武装探偵社の社長、福沢諭吉と言えば、大人も裸足で逃げだすような顔に似合わず義理人情に厚い人徳者であると有名である。傍から見ていてもその評判に偽りはない所か、それよりもっと情が厚いことはうかがえる。とくに社員に対しての情の厚さは仏様もかくやと言うほどで、一人一人気遣い親身に対応していた。
 されどもだ。されどもさすがにその優しさは己を殺しかけた相手にむくことはないだろう。
 殺されかけたのだ剣を抜き切り殺すぐらいのことをしてもおかしくはない。つまり太宰は過去がばれたら殺されるかもしれないのだった。
 だと言うのにさらりと口にされて太宰は固まった。隣で福沢がその口を小さく開けている。視界の中、端に映しながらも、今見てしまうのはニンマリと口角をあげて笑う森の姿だった。
 その場には森と太宰に福沢、そして置物と言って差し支えのない森の護衛達がいた。
「な……、なんでその話をするんですか!」
 太宰の口から悲鳴のような声がでた。それは普段の太宰からは想像も出来ないような奇妙な声。釣られて福沢の目が太宰を見るが、その目は先程から瞳孔が開いている。
 森の笑みはますます深まってくつくつと喉の奥で音を鳴らす。
「なんでて元保護者としてはちゃんと悪いことしたことを謝っているのか気になるものだろう。
 お世話になっている相手だというのなら尚更ね。
 で、ちゃんと毒を入れ替えっていたこと誤っているのかい? 君のお陰で福沢殿何度も死の淵に立たされていたからね。謝っておかないとだめだよ。多分福沢殿を危篤にまで追い詰めた数なら君が一番多いよ」
「誰が保護者ですか。気色悪い」
 できの悪い生徒に語りかけるような口調で森は太宰に話した。それに対してでてくる悪態の言葉は引きつっていて余裕のないものだ。
 ちらりと太宰の目が福沢を見ていく。瞳孔の開いていた瞳は今は鬼もかくやという鋭さに変貌変している。額に出来た皺の数は教えたくともないもので太宰の足は一つ後に進んでいた。マフィアの会合の途中に上司をマフィア本拠地に置いてくるなど部下としてはあるまじき行為だろう。
 でも今の太宰はそうして逃げるしかなかった。
 福沢か長考に入っている間にこの場から消え失せ、そしてもう二度と福沢の前に現れない。身を守るにはそれしかない。
 何せ太宰は森が言った通りに何度となく福沢を殺しかけているのだから。
「こらこら。何を逃げようとしているのだい。謝るのだよ」
「黙ってください!
 そもそも貴方が悪いのに!」
「何言ってるのだい。自分の毒を福沢殿の毒と入れかえていたのは君だろう」
 何年も前ことを思いだす。
 まだ森が街のヤブ医者だった頃だ。
 そのころ太宰は森の元にいて、そして裏社会で生きていくめの特訓として毒の耐性をつけるために毒を飲まされていた。弱いものから少しずつとは言え、数日おきに毒を飲まされるのは苦しくて、太宰はどうにかして逃げだしたかった。
 そんな時に別の者が同じように毒の耐性をつけさせられていることに気付いて、入れ替えてしまえばいいんじゃいかとその者の毒と自分の毒を入れ替えたのであった。
 幸いにも男の毒は弱くて太宰には何の意味もないものだった。
 反対にに男には太宰の毒は強すぎて死にかけていた。三途の川なんてものが見えてもおかしくないぐらいにまでなって、後ほどうるさく言われるのだろうこと覚悟した。
 場合によっては消されるのだろうとも思ったが、そうはならず太宰は何も言われることはなかった。きっと嫌いな相手だからざまあみろとでも思って言ってこないのだろう。
 そして見逃してくれることにしたのだろうと思い、それから太宰はかなりの頻度で己と別の者の毒を入れ替えたのだった。
 そのせいで死にかける姿を何度も見てきた。
 悪運強いなと自分のせいだと言うことは棚に上げて感心した。その相手が上司になるなんてその頃は想像もしていなかったのだ。
 それが何の因果か上司になって……。
 バレたら殺されるなと気付かれないようそれとなくさけていたのが今の今までのことだっ。
 足を止めた太宰は森を恨めしく見、そして福沢を見ては目をそらした。福沢の目元はけわしいまま、口元は一文字に引き結ばれていた。
 かと思えば口をを開く、
「太宰!」
「違うんです! 悪いのは森さんです!」
「嫌、 君が自分でやったことだろう。責任転嫁は良くない」
 恐らくは太宰の名を呼ぼうとしたのだろう。その声が聞こえるや稲屋、太宰は森を指さしていた。その顔は青ざめて足は逃げ道を探している。森が呆れたかのようにつく吐息には貴方のせいだもの。私悪くないものと子供のように喚く。いよいよもって逃げ出そうとするその時、待てとそんな声が福沢からでていた。
 銀の目が太宰を射抜く。かと思えばすぐにそらされて森を見た。
「まだ話が飲み込みきれてはいないのだが、貴君が話しているのはその男が医院をやっていた時代のことか。その時、何者かが私の毒を入れ替えていたその話。であってるな。
 あれは貴君がやったのか。そのことであれば」
 険しい目。
 時に太宰を見そうになっては森を見ていく。しっかりとした音に太宰の肩は震える。死にたがりだ。でもこんな所で死ぬなんて思ってはいなかった。まだしたいことがある。
「お前は何も悪くない。寧ろこんな男のもとでよく頑張ったな。気をはらず楽にしろ。怒りもしなければ殺そうなどと思うはずもない。貴君は私が守る」
「え」
 ぽかんと太宰の口が開いた。予想と180度違うセリフだった。おやと森が片眉をあげていく。
「殺しかけたことを不問にすると」
「殺しかけられたとも思っていない。私を殺しかけたのはお前だ」
「おやおや。とんだ濡れ衣だ」
「え、いや……毒を入れ替えたのは私なのですが」
 福沢の目は森を睨むが太宰のことは睨まなかった。鬼でも逃げ出す瞳をむけないようにまでしてくれていた。ますます戸惑う声がでる。
「そんなことは気にしなくていい。昔から貴君のことを悪いとは思っていないからな。悪いと思っていたら昔に文句を言っている。だから気にせず今まで通り過ごしてくれ」
 目は険しいいままだが。声は優しいものだった。でもとそんな声がでていくが、太宰と名前を呼ばれてその一言でうなづいてしまっていた。


「社長。どうぞこれ。報告書と以前気にしていらした相手を調査しておきましたのでその結果の書類です。
 うまいもので警察が捕まえるには一歩足りませんが、でも表にばれたら社長の信頼が一気になくなってしまうようなあくどい手を使っているようですが、今後のお付き合いはどういたしましょうか」
 にこにこと太宰が笑みを浮かべて福沢を見つめてくる。その姿に福沢は僅かに目を見開いて太宰を見つめ返した。じっと見る目は睨むように険しい形になっている。
 それでも太宰はにこにこと笑ったままだった。その姿に福沢の中疑問が渦巻いていく。なにせ太宰が直接報告書を持ってくるのは初めてのことなのだな。入社してから二年近くたつが太宰と来たら誰かの書類に混ぜたり、いない時に机の上においたりして報告書を渡しに来たことは一度もなかった。なんならこんな笑顔を向けてくることもなくて何か企んてるのかと少しだけ考えた。太宰は己を避けていたはずだと、だが暫くしてこの前の件を思い出した。マフィアとの会合。そこで知った何年も前の出来事の真実だ。ああ、なるほどと思う。嫌われていると思っていたが、そうではなく恐れられていただけなのかと。
「どうかしました」
 笑っていた太宰が中々受け取らない福沢を変に思ったのか首を傾けた。その姿に長考しかけていた福沢は我に返った。
「いや、なんでもない。それよりありがとう」
「どういたしまして。気になることがありましたらなんでもこの太宰めに申し付けてくださいね」
 受け取れば太宰は再び笑顔になる。どう見てもそれは強い信頼のあるものに向けるものの笑みだった。こないだの一件で恐れはなくなったどころかかなり懐かれてしまったようにも思う。
 にこにこにこにこ笑ってくる太宰を見る。正直外でも中々見ない部類の笑みだと思うそれはかなり愛らしく映った。
「太宰」
「はい。どうかいたしましたか」
「…………書類の礼に食事でも共に食べに行かぬか」
「へっ……」

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