「……」
「……」
「……」
「……」
 無意味に時間が過ぎていく。誰も何も喋らない。沈黙で時間が流れていくのに何をしているんだろうと坂口は疲れた顔をしてため息をついた。はぁあと深いため息をつく。ぴくりと横にいる人物の肩が跳ねる。何故か丸まる身体。安吾と泣き出しそうな声が坂口を呼ぶ。
「太宰君。いい加減覚悟決めてください」
「そんなことできるわけないじゃないだろう」
 小声で話しかければ腕にすがり付いてきた太宰が同じく小声で訴えてきて。涙を浮かべている姿に案外余裕あるじゃないかと坂口は思った。むしろ余裕がないのは坂口のほうかもしれない。恐らく心配はないと思うがもしこんなところ見られたりしたらと思うと怖い。
「大丈夫です。織田さんも許してくれますよ」
「でも」
 小声であるが話の内容は聞こえているのだろう逆隣の肩が今度は揺れていた。だが、話に入ってくることはない。酒を飲みながら前を睨み付けている。
「ほら、太宰君」
「でもぉ……むりぃ」
 ふるふると太宰の頭が揺れる。また坂口はため息をつく。何時になったらこの気まずい時間から解放されるのだろうかと考えてしまった。

 ことの始まりはいつものごとく太宰が坂口に泣きついてきたことから始まる。内容はもう何度も相談されたことがある織田にどうやって自分と福沢の関係を伝えるべきか。伝えたとして嫌われたらどうしようと言う内容だった。今日はいつもと違ったのがこの後福沢の家に泊まりにいく約束をしていることと、織田にどうして避けているのかと聞かれてしまったこと。
 もう逃げ場がないと喚く太宰に坂口は携帯を取り出した。どうするのだいと見つめられる中、迷うことなく押した番号は織田のもの。
 ここらで覚悟を決めましょう。
 織田がでる前に告げた言葉に太宰はひぎゃっと奇妙な悲鳴を上げた。それを聞こえなかったふりして電話をならし続ければがちゃりと織田がでる。もしもしとでた織田に今太宰くんと飲んでいるんですが、織田さんもきませんかと聞いた。答えはわかった。特に考える様子もなく織田は頷いて。織田さんくるそうですよ。と言って上がったのは太宰の悲鳴だ。
 それを聞きながら長かったと坂口は遠い目をした。これでやっと織田さんとのことだけでもどうにかなってくれる。そう喜んだのも束の間、織田がやってきてすぐにただ口を閉ざし続ける無言ゲームか始まったのだ。
「太宰君。大丈夫ですよ。織田さんはそんな人じゃないでしょ」
「分かってるよ。だけど、だけどさ!」
 ぐすぐすと太宰が鼻を鳴らす。涙がキラリと光るのにやはり余裕だと思った。
「いつまでもきまづいままは嫌でしょ。それに前にも言いましたが言わないままだと余計に言いにくくなりますよ」
「そうだけど、そうなんだけど」
「はあ、もう良いです僕が言いますよ。織田さん」
「安吾!」
 余裕でないのは先程も言ったが坂口のほうだった。ぐずぐずする太宰。日付変わるまでもだもだして今日はお開きにしてやろうと言う算段がみえみえだ。そうは許さないと重い口を開いた。坂口には時間がないのだ。何時からの約束かは知らないがはやいうちに送り出し、福沢の家まで帰って貰わないと怖い目に遭うのは坂口だ。
「織田さん、実はね太宰くんは」
「ダメだって」
 坂口の口を太宰がふさいだ。何でもない何でもないからと言っているがそんなのいつまでもきくはずがない。それこそ今まで何も言われてなかったが、今日は面と向かってどうして避けるのか聞かれているのだ。
「太宰。どうしたんだ。何かあるなら言ってくれ」
 織田の目が太宰を真剣に見つめる。うぇと蛙がひっくり返ったような声が太宰からでた。おださくと泣き出しそうに織田のなを呼びそれから嫌いにならないと弱々しい声で聞く。
 きょとんと織田の目が瞬く。暫く固まってから首を傾けた。
「別に何があっても嫌いにはならないと思うが…」
 今さらじゃないか。そんな声が織田から聞こえた気が坂口はした。まあ、確かにと頷く。太宰のやらかしは坂口も織田も散々見てきている。見てきて今まで続いてきているのだからそう嫌いになることはないだろう。ただ、今回の件はどうなんだろうなと思わなくもないけど……、でも大丈夫だろうと坂口は思っていた。
「あのね、……」
 ちらちらと逃げ道を探しながら太宰が言葉を口にする。口にしてすぐに口をつぐむのに
「実はですね」
 坂口は織田に向けて口を開く。時刻は既に十一時を迎えようとしている。タイムリミットは近いことを知っている。恐らく後三十分もしたら坂口のところにメールでもくるのではないだろうか。
「安吾! なんで今日はそんな意地悪なの!」
「いい加減に泣きつかれるのも疲れたからですよ。毎回毎回深夜まで付き合わされる僕のみにもなってください」
 毎回太宰は大丈夫だろうかと簡素なメールを送られる恐怖分かりますか。最後の言葉を飲み込んで太宰を見ると太宰はぐっと喉の奥で言葉を詰まらせた。今日はもう逃がさないぞと思いで太宰を見る。逃がさないと言うか恐らく十二時を越えて、一時になる前には福沢が迎えにくるだろうからどう足掻こうと決着はそこでつくのだ。お泊まりの約束をしている今日福沢にはそれをする名聞がある。だからこそ坂口も今日織田を呼んだのだ。
「ごめん」
 しょんぼりと肩を落とした太宰が謝り、それから織田を見る。あのねとまた呟いては下を向いた
「実はね、」
 太宰の声は小さい。
「……てるの」
「?」
 ぼそぼそと言った言葉は隣の坂口にすら聞こえることはできず織田は首を傾けている。なんと言ったんだと織田が聞く。太宰がさらにうつむき今度は声を大きくした。
「福沢さんと付き合ってるの」
「……」
 織田が固まった。
 ちょっと目を丸くして固まるのに太宰が床に沈んでいく。汚いですよと坂口が声をかけるが太宰はもう嫌だと首を振って。
「福沢さんと……付き合ってる」
 呆然とした織田が太宰の言葉を繰り返した。こくりと坂口の隣で太宰が頷いているが織田には見えていないだろう。ごめんねと今にも死にそうな声が聞こえる
「織田作が福沢さん好きなこと知っているんだけど、でも私も好きで。それで福沢さんと付き合っててごめんね、ほんと、なんか」
 太宰にしては珍しく何一つまとまっていない言葉。本当に言いたくなかったんだなと太宰のつむじを見つめる。よしよしと太宰の頭を撫でるのにあんごぉ。と太宰の手がすがり付いてくる。嫌われたら生きてけないよと小さくなく。多分大丈夫ですよと小さな声で慰める。
 多分がついたのは予想以上に織田が驚き固まってしまったからだ。これはだめなパターンなのか、思うのにようやっと織田が動き出した。
「そうなのか」
 頷いてから酒を飲む。グラスの中の酒がなくなりカランと氷が音を立てた。
「そうか。……それは、良かったな」
 長く溜めに溜めて呟かれた。ぱっと太宰の身体が上がった。まじまじと織田を見て怒らないのと聞く。
「怒りはしないが、驚いた。……嫌いになるとかはない。本当に良かったな。あの人なら安心できる」
 織田が薄く笑う。太宰の顔がぱああと輝いた。織田作と織田に飛びかかろうとした太宰に巻き込まれ坂口も織田のもとに倒れていく。
「織田作!織田作!」
 きゃっきゃっと響く楽しそうな笑い声。重いと織田が言う。安吾はやめてくださいと本気で叫んでいた。織田と太宰に挟まれた坂口の顔のところには太宰の胸。ふわふわとしたものが押し付けられて本気で生命の危機を感じていた。



「良かったんですか」
 太宰があ、そろそろいかなきゃと言っていなくなった居酒屋。坂口は隣に座る織田に聞いていた。
「ああ。驚きはしたが、それ以外は特には……。羨ましいとは思ってしまうが俺にどうこうできることでもないだろう。ただ…なにもしなかったのだけは少し後悔してるな。あの人は女性が好きだと思っていたから俺に勝ち目はないだろうと気持ちも伝えたことがないんだが、伝えていれば良かったな。まさか男を好きになるとは……」
 酒を飲みながらポツポツと語る織田に織田さんとじんわりと涙ぐんでいた坂口は途中でン? と首を傾けて、それから頭を抱え机の上に突っ伏した。今度はこういうことになるのかと遠い目をする。織田の声が聞こえる。
「太宰と福沢さん、幸せになってくれると良いな」
 穏やかな声に坂口も穏やかに笑う。そろそろ福沢の家に帰りついただろう太宰を思い、
「きっと幸せですよ。今頃………………何かやらかしているんじゃ」
「え?」
「太宰君。ちょっとなにかあるとすぐポンコツになるからなにかやらかしてるんじゃ。こと恋愛面に置いては本当ネジがないから」
 頭を抱え腹を痛ませはじめるのたった。



「お邪魔します」
 ひょいと家のなかに入り込んできた太宰。説教をしようと待ち構えていた福沢はその太宰の様子に怒りを削がれ首を傾けた。少しは不安そうな顔でくるかと思っていた太宰は何故かとてもにこにこした様子でやってきたのだ。もう眠いですと寝室に向かっていく。ついていきながら今日は良いことがあったのかと太宰にとう。
 はいと太宰は頷いた。
「織田作に貴方とのことやっと話せたんです。織田作、貴方のこと好きだからずっと話せなくて悪いことしてるんじゃないか、嫌われるんじゃないかと怖かったんですけど、織田作は良かったなって言ってくれたんですよ。私安心してしまって。数日眠れてなかったんですけど今日は良く眠れそうです。ふふ。
 織田作を奪った貴方に復讐してやろうと思って付き合いはじめてしまったから本当に不安で不安で仕方なかったんですよね」
 寝室にいき敷かれた布団に潜り込む太宰は気付かなかった。廊下の途中で足をとめ凍りついてしまった福沢の存在に。のろのろと福沢が部屋の中を覗いたとき既に太宰は安らかな夢の世界に旅立っていた。


 坂口の予想通りに太宰はやらかすのだった



「何を、やらかしているんですか。貴方は」
「……やっぱりやらかしたのかな」
「それをやらかしたといわないで何をやらかしたというのか聞いて良いですか」
 居酒屋の椅子、正座させた太宰を見つめ坂口は深いため息をついた。手で目を覆い上を見上げては下を向く。だらりと垂れ下がる腕。やらかすんじゃないかと疑ったが本当にやらかすとは脱力して太宰を見る。
「嫌われたかな」
 不安そうな目で見つめてくる姿はまるで仔兎のようだが、そんな可愛いものであるはずがない。それは分かっていたのにとまたため息をつく。
「それはないと思いますが傷付けたのは確かですね」
「……。嫌われてない」
「ええ。嫌われてはないと思います。謝れば許して貰えると言いたいですが何をどう謝れば良いのかって話ですよね」
 坂口の言葉にほっと息をついてからそれでも太宰は坂口を見上げて嫌われてないと聞いてきた。
「ないですよ。不安なら本人に聞いたらどうですか」
「それで嫌いだって言われたらどうするのだよ。私が立ち直れなくなる」
 ぐっすんと涙ぐんで太宰が言う。坂口はそれに呆れた目をした。
「立ち直れなくなりそうなこと貴方は福沢さんにしてますけどね」
 ぴくりと震えた太宰の肩。太宰の首が他所を向く。肩を落としてぼそぼそと小さな声をだす。
「……。それに私が聞いても本当のこといってくれるか分からないから」
 聞かない言い訳だろうが確かにと思えた。それはそうだろうなと遠い目をする。ねっと見てくる目。だから仕方ないんだ。愚痴を言わせてくれと言っているようで少しだけいらっとした。
「逆に本当のことを知りたいんですか」
「でも後から知るほうがショックは大きいのだよ」
「それは確かに。じゃあ、僕が聞きますか」
 イラッとして聞いたが太宰の答えはやはり確かにと思えるものだった。はぁとため息を着いて携帯を取り出す。ここではっきりさせてやろう。そして帰って寝る。思うが太宰に止められる。その理由もまた納得できるもので坂口からはさらに深いため息がでていた。まだ付き合わされるのかそう思う。
「安吾だと私に話がいくってすぐにばれそうなのだよ」
「まあ、それもそうですね」
 遠い目をしながら坂口はダイヤルを押す。
「仕方ないですね」
「安吾」
 きょとんと太宰の目が瞬く。不思議そうに見つめてくる瞳。その前で電話が繋がった。坂口はわざとらしく大きな声をだした。
「あ、すみません。尾崎さんですか」
「姐さんっ!」
 太宰が慌てた顔で立ち上がる。なにしてと坂口の携帯を取り上げようとしてくるのを手で押さえながら坂口は電話の向こう側の人物に詳細を語っていく
「太宰君のことで協力していただきたいことがありまして……。ええ、太宰くんのことで。太宰君実は福沢さんに織田さんが福沢さんを好きなことに逆恨みしたあげく復讐してやろうと思って告白を受け入れたことを言ってしまって……」
「安吾!?」
 悲痛な声が太宰から上がった。その声にかき消されそうになりながらも聞こえたため息。電話の向こう側の人物が坂口にあることを頼む
「太宰君にですか。わかりました。
太宰君」
「嫌だ。でたくないのだよ」
 差し出した携帯に太宰はいやな顔をした。全身を引く。逃げたら余計怒られますよと坂口は近付けていく。げんなりとしながらも太宰の手は伸ばされ、そして恐る恐る触れる。耳元からかなり離して太宰は相手に向けて声をかけた。
「もしもし、姉さん。久しぶり。
 ご、ごめんなさい。私だって言わない方がいいことなのは分かってたのだよ。でもあんまり嬉しくてふわふわしてたものだからつい言ってしまって」
 声をかけた瞬間、怒涛のごとく聞こえてきたのは何をしているのか。相手のことも考えろ。福沢殿が可哀相だろうという声だった。姉のような人物からしかられるのにしょんぼりと太宰の肩は落ちた。
「ごめんなさい」
 謝る太宰。坂口のもとに携帯が戻ってきた。
「それで協力してもらいたいことなんですが、太宰君のことをどう思っているか福沢さんにそれとなく聞いて欲しいんですよ。嫌われたんじゃないかって落ち込んでいて。まあ、言う通り自業自得ではあるんですけどね」
口を尖らした太宰がみんなして酷いと呟いているがどう考えても自業自得であった。
「ありがとうございます。ではそういうことで」



 その翌日、太宰と坂口はまた二人で居酒屋にいた。なにもこんなにすぐじゃなくて良いのと思いながら坂口は目の前の機械をみる。そこからは尾崎と福沢の声が聞こえていた。昨日の今日で早速尾崎は福沢と話してくれているのだ。愛されているなと遠い目をする。
「それで、貴殿が私に聞きたいこととはなんだ」
「太宰についてのことでの」
「太宰の」
 軽い挨拶を交わして早速二人は本題にはいっていた。隣にいる太宰のかたが跳ね、背筋が伸びる。柄にもなく自分から正座して真剣な眼差しで機械をみているが、時折視線をはずしてはやっぱり無理と弱気になっていた。そんな太宰を置いて二人の会話は進んでいる
「太宰と付き合っているそうじゃの」
 福沢が息を飲む音が入り込んだ。がったりとテーブルが動く音がする。
「あの子本人から聞いたのじゃ。鴎外殿には言ってないから安心せい」
「そうか。それで……」
「あの子とうまく行っておるかちょっと心配になっての。ほら、あの子問題児じゃろ。恋愛などしてきたこともないから相手の気持ちも考えられんし、人とのつきあい方などまるで分かっておらぬ。だから何かやらかして嫌われるんじゃないかと心配になっての。実際やらかしたと聞いておるが嫌いになったりはしておらんか。とんでもないことしでかしたそうじゃが」
 ぐっと太宰が喉を詰まらせた。べっちゃんと机の上に倒れ付しながらそんなに言わなくとも泣き声をあげる。自業自得ですよ。と坂口は口にした。さらに沈んでいく太宰。
 その横で機械からは福沢が肯定するのが聞こえてきた。
「まあ、確かに」
 がばりと起き上がる太宰。その体はすぐに崩れ落ちていく。ぐすぐすと泣き出すのに坂口は太宰の肩を叩く。まだ嫌われたとは決まっていませんよ。言うが太宰には安吾の声は聞こえてなかった。
 仕方ないと福沢の次の言葉を待つ。その言葉が良いものであることを信じて。
「太宰の言葉で落ち込むこととかはある。それこそこないだの発言は堪えた。ただ最初から太宰が私を好きでなかったことは分かっていたからそう傷付くことはなかった。
 ……実を言うと告白したとき好かれているとは思っていなかったのだ。むしろ嫌われていると思っていたから受け入れられて心底驚いた。……分かっていて告白したのはただ思いが溢れてしまっただけで本来なら口にするつもりはなかった。後悔したが今はあの時告白して良かったと思っている。どんな理由であれ太宰は受け入れてくれた。付き合うぶん好きになって貰えるよう努力できる時間も増えて結果好きになって貰うことができたから良かったと思うし、どんな理由であれ受け入れてくれたことを嬉しく思う。
 さすがに復讐するためだったとは思ってなかったから、落ち込みはしたがでも思わず言ってしまうほどに私に気を許してくれたのだと思うとその分愛おしく思う。
 だから嫌うなどはない
 太宰のことはちゃんと分かっているつもりで、その上で好きだと思っている」
「そうかえ」
 福沢にしては長い話。一言一言考えながらゆっくりと告げていてくれるのに太宰の頬が赤く染まっていた。あっと小さな声が漏れる。
「ふく、ざわさん」
 真っ赤になった顔で太宰が福沢のなを呼ぶ。嬉しそうな蕩けるような顔をした太宰に一先ず坂口は胸を撫で下ろした。これでしばらくは太宰がなにかを言ってくることはないだろう。
「良かったですね」
 安心して坂口は言う。こくりと頷く太宰。
「これだけ思われてるんですから女性と言うことをばらしてもいいのでは?」
「それとことは別だよ」



 さて、と、盗聴器の電源を切った尾崎は目の前の相手をみた。気付いておったな。その口がそうささやくのにふっと、肩が落ちる。まあと聞こえた声に尾崎は笑みを浮かべた。
 あのこは幸せ者じゃ




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