太宰と織田作は二人で暮らすことになった。
 二年地下で暮らすということで別にはなれてもよかったのだが、共にいた方がいいだろうと種田とあの男が用意したのだ。二人暮らしと言っても部屋は二つあってプライバシーは守られたので特に困ったことはなかった。共同生活と言うものに縁もゆかりもなかった太宰ではあったが、織田作は特に干渉するタイプでもなかったのでうまくいっていた。
 それに呪いの人形のことも織田作は受け入れていたので暮らせた。
 二人の食事は呪いの人形がつくってくれ、掃除や洗濯もいつの間にかの間に呪いの人形がし、それをたたむのも太宰の分は人形がやってくれている。前に一度暇だし太宰の分もたたむかと織田作がやろうとしたことがあるが、手のひらにものすごい痛みを感じてそれ以来やっていないらしい。
 それ以降は掃除や風呂の準備、風呂に入っても髪を乾かさずに寝る太宰の髪を乾かしたり、何日も風呂に入らぬ太宰を入れさせたりも人形がすべてしていた。嫁かと言うほど甲斐甲斐しく太宰の世話を見ている。それに織田作は驚くのだが、太宰はなんてことない様子で受け入れていた。
織田作はそれを見て太宰がいいのならいいのかと受け入れた。
 太宰と織田作の物資調達係になった安吾だけは呪いの人形にすべて任せた生活していいわけないでしょう。早くお祓いしてくださいなんて何度となく言ってくるのだが、太宰の方はそのつもりはない。別に私は呪われてないしと太宰が一番嫌がっている。
 そんな彼に毎日のように安吾はいつかとんでもない死に方してもしりませんよ。なんてそんなことを言っていた。
 もう一人定期的に来る福沢は呪いの人形のことを知らなかった。太宰が福沢の来るときは人形を隠しているのだ。
 それに対しても織田作が何かを言ったことはなかった。
 似ていることも当然分かっているだろうが聞いてくることもなく、二人の生活はまあまあ穏やかに過ぎていた。
「今日も来たのですか。貴方きすぎでは」
 はあと太宰がため息をつく。その目の中、映るのは銀の瞳だ。福沢は手元に弁当の入った風呂敷を持ちながらその目元を小さく下に落としていた。すまぬなと口にしながら机の上に風呂敷を置いていく。
「大丈夫かどうか気になってしまってな」
「はあ。世話焼きなのですね。今まで周りにそのようなタイプいなかったので正直どうしたらいいのか分からないんですよね。ほうておいてほしいのですが。ほら。あの人とか放任主義の塊でしょ。
 好き勝手させていただきました」
 それはそうだなと男が頷く。ただ来なくなることはないのだろうと太宰は分かっていた。何度か似たようなことは口にしているもののすまない。特に気にしなくてもいいからと言われかわされているのが事実だ。なんだかんだ言いつつ来られるのが別に嫌なわけでもないのも理由の一つだろう。
 ほうとため息をつきながら男が手にしてきた風呂敷を見た。
「今日は何を作ってきてくださったのですか」
 風呂敷の包みを太宰の指がつつく。福沢がそれを見ながら包みを解いていた。包みから出てきたのは四段のお重。一段二段はおかずであるが、四段は饅頭や水菓子、それに焼き菓子と言うものが包まれていた。後お重の他にも煙草と本が入っていた。おーーと太宰の目が輝いて三段目と四段目を見る。
「作ってきてくださったんですね」
「ああ。とはいえ貴君は何が好きか聞くのか忘れていたからな適当に思いつくものを作っただけだ。食べたいのがあれば言ってくれ」
「甘いものが食べたかっただけなので何でもいいのですけどね。むしろこんなにあって食べられるかどうか、あ、でも本当美味しそうですね。どれ一つ」
 太宰の手が伸びて焼き菓子を一つつまんでいた。口に含む姿を見守る中で太宰は咀嚼し呑み込んで美味しいですねとそう笑って口にする
「毎日少しずつ食べさせていただきますね。でもおかずはいらないのに」
「そういうな。毎日作るのも面倒だろう。一応お前の好物にしておいたぞ」
 ほらと男がもう一つの菓子をつまんで太宰の口元に運んだ、今度は饅頭であった。太宰の口が開いてそれを食べながらその口を少しだけ尖らせている。そんなことないんですけどとねと言いつつも、別に作ってないなんてことは言えそうにない。
「美味しいですね」
「そうか。よかった、菓子を作るのはこれが初めてだからな。口に合うか不安だったのだ」
「そうですか。……私は好きですよ」
 太宰の口が残っていたまんじゅうを食べる。咀嚼し呑み込んでいた。福沢の手が机の上に広げたお重を片付けていく。慣れた様子でで台所にある冷蔵庫の中に入れるのを見て、太宰は先ほどまでそうしていたように自分の席に座った。戻ってきた男が太宰の前に座る。その手にはお茶の入った湯呑が二つ握られており、太宰の前に一つ置かれている。
 静かな時が過ぎていく。
 二人の間には特に会話もなかった。時折男が太宰を見るだけだ。お茶を飲み終えて一息ついたころ、どうだと男が太宰に問いかけていた。
「生活に困ったことはないか」
 問われた太宰は男を見ながらもすぐにそらしてため息をつく。
「別に何にもないですよ。いつも通りただ時間がすぎていくだけの日々ですからね。」
 太宰の目は福沢を見ない。そう言いながら頬杖をついては机の上を見ていた。
 そうかと福沢が形だけは頷いている。
「何かあれば言ってくれ。私でどうにかなることがあれば何でもするから」
「はいと言いたいですが。別に何もないですよ。私はただ流されるままここにいるだけなんですからね。何も考えない。やっていない。だからなにも困ることもないんです」
「そうか」
 また福沢は一つ頷いていく。
「織田作はだいぶ悩んでいるようですけどね。私より彼の心配をしてあげてください。」
「そうだな。織田はあまり見ぬが元気にしているか」
「 体はいいでしょ。今日も一通りこの狭い部屋でトレーニングをしていました。ただまあ、元気ではないですね。私なんかがどうこう言えることもないですし、何もできないのですがね」
「お前がいてくれるだけで心強いものだ。どうしてやればいいのか。なんて私にも分からぬがせめて傍にいてやれ。
 ……後で話を聞きにいくつもりではある。きっと大丈夫だ」
 真っ直ぐな目。真剣な声。暫くして太宰が頷いた。お願いしますと小さな声が出ていくのに福沢は優しく笑った。そして福沢の手が太宰の頭に伸びた。ゆっくりと撫でていく手は大きく熱い。太宰がやっとその口元に小さな笑みを浮かべた。


 
「織田作、夕飯の準備できているよ。食べるだろ」
「ああ、今日は人形のではないのだな」
「なんでわかるのだい」
 夕食の時間。太宰はその目を大きく見開きはしたけど、並べられた料理を織田が見つめるのにすぐに納得してうなづいていた。
「なるほど、。淹れ方が雑なのかい。ごめんね」
 舌をだしては謝る。でも悪びれた様子があるかと言えばそうでもなかった。織田は気にせず自分の席についていや。いい。なんて甘い言葉を口にした。太宰が用意した料理は皿に載せられてはいるものの全部一つの皿でぐちゃぐちゃになっている。いくつか零れてしまっているものもあるぐらいの酷い有様でも織田はいただきます。一つ言葉にすると食べ始めるのだった。勿論用意した太宰も気にすることなく食べていく。
「こないだお菓子を頼んだから作ってきてくれてるんだよね。後で食べようよ」
「お菓子も作ってきてくれたのか。本当に何でも作ってきてくれるな。こないだなんて木綿豆腐も作ってきてくれていただろう」
「あれにはびっくりしたよね」
「頼んだのはお前だぞ。あまりあの人に無茶を言って困らせるな」
「分かっているんだけどね。試したくなるのだよね……」 
 食事の合間の会話。
 それが一度途絶えた。口を閉ざした太宰がぐちゃぐちゃの皿の上を見る。全て福沢が作って持ってきたものだ。織田はそんな太宰を黙ってみていた。口元がわずかに動くような素振りがあったが、結局は動かなかった。少しして太宰が笑う。それよりとそう言った
「織田作は大丈夫かい」
「……あの人にも言われた。大丈夫だ。
 少し悩んでいるのも事実だが答えが見えてきている気はするんだ。お前は……
 何でもない」
 織田の目が太宰を見る。よかったなんて口にした太宰は料理を一つ口にしていた。ほっとしたような笑顔を見せてそれで終わりにしようとしているような雰囲気があって、織田は再び口を閉ざした。





「太宰はいないのか」
「福沢さん。太宰なら明日にはやっと解放だとか言って情報収集に出掛けたぞ」
「解放は明日なのだから今日は大人しくしてほしかったのだがな。まあ、いい。片づけを手伝いにきた。私が手伝っても良いか」
「もちろんだが、俺一人でも充分」
「手伝いたいのだ」
「ではお願いします」
「任せてくれ」



「福沢さん」
 マフィアを抜けてから一年たった。
 太宰の目の前には呪いの人形を握りしめ驚いた顔をした福沢がいる。
 それは賭けの結果だった。
 どうしてそんな賭けをしたのかは太宰にもわからない。隠しておきたかったはずだったのに。そしてその賭けに負けたのか、勝ったのかすらも太宰は分かっていなかった。
 だからこの先どうしていいのかもわからないのだ。
 呼びかけた後にどうすればいいのかを考える。それでも答えは纏まらない。銀の目が見える。その目の中には太宰が映っている。手の中にある呪いの人形。
「帰ってきたのか」
 太宰からは汗が流れていた。自分がどうにかしなければと思いつつも言葉がでなかった。太宰の代わり口を開いたのは福沢であった。太宰は頷いてそれからまた福沢の手の中にある人形を見る。
「すまぬな。勝手に入って。台所の片づけをしていたのだが。物音がしたもので。 
 ……この人形が倒れていた」
「そうですか」
 そんなはずはない。その人形は棚の一番奥に入れておいたのだ。なんてことは太宰は言えなかった。福沢の手の中にある人形と福沢を見比べる。分かっていたことだがよく似ていた。
 その髪の色が、瞳の色が、造形もすべてが同じで服と髪型が少し違うぐらいだった。
 福沢に戸惑いが見える。でも何かを言ってくることはない。いや、太宰と同じで言えないでいる。どうしていいのか迷っているようであった。その姿を映して太宰は口を閉ざしては開ける
「その人形貴方に似ているでしょう。マフィアの時から持っているものなのですが、貴方に会った時はとても驚きました。誰かが貴方を見てモデルにでもしたのでしょうかね」
 色々考えた割に太宰から出てきたのはそんな逃げるような言葉だった。もう一度口を閉ざしてしまう中で、福沢は答えずにその人形を見ていた
「嫌になりましたか」
「否」
 問いにはすぐに答えられた。でも福沢の目は人形からは離れていない。じっと人形を見ていた。二人とも無言の中、視線を受けて銀がきらきらと光っていた。どうにもこうにも答えはでない
「その人形呪いの人形なんです」
 口だけは動いた。
「呪い」
「そう。人を呪い殺すのだそうです。私も呪い殺されたくて手もとに置いているんです。全然呪い殺してくれないんですけどね」
 太宰が話す間も男は人形を見る。時折太宰を見ながらもそれでも視線は人形に会った。そして
「違う」
 しっかりとした声で太宰の言葉を否定していた。それは戸惑いを吹き飛ばしたのが随分としっかりとしている。福沢の目が太宰を映した。
「これは呪いの人形ではない」
 そして否定してくる
「え、いな、そう言われましても実際に呪い殺された人がいるそうですが、刀にも血の後が」
「違う。これは守り人形だ」
 戸惑う太宰はそんなはずはないと口にするが、それでも福沢は否定して、そして確固たる意志を持ってその人形について断言していた。
「守り」
 太宰の口が開く。
 それは今まで思ってきていた事から裏表逆転してしまっていた。そんなはずと口にしようとするが福沢のまっすぐな目が言葉を奪っていく。
「ああ。
 もともと人形は悪しきものから人を守るものである。この人形もまた子供が健やかに生きてくれることを望み作られたもの。子供を守るものなのだ」
「随分と詳しいですね。貴方のものだったのですか」
「私のものではない。だが分かる。この人形の髪は私のものだから」
 静かなに,福沢が伝える。太宰の目は見開いた
「知人に頼まれたのだ。ある子供のために守り人形を作りたい。その髪をくれないかと言われてな。それで差し出したのだ。見たことはなかったが分かる。この髪私の髪だ。ならば守り人形であるはずだ。
 大切な子供を守るために生まれた」
 重みを持った声が太宰に届く。それでも信じられずに太宰は否定をしようとした。それを福沢が否定する。
「でも人を殺して」
「きっと子供のもとに行きたかったのだろう。他の何を敵にしても子供を守りたかったのだな。
 それだけ、愛らしく大切な子供だったのだろう」
 福沢が穏やかに微笑んで人形とそして太宰を見た。その瞳の柔らかさに太宰の喉が震える。
「……ではその子供のもとにいかなくていいのですかね。返してあげないと
思ってもいない言葉が出ていく。人形に手を伸ばしそうになったが、その手は下に落ちた。だけど福沢はその首を振っていた。
「その必要はない。ここに大切なものはあるから」
 穏やかな目はまだ太宰を見ている。小さな音が太宰から溢れるのに笑みが深くなっていく。手を出してくれと福沢が太宰に伝えた。
 促されるまま太宰の手は前に出ていた。最初から分かっていないが、ますます何が起きているのか分からない。
 ついていけない中、太宰の手の中には人形の姿が戻って消ていた。
 ぎゅっと握りしめる。
 柔らかな着物の感触。ふんわりとした銀の髪。腰に下げた刀。見つめてから福沢を見上げた。柔らかな笑みが見える。
「この人形はお前が持っていろ。お前をずっと守ってくれるから」
 人形と同じ眼差し。四つの目が太宰を見つめ続ける。
「私もお前を守ろう」
 誓うような真摯な言葉。
「……もしかして、この人形の持ち主って」
「きっと誰より守りたいのだろう」
 太宰の腕の中で人形が笑った気がした。


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