「あ、夏だったんですね」
「は」
 ぽかんと口を閉じてしまった間抜けな顔を二人はしていた。
 福沢家の玄間。帰って来た福沢を太宰が出迎えた所であった。福沢の手には大量の荷物が入ったビニール袋が四つや五つもある。
 うっすら中身の透けているビニール袋はそのほぼすべてが缶ビールであった。
「……太宰。この前夏になり、暑くなってきているから熱中症にならないよう気をつけろと社で話したばかりだと思うが私の気のせいだったか」
「いえ、そんな話してましたね」
「夏だし流しそうめんしてみようみたいな話もしてたな」
「してましたね。賢治君が竹をもらってきてくれるとかで、寮のみんなでやるそうですが、私も誘われていて迷っているんです。
 乱歩さんはいくそうなので、久しぶりに家で福沢さんと二人きりになれる機会なのですよ」
「安心しろ。奴ならその後家に帰るの面倒。誰か泊めてっていいだすに決まっているから。与謝野を買収しておいてもいいな。
 じゃなくて、そこまで分かっていて、何で今さら夏を感じているのだ」
「……だって」
 にこにこにこと自分の思い通りに事が進んだと言いたげな……むしろそれを伝えるために笑っていた太宰は福沢の荷物を見た。缶ビールが一杯。それを四つもとなると重そうだが、、福沢はそんなことちっとも感じさせない佇まいだった。
 思いとも感じていないのだろう。
 ビニール袋のほうが限界を訴えてきそうだった。
「ふっふ。早く冷蔵庫に入れにいきましょうか」
「ん?まあ、そうだな」
 歩きだす太宰の後、福沢が首を傾けながら追っていた。太宰の足はすたすたと動き、そして居間の扉を開けていた。乱歩さんって笑いを含んだ声がもう一人の住民を呼ぶ。
「見てください!! こちら夏の福沢さんです」
「うわっ! 何でめちゃくちゃ腹立つもの見せてくるの!? 台所にいかせろよ」
 にこにこと楽しげに紹介された福沢ははぁなんてそんな声を上げていた。そんな声をかき消す勢いで騒いだのは乱歩で、彼は福沢を見てはその顔を大きく歪ませていた。
 今にもしっしとしてきそうな雰囲気。
 福沢の目元にある皺が増える。あっなんて声がでていく中でそう言うと分かっていたからですがと太宰は笑顔になっていた。太宰の方を見ては理解できずに福沢からまたはぁ?と疑問符がたくさん浮かんだ声が落ちていく
「私だけ夏をあびるなんて嫌じゃないですか。乱歩さんだって同じことするでしょう」
「それはそうなんだけど……。
 も~~。肝心の福沢さんがまったく分かってないのが腹立つ! こんなので夏感じるなんて最悪。海行くよ。海」
「海ですか」
「山がいいの」
「うーん。海の方がいいですかね。でも毎年、海ですからね。社長がいい方がいいな。社長はどちらがいいです。
 夏の風物詩」
「はぁ?」
 ぽんぽんとなされていく会話を傍で聞いていた福沢は太宰に問われてさらに首を捻っていた。何の話だと太宰を見つめる前で、太宰と乱歩は福沢が持つビニール袋を見ていた。
「分かりやすく言うとですね、福沢さんが夏になると缶ビールを大量に買い込むのは毎年のことで、私達にしたら夏の風物詩って感じなんですよね」
「こんな風物詩嫌だけどね。まだ暑いぐらいしか夏って感じなかったのに、ああ、今夏なんだって強制的に思い知らされたよね」
「それが腹立つので福沢さんに夏らしい所連れていてもらおうって話なんです。福沢さんは海で海水浴と山でキャンプ。どちらがいいですか」
「言っとくけど全部福沢さん持ちだからね。夏って感じのことさせてよ」
 …… 福沢の目が己の持つビニール袋を見た。
 暑い時はキンキンに冷やしたビールを飲むと美味しいんだよな~。冷たい泡が口元にあたるのが何とも言えぬ幸福でなんて考えてたくさん買い込んだものだ。
 言われて見れば確かに毎年同じことをくり返していた。
 なるほどとは思える。だが、納得いくかと言うと別の話で福沢の目は乱歩と太宰を交互に見た。じとりとした目とにこやかな目の2つが見つめてくる。
「……山に行こか」
「はぁ!? ここは海だろ、海!!」
「山か~~。キャンプですよね。テントは三つ買いましょう。与謝野さん用に乱歩さん用、そして私と福沢さん用です」
「お前の思い通りにしてたまるか。
 そうだな。今度買いに行こう」
「何それ!」
「わ~~い! 山で飲むお酒はどんなものが美味しいでしょうかね。」
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