「最近、太宰の様子がおかしいんだ。仕事でも口をきいてくれないことが多くて、どうしてだと思う」
 ただ気まずいだけなので大丈夫ですよ。その言葉を飲み込んで坂口はさあ、どうしてでしょうねと首を傾けてみせた。きりきりと最近酷くなった胃痛が強くなる。
「何か、やったとか。心当たりはないんですか」
 それがあるのは僕なんですが。
 思いながら問えば織田は首を傾ける。いつもの酒場。三人でよく集まるそこに太宰はいない。前に飲んでいたものより度数の低い酒を飲みながらどうしたらいいのだろうと坂口は遠い目をした。
 織田からの質問の答えは知っている。ただそれに答えたら太宰が困ることも知っていた。太宰から織田の好きな人を好きになってしまったと聞いたのはつい先日のことなのだから。
「いや、ないな。強いて言うなら国木田に太宰の居場所を教えた程度か」
「それは全然構わないでしょう。むしろ教えてあげてください」
 だよなと織田は首を傾ける。なぜと考え込む姿に坂口はため息をついた。
 太宰くんはどうするつもりなのだろう。
 そう頭を抱えるが、彼がそれどころでないことも知っていて……。

 胃が痛む



「どうしよーー、あんごーー。助けてくれたまえよ」
 太宰のものとは思えない声が聞こえてくるのに坂口は痛くなる胃を抑えた。日も所変わって翌日、太宰が指定した飲み屋に来た坂口に太宰はあった早々弱音を吐いてきた。どうしたんですかと聞く前からその口は何があったか語っていて
「今日社長のうちにお泊まりに誘われてしまったのだよ。今までも何度かそう言う誘いはあったのだけど、上手いこと避けてきてたんだ。なのに今回は避けきれなくて明後日社長の家にお邪魔することになってしまった。どうしたらよいと思う。
 お泊まりってなったらやっぱりそう言う流れになるよね。そうなったとき抱けなかったら社長私のこと嫌いになるかな
 今すぐにでも整形手術してきた方がいいのかな」
「バカなこと言わないでください」
「だってそうしないと、私女なんだよ。社長は男が好きなのに……。私社長に嫌われるのは耐えられないのだよ」
 うるうると潤んだ目が見上げてきたかと思えば、涙が引っ込み今にも人一人殺しそうな目が見てくる。今日も今日とって太宰は不調であるようで、かなり参っているようだった。
「別に泊まりだからとそう言うことになるとは限らないでしょう。わりと古めかしい考え方の人のようにも思えますし、初めての泊まりであれば二人でのんびり過ごして終わりでは」
「本当に。本当にそう思える」
「……」
「やっぱり」
 うわーーんと太宰が泣き真似をする。雑で涙ひとつ出ていない泣き真似。それを見て坂口はため息をつく。溶けて氷で薄まった酒を飲めばどうすればいいと思う。そう太宰が聞いてくる。これ以上出きるアドバイスなどない。そんな中で絶対却下されるであろう案を形だけ口にする。
「泊まりを理由をつけて止めればいいのではないですか。体調不良とかやりようはあるでしょう」
「あるけどそれはやだ! 私も社長の家にお泊まりしたいの!」
 言うと思った。でなければ泊まりになどなる筈がないのだから。
「森さんや種田長官がお泊まりしたって言うんだよ! 私ができないのはおかしいでしょう」
「あれは勝手に押し掛けたと言うんですよ。それに泊まりと言っても一晩中酒を飲んでいただけですしね。酔い潰れて居間で寝てましたが華麗に放置して貴方のところの社長は一人朝方まで飲んでから、二時間ほど寝て仕事に出掛けていましたよ」
「社長お酒強いから。私もさすがに社長には勝てる気がしないよ。あ、と言うか安吾もまさかその場にいたのかい! そんなのきいてないよ」
 あれはそう言う次元すらもう越えていると思うのだが……。その時の飲みっぷりを思い出し、思わず坂口はそう思った。思った横で太宰から上がる叫びに大丈夫ですよと答える。
「尾崎さんが自分達の首領が何かやらかさないよう監視カメラ仕込んでいたのでその映像を一緒に見せてもらっただけです」
「なーーんだ。…………何にもなかったの」
「太宰君が心配するようなことは何もありませんでしたよ。もしあれでしたら尾崎さんに頼んだらどうですか。見せてくれるでしょう。僕でも見せてくれたんですから」
 太宰のためならと見せてくれたのだから、確実ではあるのだが、その辺はぼかしておいた。そうしようかなと太宰が不安そうに呟いている。男たち二人の求愛を華麗に無視していたあの映像を見たら男が好きなんて不安もなくなってくれるんじゃ。そんなことを考えたもののすぐにそんな筈はないかと坂口は諦める。
 それならそもそも勘違いする筈がないのだから。
「所で、太宰君」
 しおしおと机の上、溶け掛けている太宰に坂口から声をかけた。
「何時になったら織田作さんに告げるつもりなんですか。遅くなればなるほど言いづらくなりますからね」
 ぷいと太宰がそっぽを向いた。まだ時間は掛かるなとため息が出ていく



「あ、すみません。わざわざ来ていただいて」
 その人物がみえたとき坂口は慌てて立ち上がった。横浜から少し離れたところにある酒場。こんなところに呼び出したなど知られたら殺されるな。思いながらも相手を呼び出したのはどうしても気になることがあったからだった。
「いや、構わぬ。私も貴殿に聞きたいことがあったので、丁度良かった」
「それは、太宰君のことですか」
「貴殿もそうだろう」
 自分の考えを疑うことなく見つめてくる瞳に坂口は一つ頷いた。相手と対面になって座る。少しばかりの緊張が走る。じっと銀灰色の瞳が見つめてくるのを見つめ返す。
 坂口が今日あっているのは太宰の恋人、福沢諭吉であった。
「こちらから質問をさせていただいてよいか」
「はい」
 問われるのに頷けば福沢は一度強く唇を閉ざした。じぃと観察するように見てから頷き、問いかけを口にする。
「貴殿は太宰が女性であることを本人から聞いて知っているな」
 福沢から出た質問に坂口の目が僅かに開いた。やはりと出ていきかける声。慌ててはいと答えながら、相手を見た。福沢は納得したように頷き、ではともう一つだけ問い掛けてくる
「私とのことも聞いていると言うことでよいか。それの相談をうけていると」
「はい」
「そうか」
 坂口が答える。福沢はほっとした様子を見せた。坂口には分かりにくい変化だったが確かにそうみえた。良かったと小さくだがその口から声が聞こえて坂口の背筋をゾッと冷たいものが走っていく。もし、仮にはい以外の答えだった場合、殺されたんじゃないか。
 そんな疑問にもならない疑問がわく。
 もしかして随分な人に好かれてしまっているのではと坂口は思ったが、太宰君は太宰君であれだから大丈夫かと次の瞬間には考え直していた。
「それで貴殿の聞きたいこととは何だ」
 お似合いだろうと思っていたところに問われ、ああと坂口は声をあげる。
「僕は……太宰君が女性なことを知っているのか聞きたかったんですが、」
 もう聞く必要はありませんよね。坂口が言えば福沢は頷いた。
「もちろん知っている。……体格などが違うからな。見ていたら分かる」
「……そうですか」
 見ていても分からなかったんですが、さすが武人と言うことなんですかね。思いながら坂口はそれならともう一つ聞きたかったことを聞く。恐らく福沢は気付いているのだろうとはずっと思っていた。だとしたらと気になっていたこと
「どうして太宰君にそれを言ってあげないんですか。彼貴方は男が好きと勘違いしてますよ」
「知っている。ただあれが男のふりをしているのは自分を守るためでもあるだろう。怖い思いでもしたのか太宰は女であることを嫌っている。だから……あれが恐れているうちは今のままで充分だと思っているんだ。少しずつでいい。私を知って私を受け入れ、それで彼奴にとって一番の秘密を打ち明けてもよいと思ってくれるまでは待つつもりだ。逆にそうでなければ太宰は私を怖がって私から離れてしまうだろう。それぐらいは予想がつく」
 出来れば早く言ってほしい。そしてほぼ毎日のごとく太宰君が押し掛けてくるのをどうにかしてほしい。その思いで聞いたのに福沢の言葉を最後まで聞いてしまうとそう言うことか。それならばもう少し待っていてあげてほしいと気持ちに変わってしまっていた。困るのは坂口本人なのだが、太宰君には幸せになってほしいと頼み込みそうな勢いで思う。よくよく僕も太宰君のこと好きだな。坂口からため息がでかけた。
「それまであのこの事をよろしく頼む」
 福沢が頭を下げてくるのに、こちらこそと下げながらなんだかなと少しだけ思った。これではまるで保護者同士の会話だ。彼は太宰君の保護者だったのだろうかと思いながら、でもこの言葉を言うのは自分の方なのだろうと口を開いた。
「太宰君を悲しませたらただじゃすみませんからね」
 ふっと相手の口角があがっていた。
「分かっている必ず幸せにする」





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