に腹の虫を納めた福沢はほら帰れと乱歩に言っていた。乱歩の頬が膨らんでいく。
「もう僕に八つ当たりしないでよね」
 ぐっと乱歩の言葉に福沢が喉を鳴らす。自覚はあるので言われるのは少しばかし心苦しく感じてしまう。
「どうせするなら社長の幼馴染みの男にしろよ」
「奴にならもうしてる」
 原因はそいつみたいなものだろう。言われるのに速攻で返す。その件については心苦しさもなにもなくむしろ当然だと思っていた。きょとんと乱歩の首が傾いた。
「え?? なにしたの。シャチョウ?」
 ていうかいつの間に。呟かれるのに福沢は答えない。口を閉ざし黙り込むのに、乱歩は懐からメガネを取り出していた。それをかける。
「うわぁ。引く……。社長本当にそんなことしたの。えぇ……」
 心底あきれた声が聞こえる。そっと顔を剃らす福沢。もう帰れと福沢は乱歩を追い出そうとした。
 やれやれと乱歩の首が横に振られ仕方ないなと聞こえてくる。ドアノブに手を掛けた乱歩は、わざとと分かるようなタイミングであっと声をあげた。
「そうだ。社長。ごめんね」
 振り向いて、舌をだす
「彼奴多分今ごろ気付いてるよ」
「は?」
 落ちた声。それをかきけす大きな音で扉が開いた。扉の前にいた乱歩は上手く攻撃を回避している
「社長!」
 きらきらとした甘い声。いつもならばその声が聞こえれば自然と弛んでしまう表情筋が固くこわばった。
「社長、お疲れなんですよね。一緒に休憩いたしましょう。膝枕いたしますよ」
 嫌と言う暇もないくらい一瞬のうちに福沢の体は抱えあげられ、目の前には太宰の顔があった。



 散々な一日を終え、家に帰った後も福沢を待っているのは地獄であった。
「福沢さん、あーーん」
 目の前に差し出される箸。その向こうに見える太宰の顔。幸せを形にしたような笑顔を向けられるのに福沢はいやいや口を開く。こんな状況でなければ目の保養であっただろうにと思うだけ余計辛い。もぐもぐと噛み締める
「……上手いな」
 飲み込み、一つ置いて福沢は呟いた。尖りかける口を抑え上手いともう一度言う。言えば太宰はさらに嬉しそうな顔をした。ふわふわと飛んでいてしまいそうなほど無垢に笑う。複雑な表情を福沢は浮かべるが笑う太宰が気付いたようすはなかった。
「ほんとですか。福沢さんの味とは何か違っていて不安だったんですが良かった」
「私はこちらの味の方が好きだぞ」
「本当ですか!? 嬉しい。
 沢山食べてくださいね。あーーん」
 にこにこにこ。また差し出される箸。汁がほどよく絡みつやりと輝く米。厚い牛肉がその上に乗って良き匂いが食欲を刺激する。
 これさえなければ、何杯でも食べるのだが。思いながら福沢は口を開いた。




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