いち

 きょとんと褪赭の目が丸く見開き瞬きを繰り返す。薄く口の開いたその顔を福沢は睨むように見上げていた。険しい顔。だがその顔から感じることができるのは怒りではない。羞恥の様なもの。その証拠に目元がうっすらと赤く染まっている。
「可愛い……」
 ぼそり。落ちた言葉にその色味が濃くなる。ぐっと握りしめられた手。唇を引き結んで精一杯怖い顔をしようとしていた。それなのに目の前の人物は目にハートを飛ばし嬉しそうに福沢を見ている。その腕が大きく開いていた。
「可愛いです。社長! 小さい幼い可愛い」
 何が起こるかは分かった。それでも動くことが出来ず福沢は腕の中に納められてしまう。そして聞こえてくる太宰の明るい声。愕然とし、目が死んでいく。ああーー、と何とも言えぬ声が幾つも届いた。福沢が太宰から目を離して見渡せば、二人を見ている探偵社のみんなの姿。その殆どのものが福沢を同情するような目で見ている。余計に羞恥が募っていた。上からは可愛い可愛いと何時も以上にテンションの高い太宰の声。抱えあげられた体。足がぷらんぷらんと地面からはなれ揺れている。
 何時もなら絶対あり得ない光景。
「社長ったらどうしてこんなに可愛いんですか。異能をかけられたときいたときは驚きましたし、犯人を殺そうかとも考えてしまいましたが、こんなに可愛いなら大歓迎ですよね!
 社長大好き! 社長のお世話は私がしますね」
 にこにこと笑う太宰を見て福沢からはため息が落ちていく。げらげらと聞こえてくる二人分の笑い声。

 異能と言うものは実に様々なものがある。虎になる異能。空腹の間、怪力になる異能。機能を理解しかつ手帳のサイズ以内であれば作り出せてしまう異能。そしてなかにはそれらの異能をコピーしてしまう異能と言うのも存在するのだった。
「コピーですか?? それで何で社長が小さくなったんですか?」
 きょとんと敦が首をかしげ問い掛ける。確かにと敦と同じような反応をしている者が多かった。緊急で開かれることとなった探偵社の会議。みんな真剣であろうとしている。それなのに何処か気の抜けた感じになってしまうのは真っ正面にいる二人のせいだろう。
 四角く配置された会議室の長机。
 部屋の一番奥モニターの前に座っているのは何時もなら社長一人。今日はその隣に太宰がいた。にこにこと会議で浮かべるべきでない満面の笑みを浮かべて福沢を眺めている。その指がぷにぷにと福沢の頬をつついていた。それを受ける福沢は何時も通りの仏頂面。険しい顔を何とか作っている。
 ただその姿は幼かった。
 どうみても学校に入学してすぐくらいの姿でしかない。
 探偵社の社長である福沢は今現在ある事件に巻き込まれ小さくなってしまっていたのだ。
「猟犬を覚えているか」
 太宰に頬をつつかれながら福沢が声を発する。それはかなり低いものとなっていた。ただでさえ普段から低いのにさらに低くなり聞いただけで体温が下がりそうな程だ。
「え、はい。覚えてますけど」
「そこの副隊長大倉?子殿の異能は、触れた相手の年齢を操作すると言うものだ。犯人は彼女に触れその異能を手にしたと思われる。既に猟犬に確認したところ犯人と思われる人物と彼女が接触したことがあるのが確認されている」
 敦の声が震えてしまった。それならばと福沢が話し出そうとするのを、国木田が先に話す。よくやったと幾つかの目が国木田を誉め、幾つかの目はありがとうございます崇めていた。言葉を奪われた福沢と後太宰だけが国木田をみていない。ぷにりと、机の上を睨み付けている福沢の頬を太宰の指がつねった。柔らかいと幸せそうな声が聞こえる。
「そうなんですね」
「……でもなんでわざわざ年齢操作の異能なんて。確かに凄い異能ですけど目的がよく分からないというか……」
 目に見える光景を排除して後輩たちは真剣な顔を作って見せた。その口許がひきつっている。
「……」
 国木田も目をそらし言葉を続けようとして止まってしまった。非常に苦悩に満ちた顔をする。思わず後輩たちの目は太宰をみた。すぐにそらしたもののふにふにぷにぷにと両手で福沢の頬を挟んで遊んでいる姿が焼き付いてしまった。
「その、相手はどうも幼児愛好家だったらしい」
「はい?」
 どうやって今みたことを忘れよう。
 考えていたところに聞こえてきた言葉にはい? とみんな首を傾けることになる。おかげで今見た光景はまるっと忘れられた。が、前を向いてしまったばかりに社長に腕を捕まれた太宰が今度は小さな手をもみもみしている姿が目にはいってしまう。二つの情報をどう処理していくか悩む。
 見ずに国木田が話を進める。国木田の顔は天井に向けられていた。
「幼い子供に性的な感情を抱く変質者で外つ国では幼児誘拐事件などを起こし多くの罪に問われているそうだ」
 殆どの後輩たちの顔が天井に向く。頭の中の情報を追い出しながら、新たな情報だけを考えようと必死に無になる。
「ええと、じゃあ、年齢操作の異能を手に入れたのって……」
 まさかと思いながら問い掛ける言葉。
「より自分好みな子供を手に入れるためだろう」
「……」
 返ってきたのは予想していた通りの言葉で全員天をあおぐ人になってしまった。ぽかんとあく口。異様な光景だねと呟いたのは太宰。思わず誰のせいだとと言おうとした国木田と敦は慌てて天井を見つめ直した。
「社長はそれに襲われて」
「いや……」
 国木田から重苦しい声が落ちた。何だと思いみんなが太宰を見ないようにして国木田をみる。見えた国木田の頭が震えていた。眉間に皺を寄せ辛そうな顔を見せている。
「襲われたのは俺だ」
 長い間を開けてから国木田がやっと口にした。一瞬、みんなが固まる。
「ええ! 国木田さんが!?」
 信じられないと上がる声。いや、社長も信じられないけどと思いながらもまじまじと全員の視線が国木田に集まる。今ばかりは福沢の手に頬を刷り寄せている太宰の姿も目にはいらない。
「幼児のなかでも金髪が好みのようだ。誘拐されたのもそのようなこが多いという話で……」
「へぇ」
 それは災難だったな……。国木田も可哀想にと同情の目が向けられる。一番向けられるべきだろう相手をみることはできない。
「社長は俺を庇って……。本当にすみませんでした」
 一切福沢を見ないまま国木田の頭が下げられる。見なければと思いながらも見ることは出来ず強く握りしめられた手のひら。それは小刻みに震えていた。
「気にするな国木田。お前が無事でよかった」
「そうだよ。国木田くん。おかげでこんな可愛い社長が見られたんだ結果オーライじゃないか。
 ああ、社長可愛い!」
 国木田にかけられる二つの声。そのうち一つは途中から国木田のことを忘れ福沢に夢中になっていた。がたりと、椅子が動く音が響いた。がたがたと煩く椅子がなる。なんだと見てしまってから自分のバカと後輩たちは己を呪うことになる。そこには福沢を抱き締めている太宰の姿があった。
 ぎゅうぎゅと抱き締められ、福沢が小さな腕で引き剥がそうと頑張っていた。ぷちりと何かが切れる音がする。
「何がオーライだ! この唐変木社長から離れろ!」
 ああと思ったときにはすでに国木田が動き太宰を引き離していた。間接技をかけるのに悲鳴が上がる。ほっとする光景であった。福沢が立ち上がり席を移動する。開いていた乱歩の隣ではなく、その椅子を移動して敦たちの傍に。国木田から解放された太宰があーーと声を上げる。
「酷い。酷いです社長。
 まあいいもんね。家に帰れば可愛い社長とずっと一緒ですから」
 ぷくうと膨れた頬。でもすぐに笑顔に戻った。太宰の言葉に敦たちの隣から深いため息が聞こえてくる。横目で見れば頭を抱える福沢がいた。笑い声があがる。鋭い目が睨み付けあげたのは乱歩と与謝野の二人。笑う二人は福沢から目をそらすがそれでも笑っている。殺気のようなものが福沢から漂いだしていく。
 これは不味いと慌てて国木田が声を張り上げた。
「兎に角社長をもとに戻すためにその変態を捕まえるぞ」
 はいと返事をしてからあれ、でもと敦が声をあげた。にこにこ笑って福沢を眺めている太宰をみる。眺めているだけなのでまだ無害であった。少々その笑顔がうっとうしいが。
「社長もとに戻るんですか。太宰さんがさわっても戻らないみたいですけど」
「戻るには戻るよ。ただそのためには国木田君を襲った変態を捕まえなくてはいけないんだ。異能が発動された後だから私が触れてももとに戻らないんだよ。それを元に戻すにはまた異能をかけて貰う必要がある」
 なるほどと頷いてからあれ、でもと賢治が首を傾けた。
「犯人がコピーしたのが猟犬の人の異能ならその人に頼んでもとに戻して貰うことは出来ないんですか?」
 問われたのに落ちる深いそれはもう深いため息。それは福沢のものだった。みると福沢の目が死んでいる。答えるのは国木田。
「それが、彼女は今仕事で横浜にはいないそうなんだ。帰ってくるにも時間がかかるとのことで。それに社長の件がなくとも男は捕まえる必要があるからな。特務かからも正式に依頼がきている」
 ご愁傷さまです。全員心のなかで手を合わせた。
「何処にいるか分かってないんですよね」
「ああ」
「でもまあ、探しだす方法はあるから安心したまえ」
「何ですか」
 太宰の言葉に問い掛ける敦はもう太宰を見てなかった。社長が隣にいるときよりは無害であるが、積極的に見たいものでもないのだ。
「国木田くんに囮になって貰うんだよ。彼は一度は狙われたからね。また狙われる可能性は充分にある」
「え、それじゃあ国木田さんが」
 また国木田に視線が集まる。見たのは闘志に燃えている国木田の姿だ。
「大丈夫だ。今度はへまはせん」
 一度へまをしたことを悔いてるように感じる台詞だが、その言葉の奥に込められた思いはみんなすぐに分かった。一刻も早く捕まえて社長を元に戻す。もとの生活を取り戻すという強い決意がめらめらと見えている。
「谷崎君と敦君はばれないように国木田君を警護するんだよ。他のみんなは他にも男に狙われそうな相手がいないか探してみてくれたまえ。あ、賢治君はしばらく探偵社で留守番。仕事の行き帰りも一人じゃ駄目だよ」
「何でですか。僕もお手伝いしますよ」
 そんなに慌てなくともいいんだけどねと一人のんきに言いながら太宰は国木田以外のものに指示を出していく。そのなかで待機の指示を出された賢治がぶくうと頬を膨らませた。怪力ですから心配はいりませんという彼に駄目だと太宰は強い口調を出した。かれもまた金髪だった。
「賢治君にはまだ刺激が強いかもだからね。危ないことはさせられないよ」
「でも」
「賢治」
 にこっと朗らかに笑う太宰。それに対し不満げにしたところに福沢が名前を呼んだ。相変わらず低い声だ。そういえば幼くなったんなら声も子供のものになるんじゃないのかと敦が不思議そうに福沢をみている。ふふと太宰は口許の笑みを深めた。
「はーーい」
 渋々と返事をする賢治に福沢一つ頷いた。まさかこの後己が全く同じ扱いをされるとは欠片も思っていなかった。



「は? 私は別に一人で帰れるが」
「社長には私がいるから大丈夫だけど」
 夕方、退社時刻になった探偵社内、福沢と太宰が同時に首を傾けていた。何をいわれたのだと二人が国木田をみる。万一のことも考えられますからと再度同じことを国木田は口にした。
「今日は俺と敦が社長とだ……送って帰ります」
 最初と全く同じところで固まって、全く同じように言う。そんなに認めるのが嫌なんだ。生暖かい目を他の社員たちは向けていた。
「万一のことと言われても大抵のものなら私一人でどうにかできる」
「誰が来ようと私が社長を守るから平気だよ」
 何を言っているのだとため息をついた福沢。ついで聞こえてきた太宰の言葉に目を向き太宰をみた。はっ? とでていく声。ポカンと口を開けてしまう。太宰はニッコリと福沢を見て抱き締める。足が地面からはなれていく。
「安心してくださいね。社長。社長を襲うような不届きものは私が成敗してくれますから」
 にこにこと幸せそうに笑う太宰。いや、守られる必要などないと言おうとしたところにそれは駄目だと国木田の声が遮った。
「お前だけでは不安だ。俺たちも社長の護衛につく」
「いらないってば。私達はこれからデートして帰るのだよ。デートについてくるなんて無粋だと思わないの」
「で、デートだと!」
 かっと国木田の顔が赤く染まる。太宰がニヤリと笑った。だから私はと言おうとしていた福沢を抱えて走り出している。階段をかけおり、外に向かう太宰。はっとした国木田が急いで後を追う。だが外にでてもそこにはもう福沢と太宰の姿はなかった。
 人混みのなかに紛れ込みながら太宰が福沢に向けて笑う。
「上手く行きましたね。福沢さん。デートしましょう」
「いや」
「福沢さんは何にも心配しないでください。私が守りますからね」
 はぁと福沢から深いため息がでていく。
「……国木田には悪いが明日、やるか」
「ん? 福沢さん、なにか言いましたか」
 太宰の腕に抱えられた福沢の目はやけに鋭いものとなっている。



 太宰と福沢は付き合っている。
 それはまあ、今までの二人の姿をみたら分かって貰えることだろう。
 付き合っている二人は付き合い出す頃から福沢の家で同棲生活を送っていた。生活を共に送る上で一番大切となるのはやはり家事の担当だろう。この家では大体のものがその日気付いた者、もしくは余裕がある者がやることになっていた。一つだけ違うのが料理で、食に頓着ない太宰の代わりに毎日福沢が作っている。今日もその予定であった。福沢のなかでは……。
 でも、その予定は大きく変わってしまっている。
「はいどうぞ」
 満面の笑みで差し出されたのはふわとろした黄色の布がオレンジの山を覆う子供に人気の料理。ぷすりとその頂点に立てられたものを福沢は睨み付ける。
 無言になってしまうのにきょとんと太宰が首を傾けた。わざと、らしい仕草ではなかった。
「オムライス嫌でしたか??」
 心底不思議そうに聞かれるのに、福沢はゆるく首を降った。普段食べないだけで嫌いではない。好きではない。それだけだ。だがこうしてだされるとこれを食べるのかとげんなりしてしまう気持ちが顔にでてしまう。
「…………私は子供ではないぞ」
「今は子供ですよ」
 抗議のつもりで呟けば太宰の明るい声の前に消えていく。
「そうなのだが、……。それに昔からこういったものは好んでいない。そのもう少し質素なものが好きだ」
「お魚の煮付けとかですか? よく作りますけど」
「そうだな。その辺だな」
 頷きながらいや、そう言うことが言いたいのでもないのだ。と福沢はオムライスの上に飾られたものをみる。この際オムライスなのはもうよい。もうよいが、それだけはやめてほしかったと。
「……それから旗は余計だ」
 ぐっと一度強く唇を噛み締めて福沢は声を出す。ん、と首を傾けた太宰が笑った
「可愛いですよ、福沢さん。旗付きオムライス食べる福沢さん可愛い」
 余計な一言だったらしい。その言葉で何かに火が着いたのか太宰が携帯を取り出して写真を撮っていく。穴に埋まりたいと思う気持ちが生まれて初めて理解できてしまった。にこにこと笑う太宰を前に福沢は死んだ魚のような目をしてしまう。
「ほら、福沢さん。食べてみてくださいな。美味しいですよ」
 一通り撮り終えた太宰が福沢の前にスプーンを差し出す。とろりと上に乗る卵が流れる。
 あーーん
 にこにこと笑う太宰。差し出されるものを見て福沢は口を開く。もはやなにかをいう気力はなかった。どうにでもなれという気持ちで食べる。ん、と福沢の目が見開いた。一回二回、三十回以上噛んでから飲み込んで福沢は驚きの言葉を口にする。
「上手い」
 まんまると見開かれた銀灰の瞳。その前で太宰の口元が綻んでいく。
「でしょ。福沢さんに美味しいって言って貰いたくて頑張って作ったんですよ」
「凄く美味しいぞ」
 きらきらと瞳が輝いている。ふわりと嬉しそうに笑う太宰に福沢は自ずと食べ始めていた。美味しいと何度も口にすればその度に太宰が嬉しそうに笑っている。
 えっへへと笑う太宰を前にむっと福沢の口許がまがった。





 

[ 200/312 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -