はぁはぁはぁ。
 荒い吐息がコンテナ倉庫の建ち並ぶ港で聞こえていた。コンテナの影に小さな影が二つ隠れている。一人は十歳程の少年、最近は珍しくなった着物を着、腕の中にもう一人の子供を抱いていた。こちらは恐らく五歳程だろう。まだまあるい頬。全体的にも小さくころんとしている。その小さな体は全身が熱で赤く染まっていた。荒い息をあげているのもこの子供だった。苦しそうな子供をみて少年もまた苦しそうに歯を噛み締めている。着物の袖で子供の汗を拭って遣りながらすぐやすめる場所を見つけてやるから。無茶をさせてすまないと何度も子供に声をかけている。
 声をかけながら少年は辺りを見渡す。誰もいないことを確認しその場から歩き出す。子供を抱えた腕の筋肉がびきびきとひきつっていた。人目につかないようもう何時間もこうして隠れながら歩いているため疲れがではじめているのだった。それでも子供にはしんどい姿はみせまいと気丈にふるまってみせる。
 きゅと子供の手が少年の胸元を掴むのに、大丈夫だからなと少年は声をかける。何があっても絶対にお前は俺が守ってやる。


 その子供に少年がであったのは数ヵ月前のことだった。
 剣稽古の帰り、大怪我を負った子供が倒れているのを発見した。少年はすぐに親を呼びに走った。少年に言われ駆け付けた両親は倒れている子供をみたときとても驚いた顔をした。それから険しい顔を浮かべた。
 それがどうしてか少年が知ったのはその一ヶ月後のこと。子供の怪我も良くなり、少年に少しずつだが懐き始めていた頃だった。親に呼ばれた少年は、そこで子供が政府によって追われていることを聞く。そして両親にも子供を捕らえるよう命令が下されていたことを知った。
 母親は少年に言った。
 貴方はここで決めなければなりません。子供をここで見捨てるか、私たちを捨ててでも子供を守るか。私達が与える猶予は明後日の朝までです。明後日の朝を過ぎても子供がここにいるようなら私達は政府に連れていきます。
 少年が選んだのは両親を捨ててでも子供を守る道だった。嫌がる子供の手を無理矢理掴んで家をでた。一人はなれようとする子供にぴったりとくっついて、子供を襲ってくる奴らから子供を守ってきた。子供を守り続けよう。誰にも傷付けさせないと思っていた。
 だけど子供を守るには少年はまだ力不足だった。そこらの大人よりは腕がたち多くの刺客を返り討ちにしてきたが、毎日のように続く緊張状態に体がついていかなかった。そしてついに怪我を追ってしまったのだ。自身だけでなく子供にも怪我を負わせてしまい、その怪我のせいか子供は熱をだし、ずっと高熱にうなされ続けている。
 高熱で自力では動くことの出来ない子供を守るのは、怪我を負っている少年には厳しいことだった。後一歩で子供が連れ去られる事態にまでなってしまう。そこを助けてくれたのは少年が逃げ込んだ廃墟のなかに住んでいたホームレスだった。追われているのかと聞いてきたその人は俺にはこれしか出来ないけどと二人に触れた。その瞬間二人の視界は回り、気付いたときには今までいた場所とは違う場所にいた。
 海のみえる港にいた少年は子供を抱え、立ち竦んだ。だがそれは一瞬のことですぐに見つかっては不味いと考えた少年はコンテナに隠れもっと安全な場所へ移動し始めたのだった。
 ここなら良いかと少年は子供を下ろした。大量に汗をかいてる子供の全身を拭いてやりながら少し待っていてくれと声をかける。すぐに戻ってくるから少しだけ待っていてくれ。薄くひらいた子供の目。ゆるりと子供の手が少年に伸びた。その手は少年に届くことなく落ちていく。
 すぐに戻ってくる。少年はそう言って子供からはなれた。子供にのませるための水や薬。それに食料。そういったものを取りに行きたかったからだ。
 去っていく少年に向けて子供が嫌だと呟いた。それはあまりに小さくて届くことはなかったそ

「ゆき、ちさん。やだひとりにしないで」




 会合終わりの午後。一人歩いて帰っていた福沢は奇妙なものを見つけて足を止めた。道のわき、倒れている人。小さな体からして子供だろう。子供なのだが…
「太宰」
 見開いた銀髪。少し開いた口から思わずこぼれた言葉。道に倒れている子供は福沢の部下に瓜二つの顔立ちをしていた。熱があるのか真っ赤な顔で意識のない子供に近づいていく。近くからみればどうみても太宰としか思えなかった。


「太宰はいるか!」
 ばんと力任せに開いたドア。なかにいた人たちが驚き肩を跳ねさせるのを気にする余裕はなく福沢はあらげた声を出した。その腕には小さな子供が抱き抱えられている。
「私なら、ここにいますけど」
 事務所の奥にいた太宰が恐る恐る手を上げる。周りが何をしたんだと見てくるのに、特になにもしていないはずなのだけどと首を捻って考えた。銀灰色の瞳が幽霊を見るように見開かれる。驚愕し、何かに恐怖するようにひきつった顔をしたのは福沢だ。滅多にお目にかかれない姿に驚く探偵社社員。太宰はなんでそんな顔をされるのだと疑問を抱く。
「……先ほど太宰を拾ってきたのだが」
 はい?
 一瞬探偵社の時が止まった何を言われたのだろうと福沢を見る。福沢は腕の中に抱いた子供をみんなが見えるように抱え直した。見えたのは太宰に瓜二つの顔。
 はい? 
 とまた、探偵社の空気が凍りついた。
「そ、れはまた珍妙なものを拾ってきましたね……。私を拾うだなんて」
 一番に動き出せたのは太宰だった。なぜそんなものをと福沢に聞く。
「倒れていたのを見つけた。またお前がなにかやらかしたのかと思ったのだが」
「幾ら私でも子供になったりはしませんよ」
「それも、そうか。すまなかった」
「いえ……」
 奇妙な沈黙が流れる。どうしたらいいのだろうと誰もが思っていた。
「えっと、たまたま太宰さんに似ていたんですかね。それにしては似すぎですけど、お母さんとか探した方が」
「いや、それが」
 谷崎がそうだ。きっとそう言うことだと自分に言い聞かせるため告げた言葉。福沢がそれを否定して何故か子供の服をめくった。ぺらりと子供らしいふくよかさを持つ腹が露にされる。だがその肌には子供らしくない痣が刻まれており、中には刺し傷もあった。
 あっと声を上げたのは与謝野と太宰だ。
「私の傷跡と一致してますね。そういえばその時ぐらいの時にはすでについていたような」
 ぺらりと太宰も自らの服をめくった。腹のところに良く似た傷が付いている。
「これもあってこの子は太宰で間違いないだろうと思っていたのだが……」
「私ここにいるんですけどね……。取り敢えず、もし本当にその子が私だとしたら親を探すのは無意味でしょうね。そもそも私が親に合いたいなんて思っているとは思えませんし」
 太宰がじいと子供の腹をみながら呟く。彼には珍しく今だ状況を飲み込めることが出来ていなかった。何度も首を捻るのに探偵社の全員の視線が太宰をみていた。太宰を見て、そして、福沢の腕の中にいる子供を見る。何処からどうみても同じ人物に見える。
 そうかと福沢が遅れて頷いた。普段とあまりかわりないようにも見えるが、その顔は途方にくれている。他のものも大体そんな感じだった。
「どうするんだい」
 頭をかきながら与謝野が福沢に問い掛けた。福沢はむっと唇を尖らしてから子供を見る。腕の中にいる子供はぐったりとしていて息も弱々しかった。
「拾った以上放り投げるわけにもいくまい。私が面倒を見よう。
 与謝野すまぬがこの子を診てあげてくれるか。酷い熱でな」
「ああ。分かったよ。ベッド寝かせた方がいいだろ。連れてきてくれるかい」
 まあ、そうなるよな。と全員が頷いて子供を見た。それから太宰を見る。太宰だけは納得いかないように唇を尖らせ、目をしかめていた。嫌だと聞こえてきそうな姿だ。そんな太宰は無視し福沢と与謝野は医務室に向かっていく。太宰さんなら大丈夫だろうと思うけど心配だな。全員の目が医務室に消えた子供を見送った。


 医務室に来た福沢は困っていた。きゅっと子供の小さな手が見かけに寄らず強い力で福沢の服を掴んでくるのをどうするべきか考えていた。強いとはいえ子供の力。引き離すことは簡単なのだが。
「や、いかないで……」
「……」
 ベッドに寝かせ、手を外させようとしたら子供がゆるゆると首を振った。閉じていた目蓋がうっすらと開きやっやと手の力を強くする。熱のせいでなくその目元が潤んでいるように見えて……。
 固まった福沢は助けを求めるように与謝野を見た。
「これは、どうしたらいい」
 情けない声がでる。表面上は普通にしながら与謝野はしまったと心のなか膝を叩いていた。こんなことならビデオテープでも持ってきてるんだった。こんな貴重なシーン後からいくらでも楽しめたのに。心のなかで悔し涙をこぼしながら取り敢えず与謝野は自分にとって面白い提案をした。一応子供のことはちゃんと考えてある。
「無理に引き離すのも可哀想だろう。一緒に寝てやたらいいんじゃないか?」
「だが」
 福沢の顔がしかめられる。まだ仕事も残っているのに横になることに抵抗があるのだろう。
「熱がでて弱ってるんだ。傍にいてあげるのも重要な仕事だよ。社長が拾ってきたんだから責任もってみてあげなよ」
「……では」
 本音としては与謝野が福沢が困っているところを見たいだけだったが、ちゃんとした言い訳で言い聞かせた。納得した福沢がベッドのなかに子供と共に横たわる。その姿を見て後でビデオを持ってこようと子供に貼る冷えピタや飲み物を用意していた与謝野は決めるのだった。

「あれ? 社長は?」
 与謝野が医務室からでていけば、医務室前に集まっていた社員が全員首を傾けた。共にでてくると思っていた社長の姿が見えずきょろきょろと辺りを探す。苦笑ではなくにやりと与謝野は笑った。
「それが子供の方が社長にしがみついて離れなくてね。一緒に寝て貰ってるよ」
「へぇ」
 ナオミ。ビデオテープって何処にある。ビデオテープですか。不穏な会話が聞こえてくるのに全員の目線は医務室の扉に向いていた。あの社長が子供と一緒に寝てるんだ。あまり想像できない姿に首を傾けるのに、んと谷崎は隣にいる太宰の異変に気付いた。何故か太宰は半目になって医務室の扉を睨み付けていたのだ。
 太宰さんと谷崎が太宰を呼ぶ。ハッとした太宰はにっこりと笑った何でもないよ。谷崎君。にこにことしていう声はだけど何処か暗かった。



「ほら、あーーん」
 与謝野の手が福沢にもたれ掛かる子供の口許にスプーンを差し出していた。その上に乗る粥。とろんとした目元。半分意識のない子供の口が小さく開く。その口許にスプーンを差し入れれば子供はぱっくりと口を閉ざした。緩慢な動きで咀嚼して飲み込む。一連の動きを見守った与謝野は子供の頭をなでついでにハンカチで汗を拭ってやる。
「よし、いいこだ。しっかり食べなよ。そしたらこんな熱すぐに下がるからね」
 子供の首が弛く縦に振られる。水を飲ましながら与謝野はスプーンと共に粥のはいったお椀をナオミに渡す。
「あーーんですわ」
 一口水を飲んだ子供に今度はナオミがスプーンを差し出した。小さく開いた口にスプーンを入れれば、子供はまた同じように粥を食べていく。ごっくりと飲み込む姿にナオミの頬が蕩けた。
「可愛いですわね」
 ナオミの手が頬を子供の頬をツンツンとつついた。ぼやけた目がナオミを見る。ナオミの隣では鏡花がお椀を受け取っているところで、そして今度は彼女が子供にあーんをする。
「病人をおもちゃにするな」
 先程からずっと続いている行為についに福沢が苦言を呈した。動けない子供に食べさせてやっているのは分かるが、どうにも先程からの彼女たちはそれだけじゃなく、子供の頬を触ったりと言った行為も目立っていた。
 与謝野からは良いじゃないかと声が上がる。食べさせてやってるだけだよいう横で鏡花が差し出した粥を子供が食べ、その頬をぷにぷにと鏡花が触っているところだった。
 横目で見ていた探偵社の男たちが苦笑を浮かべる。
「子供の太宰さんが可愛いのは分かるんですけどね」
「私じゃないだけどね」
 あれだと大変ですよねと言う敦の横、太宰は低い声を出した。どうしてこんなことになったのかと頭をかく太宰の隣にはもう一人頭を掻き毟る人物。子供を連れてきたときにはいなかった国木田だ。太宰が増えたときいたときは何を馬鹿なと思っていたが、実際に増えた太宰をみて今頭を抱えている。
「太宰が二人なんていくら子供でも悪夢だ。どうしてこんなことに」
「さあ?」
 国木田の嘆きに太宰は首を傾ける。そんな太宰に国木田の手が伸びた。
「ええい! 何をしたんだお前は!」
「私が知りたいよ。はぁ」
 がくがくと上下に振られるのにでていくのは深いため息だ。ほんと何でと遠い目をして太宰が呟く


「え、社長今日泊まるんですか」
 ぽっかんと口を開いた太宰が嘘でしょと福沢に問い掛けた。福沢の腕の中にはまだ子供がしがみついている。
「ああ。やはりこの子が離してくれぬからな。今日はここでこの子と共に泊まることにする」
 大変ですね。社長がわざわざそこまでしなくとも。様々な声が社員たちからでていくのにまあ良いと福沢は答える。その腕の中で子供がもぞもぞと動いていた。隣の与謝野が額に手をおいて熱が上がってきてるねと呟いてる。
「与謝野もいるから大丈夫だろう」
 二人の様子を見ながら福沢が言う。それなら心配はないかと周りがほっとするのに、太宰だけは福沢に抱えられた子供をじぃとみていた。気味が悪いとその口から誰にも聞こえない小さな音がでていく。



 翌日、起きた子供は福沢と与謝野を見ると固まり恐怖に青ざめていた。きょろきょろと両目が左右を探り、それから福沢を見上げる。
「誰……」
 呆然とした声が子供からでていく。その声を聞きながら傍にいた与謝野と福沢の二人はすぐには返事をすることが出来なかった。その理由は起きた直後、寝ぼけ眼だった子供が呟いた言葉だ。子供は目覚めたか? そう問い掛けた福沢をみて、諭吉さんと呼んだ。それからすぐに強ばって違うと呟いたのだ。
 何故、子供が福沢の名前を。違うとはどう言うことだ。その事ばかり考えてしまうのに子供はきゅっと唇を噛み締めて逃げ道を探していた。強張っている肩。ハッと福沢は我に返って抱き締めていた腕を一度離す。
「私達は貴殿に危害を加えるつもりはない、ここは病室で熱があったので寝かせていた。昨日のことは覚えてないか」
 子供から距離を起きながら福沢はゆっくりと声をかける。離れていくのに子供はほんの少しほっとしたように強張っていた肩を落とした。まっすぐな目が福沢と与謝野を見上げる。その目は確かめるように二人をみて。
「……覚えている」
 子供からでていく小さな声。それでも信じられないのか子供は身を固くしている。三人して無言の時間が流れた。どうしたら良いのかと与謝野は福沢をチラリと見た。子供を見つめていた福沢はそっとその手をあげた。子供を怯えさせないようゆっくりとした動きで子供の小さな頭にその手を乗せる。わしゃわしゃと撫でて福沢は子供に向けて微笑んで見せた。
「大丈夫だ。貴殿に何かをしようと言うつもりはない。私達を信じてくれ」
「あ、……ゆ」
 声をかけるのに子供の目が見開く。その口が何かを言おうとしたがそれは音にならなかった。俯いた子供に僅かに表情を強張らせながら福沢は手を伸ばした。小さな体を抱き上げる。抵抗はなかった。一瞬だけ驚きながらも子供は福沢に抱きついてくる。ぽんぽんとその背を叩く福沢は嫌な予感がすると一言呟いた。



 子供の熱はまだ少し高かったが昨日よりは下がっており、医務室ではなく事務所の方で子供は休ませておくことになった。これは子供が人がいないところより、人がいるところの方を好んだからだった。見知らぬものたちに怯えながらも、福沢にしがみつく子供は人の気配に安堵しているようだった。
「太宰さんにもそんな可愛いところあるんですね」
「あれは実は太宰ではないのではないか」
 その姿にたいしてそう言ったのは敦と国木田だ。他のみんなも口にしないだけで似たようなことを考えていた。その言葉に太宰はやるきなく机に突っ伏しながら子供をみて答えた。
「残念ながらあれはみんなが思っているような可愛いものじゃないよ。人気がない場所より人気がある場所の方が襲われた時逃げやすいから安心してるんだよ。人気がある場所だとパニックになって混雑するからね。あの小さな体だと隙間を縫って遠くに逃げられるんだよ」
 はあ、なるほどと落ちた声。太宰さんでしたね。太宰だなと少しの安心と悲しさをみんなは感じたのだった。
 それから数時間福沢の膝に座る子供は人形のように固まって動かなかった。話しかけられたりしたらちらりと相手を見上げるのだが、それ以外は表情一つ動いていない。緊張しているのとはまた違う子供の様子に太宰をみる視線も増えていた。はぁと太宰は何度もため息をついて机の上で寝た振りをしている。これだからやだったんだ。と誰にも聞こえない声で口にした太宰は、子供が己と同じ存在であることを痛いほど理解してしまっていた。
 どうにかあの子供を探偵社から追い出せないか。追い出すのは無理だとしても何かしら消す手だてがあるはずだ、と顔を伏せながら太宰は考えていた。その考えがまとまるまえ、探偵社に新たな問題がやってくるのだった。
 それは午後、敦が依頼に出掛けたことから始まる。
「あ、あの」
 依頼に出掛けたはずの敦がすぐに戻ってきたのに探偵社の面々は首を傾けた。どうかしたのかと敦をみる。扉から顔だけをだしている敦の姿に何かを感じ取ったのは全員だった。事務員は奥に下がらせそれぞれすぐに攻撃へ移せる体制を作る。福沢は膝の上の子供を抱えなおして、扉をみた。脂汗をかいた敦が横をチラチラみながら探偵社内に入ってくる。その首もとでキラリと刃が光った。
 動けばすぐに切り落とせる位置に刀が押し付けられている。
 ひゅっと探偵社全員が息を飲んだ。ただしそれは敦の首もとにある刃を見たからではなかった。その刀を手にする人物を見たからだった。
「治を返せ」
 低い声が冷たく告げるのにんと何人か目を見開く。恐ろしいとは思った。だがそれよりも思ったのは声たかっ。だった。
「可愛い」
 誰かがそんな状況じゃないけど呟く。はぁと福沢の口から深いため息がでた。嫌な予感はしていたのだと顔を覆う。その腕の中で子供が目を大きくして突然の来訪者をみていた。
「ゆ、きちさん」
 子供が来訪者の名を呼ぶ。それに幾人かの視線が集まった。だよねと全員が敦の隣をみた。そこで刀を握りしめているのはまだ十歳ぐらいだろう子供。そしてその子供の顔は今度は福沢にそっくりだったのだ。
「治。無事か。
 治を返してもらうぞ」
 その福沢そっくりの子供は福沢の腕の中の子供を見つけると僅かにほっとした表情を浮かべた。が次の瞬間には険しい顔になり敦に刀を突きつける。あ、待って。これ。私達が誘拐したと思われている。探偵社の全員が今の状況を正確に掴めた。これはどうすればと福沢をみる。顔を片手で覆った福沢は害虫でも見るように幼い自身を見ていた。
「私達は道に倒れていたこの子を看病していただけだ。そのように社員に剣を向けられる謂れはない。そんなに大切ならこの子を一人になどさせるな。それも出来ずに吠えるな。餓鬼が」
 ぞっと探偵社の空気が凍りついた。え、社長と全員が福沢をみる。子供を睨みつける福沢は絶対零度と言わんばかりの顔をしていて……
「何を! っ」
 子供が福沢にたいして激昂したがその言葉尻が途絶えた。信じられないものを見るように福沢を見つめる。あのね、と小さな声が聞こえた。福沢の腕の中の子供が子供に向けて話す。
「この人たち本当に私を看病してくれただけなんです。お陰で熱も下がりました。だから、刀を下ろしてあげてください」
 お願いですと懇願する幼い声。その声に驚いていた子供はハッとして辺りを見渡した。あまりの出来事に武装を解いてしまっていた探偵社の面々をみて、大丈夫かと判断したのか敦から刀を外す。悪かったなとぶっきらぼうな声が謝罪を告げた。それだけか。それに対して福沢からでたのはとても低い声だ。人に刃を向けておいてそれだけか。まともな謝罪も出来ないのか。ギロリと睨む目は刃のようだ。怯えながらも子供が福沢を睨んだ。
 雪所か氷の塊が凄まじい勢いで探偵社のなかに降り注ぐ。
 この二人相性最悪か。
 全員がそう思い二人の間は不自然なほどにあく。同一人物なのに誰かが呆然と呟いた声。同一人物だからこそ嫌悪するのだよと太宰がボソリと囁く。それを唯一聞いた国木田は成る程と頷いた。だからずっと機嫌が悪かったのかと。



 ◯

「つまりその人のお陰であんたらは逃げれたけど、変わりに別の世界、つまり妾達の世界に来ることになったって訳か」
 事務所、子供達の話を聞き終えた探偵社の面々は一様にぽかんと口をあけ間抜けな面をさらしていた。そんなことありえるのかと考えるのに、太宰と福沢の様子だけが違った。彼らはそれぞれ椅子の上、燃え尽きたように灰になっている。
「えっと、どうにか元の世界に帰してあげることとかは……」
「無理だよ。別の世界に人を飛ばせる異能者なら私も聞いたことあるけど、たしか数年前に野垂れ死んだ筈さ。他にいるとしてその子達が来た世界にピンポイントに飛ばせるとは思えない。また別の世界に行くだけだろうさ。まあ、そこの世界でもその異能者を探して飛ばしてもらって、ついた世界でまたって繰り返したら何時かは元の世界に戻れるかもだけどね。そんなことさせるのも可哀相だろう。まあ、私になら別にやっていいけど。私なら上手く元の世界に帰れるさ。やらせても良いんじゃない?」
 まだ頭のなか理解しきれていないながら子供達のことを考え聞いた敦。それを死んだ魚よりも酷いんじゃないかと思えるような目をした太宰がばっさりと切った。切りながら幼い自分を指差してはしっしと犬にやるように手を振る。話す内容も酷かった。んなことさせられるか! 国木田が怒鳴って頭を叩く。
「じゃあ、この子達はどうすれば、」
 谷崎の言葉に視線がまた子供たちに集まる。答えは一つしかないような状況。でもと、太宰と福沢をみる。
「面倒みるしかないんだろうね。とはいえ、子供二人の面倒を見るのは大変だろう。探偵社も暇ではないし」
「そうだな」
「私ならポートマフィアのアジトにでも放り投げたら良いんじゃないかな。そしたら森さんが世話してくれるよ」
「俺なら放り出しても構わん。いくらか金でも与えてやれば生きていけるだろう」
 それぞれ言い放たれたのに他のものたちからは深いため息が落ちた。
「馬鹿なこと言ってないで、二人は探偵社で面倒見るからね」
 今度は二人からため息がでる番だった。死んでしまいたい。ため息と共に太宰からはそんな言葉もでていた。



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