壊れるまで

 探偵社はその性質上、突然会議が開かれることはよくあった。今日もまた突然に開かれることになった会議。議題はみんな、理解していた。
「ここ数日辻斬りが横行している。襲われているのは裏社会の人間や、政府高官等さまざまで目的が何なのかは分かっていない。特務科や軍警からの依頼はきていないものの、探偵社のものが狙われる可能性もあるので対処を立てておくつもりだ」
 国木田が概要を口にしていくのを太宰はつまらない思いで聞いていた。目の前のテーブルを見つめる。はぁとでていきそうなため息は飲み込んで何時も通りの笑みを浮かべた。
「対処ねぇ、犯人は分かってないんだろう」
「はい。ですが、襲われたものの中には相当腕の利く殺し屋などもいたようでして、かなりの腕利きだとは思われます。武器はすべて刀。中には凄惨な殺され方をしたものもいたようです」
 与謝野の言葉に国木田が答える。それと共に幾つかの映像が映し出されていた。真っ赤な血にぐちゃぐちゃと切り刻まれた男達。中には腸まで取り出されたものもある。
「酷い……」
 誰かが呟く。太宰も酷いなと呟きかけていた。映像の悲惨さなどではなく予想以上に派手な殺し方をしていることについて。じぃと手元にある資料をみ、ぺらりと捲ると太宰は目元を細めた。殺害された人物が分かる限り描かれている。そこには太宰が知らない人物の事も書かれていて、舌打ちを打ちそうになった。誰かの声が聞こえた。
「社長、どうかしましたか?」
「いや……」
 それは春野の声で春野は福沢をみている。福沢はいつになく険しい顔つきで問題の写真をみていた。舌打ちまでもしそうなのに太宰は息をつめる。
「いや、」
 何でもないと首を振るのを不思議そうに回りがみている。その視線を切るように福沢が立ち上がった。
「今後は必ず一組二人以上で動くようにしよう。襲われたら応戦はせず逃げることを優先し、すぐに仲間のもとに連絡をしてくれ」
「はい。分かりました」
 告げられる言葉に一斉にされる返事。太宰も返事をしながらさてどうするかと考える。可能性として考えていたが、こうなると昼に動くのがやりにくくなる。どうみんなの目を誤魔化すか考え込みながら太宰は福沢をみる。
 福沢は険しい顔をして手元の資料をみていた。殺人犯が誰かその切り口で分かってしまったのだろう。だけどそれを言うつもりは今のところはないようで、太宰は緩く笑みを浮かべる。まだ捕まえてもらうわけにはいかない。
 まだ、まだ。
 ふぅと福沢がため息をついた。重苦しい沈黙が探偵社の中に流れる。ごめんねと口のなかだけで謝って太宰は心配そうな素振りを見せた。
「乱歩とはまだ連絡がつかないのか」
「それが、はい……」
「別の依頼が入りついていくことになったと言う最初の連絡以外は何も……」
「確か、乱歩さんと連絡がつかなくなってすぐだったよね。最初の被害者がでたのって」
「はい」
 みんなが話すのを太宰は聞く。乱歩と連絡が取れなくさせたのは太宰だった。今ごろは何処かの山荘に閉じ込められて、古今東西あらゆる場所のミステリー本を読み漁っているだろう。退屈されないようお菓子も一緒に閉じ込めているから暫くは大丈夫なはずだ。
「今回の犯人が乱歩さんをってことですか」
「その可能性はあるだろうね」
「そんな……」
「大丈夫でしょうか。乱歩さん」
「谷崎達が探しには言ってるけどね……」
 与謝野と敦が話している。周りも二人を真剣に聞いている
「恐らく大丈夫だよ」
 太宰はその間に割ってはいっていた。驚いたようなみんなの視線に最初から決めていた話をした。
「太宰さん?」
「乱歩さんを警戒して引き離したのだとしたら乱歩さんに危害を加えるつもりは恐らくない」
「何で、ですか?」
 探偵社の空気が変わる。ぴりりと肌を指すような空気になるのにも太宰は真剣な顔を張り付ける。
「一番に乱歩さんを襲っておけば良いからさ。乱歩さんは頭こそ良いものの武力面となるとからっきしだ。襲われたら一溜りもない。何も起こしていない状況であれば乱歩さんを殺すことなんて簡単にできる。
 だが乱歩さんの死体はどこにもでていないだろう。犯人は死体を隠すなんて言う考えは持っていないようだし、見つかっていないと言うことは殺していないと言うこと。
 つまり相手は乱歩さんに何一つ興味がないってことだよ」
「なるほど……」
 太宰の話に納得して敦が頷く。ほぅと漏れでる吐息。他のみんなひとまずは安心して胸を撫で下ろしていた。
「私も太宰の言う通りだと思っている。それに何か危険があったのなら依頼をされた時点で気付いているはずだ。最後の連絡は確実に事務員からだった。捜索は谷崎と賢治に任せておけば良いだろう」
「はい」
 福沢も太宰の言葉に頷いている。


▲△▲

 太宰。
 会議の終わり、みんながそれぞれの仕事に戻っていくなか、呼び止められた太宰は首を傾けた。どうしましたと笑みを浮かべる。そのすぐ後に真剣な顔をして何かありましたかと聞いた。
「いや……」
 福沢は首を振った。何でもないだろうと分かっていても太宰はそっと息を吐き出していた。気付かれないように慎重になった細い息。余計につかれる気がする。
「では、なにか」
「私用で悪いのだが……」
 問えば福沢の目は太宰をじぃとみている。何を言われるのか。悪いことではなさそうだが
「今日私の家に来ないか」
 きょとんと太宰の目が瞬く。んと今度は自然に首を傾けてしまった。てっきり乱歩のことか、今回の件どう思うかなどを聞かれるかと思っていたので何を言われたのか福沢をみてしまう。
「お前にきてほしいのだが、駄目か」
「……」
 福沢は少しだけいつもと違う顔をして太宰に聞いた。たまに見せてくれるような優しい笑みなどでもない。どちらかと言えばこれは男と再会した日に見せたような類いのものだった。
 太宰は少しだけ固まる。
 今日はやりたいことがあった。男にも会いにいかねばならない。行かなければあの男は怒るだろう。だけど……。
 太宰は福沢をみる。
 じぃとみてくる福沢は太宰に嫌かと聞く。それならばいいと福沢は言うが太宰には苦しそうに見えた。
「嫌ではないですよ」
 気づけば太宰はそう言っていた。ふわりと笑って私も福沢さんの家にお邪魔したいですとそんなことを言う。
 やばいな。あの男にどう納得させるか。今日仕上げたかったことはどうするか。あれはまだ後回しでも良いとして、こっちは。
 頭のなかでは高速で今後の予定を組み立て直している。その前で福沢が良かったと笑う。
「では仕事が終わったあと待っている」
 福沢が言うのを太宰は笑ってはいと答えた。
「お帰り」
 その日の夜、太宰を迎えた福沢はふっとその口許を緩ませていた。笑った福沢の手が伸びて太宰の頭を撫でる。
「ここ玄関なのですが」
「分かっている」
 それでも福沢は撫でる手を止めなかった。太宰もそれ以上はなにも言わずじぃと福沢を見上げるだけだ。暫く二人は無言でそうしていた。動きだしたのは五分もたってからだった。福沢が撫でるのを止めて、おいでと太宰の手を握りしめる。居間にまで歩いていく福沢。その後ろ姿を太宰は見つめた。
「座って待っていてくれ」
 福沢によって座椅子に座らされた太宰。福沢がそう声をかけてから厨に向かう。既に作っていたのだろう。夕食の料理はすぐに運ばれてきた。どんと中央に置かれる蟹。その他にも太宰の好きそうなものが並ぶ。
 太宰はふわりと笑っていた。
 美味しそうです。そういえば福沢はその頬を緩ませる。そうだろうと甘い声が囁く。頷けば福沢はさらに嬉しそうになって太宰を見てくる。福沢の手が太宰の頭を撫でていく。よしよしと優しい力加減で撫でられ福沢を見上げる。
 優しい目をしている。
 だけどその唇は小さく震えていてはぁと吐き出されていく吐息。スルリと撫でてくる手。すり寄ると福沢の目が僅かに見開いてそれから柔らかく細められた。
「食べるか」
「はい」
 名残惜しそうに手を離して福沢が言う。頷いて太宰はゆっくりと箸を手にした。隣に座った福沢が箸は取らずに蟹へと手を伸ばしている。慣れた手付きで蟹のみを解していく。そして解したものは太宰の皿の上に置いていた。
「美味しいか」
「はい」
 一口二口食べた太宰に福沢が問いかける。太宰は当然ですよ。そう頷いてそれから福沢が蟹を置いていく皿を見た。
「福沢さんは食べないんですか」
「私は後で良い」
 問いかければ福沢はゆっくりと首を振った。それよりと太宰の口許に解したばかりの身を押し当てる。あーんと開く口。エサを食べさせてもらう雛の如く受けとる。福沢はそんな太宰をじっと見ていた。見つめてはそっと笑う。
 その瞳は時折苦しげに揺れていた。
 太宰の手が皿の中からほぐれた蟹をつまむ。それは太宰の口にはいることなく、福沢の口許に押しつけられていた。
 あーんと太宰の口が開く。にっこりと笑う姿。虚をつかれて福沢の口が開く。
「美味しいから福沢さんも一口どうぞ。おすそわけです」
 にこにこと笑う太宰。薄く開いていた口がそれより少し大きめに開く。その口に太宰が蟹を差し込んでふふと口元をゆっくりと綻ばせる。
「美味しいでしょう」
「ああ」
「福沢さんが作る料理は最高ですからね。こちらもあーーん」
 太宰がもう一つつまんで福沢の口元に押しつけてくる。それを口に含む。
「お前は食べぬのか」
 福沢が聞く。太宰は食べますよと答える。
「だから福沢さんあーーん」
 また太宰が福沢に箸を向ける。あーーんと福沢の口が開いた。


「美味しかったですね」
 ご飯を食べ終えた後、太宰は福沢に言った。福沢はそうだなと頷く。ふっと太宰の口角があがる。
「お酒飲みませんか」
「そうだな。後で持ってこよう」
「片付けは後でしましょう。今から飲みたいです。……駄目ですか」
「……駄目ではない」
 だがと口を開きかけていた福沢。その言葉を飲み込ませて太宰はにこにこと笑う。嬉しいですと口にする声。それでは取ってきますね。福沢でなく太宰が立ち上がり厨へ向かう。福沢からほぅとこぼれていくため息。
 見送ってうつむいてしまう。すぐ太宰の足音が聞こえてきた。とっておきの酒を持ってきた太宰はそれをとぷとぷと大きめのぐい飲みに注いでいく。
「はい、どうぞ」
 一口だけ飲んでぐい飲みは福沢に渡された。
「美味しいですよ」
「そうだろうな」
言って福沢は一口を飲んだ。太宰の手が向けられる。それにぐい飲みを渡せば太宰はまた一口を飲んで福沢に渡してくる。ちびちびと二口を飲んだ福沢は太宰をみる。視線に笑って太宰はぐい飲みを受けとる。一口飲み込んでまた福沢に。
 暫く福沢は手にしたままぐい飲みのなかをじぃとみつめた。それから一口。太宰の手に渡す。
 そんなことを何度か繰り返した。
 二つぐらいの瓶を空にしただろうか。
 酔ったわけではないが、太宰の頭が福沢の膝の上に乗る。ごろりと横になった体に羽織を掛けて福沢は癖毛の頭を撫でていく。
「眠るのか」
 問いかければ帰ってきたのはそうですねぇ……どうしましょうか。というような曖昧なものだった。目を閉じている太宰に福沢は優しく笑う。
「寝たら後で部屋に運んでやる。だから今日は寝ても良いぞ」
「それでしたら言葉に甘えて。社長。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
 静かな声が答える。太宰の頭を福沢は優しく撫でていく。その口元が歪んでいた。
 安らかな寝息が聞こえだす。福沢から糞と声が漏れていた。


 暗い中で目を開けた太宰は目の前にある福沢の顔をぼんやりとみつめた。
「どうしたのですか」
 そんな答えを知っている問いが太宰の口からはでていく。だがそれの答えを持つ福沢は眠りに落ちていて、問い掛けは届いていない。分かっていて太宰はもう一度どうしたんですかと問いかけた。
 それは本当なら今日問いかけようと思っていたものだった。それで答えてくれるとは思わないし、また太宰もなにか出来るなどとは思わない。それでも問いかけたかった。結局問いかけることは出来なかったけど。
 問いかけようと思っていたが、いざ口にしようとしたら喉の奥で貼り付いていっこうにでていくことはなかった。
 はぁとため息をついて太宰は福沢の顔を見つめる。
 ぴくりとその目蓋が震えた。慌てて太宰は目を閉ざして呼吸を意識する。ほぼ眠っているのと変わらないぐらいの状況になりながら太宰はうっすらと起きて福沢の動きを見ていた。
 福沢の手が太宰に伸びる。
 頭をなでそれから抱き寄せてきた。ぎゅっと抱きしめそして息を吐く。それを聞きながら太宰は腕を伸ばそうとして止めた。


▲△▲


「たく。あの男なんでも自力で解決できると思うの止めないなら私を使うなっての。
 お陰でこちらの仕事ばかり増えて腹立つのだよ」
 暗い部屋のなかぶつぶつと太宰は呟いていた。その手がガタガタとパソコンのキーボードを叩いている。小刻みに鳴り響く音は時折苛立ちが混じるよう強くなる。はぁと太宰はため息をついた。
「まあ、これぐらいかな」
 椅子の上で凝り固まった体を解すため背伸びをする。もう一度でかいため息がでた。ほぅと椅子の上で暫くの間、太宰はぼんやりとしていた。寝ているのではないかと思うほどに動かないが、目は見開いていた。
 うぅと誰かの呻き声がした。
 動かなかった太宰の目が動く。床に幾人か倒れているがその一人がうめいていた。目蓋がぴくぴくと動いているのをみて、太宰からはため息がでた。立ち上がった太宰はその人まで近づいていく。足を持ち上げ、そして、踏み潰した。
 はぁと何度でもため息はでる。
「姿さえ見られなければ殺すつもりはないのだから、私がでていくまでは目覚めないでいてよ」
 ぼそりと呟いた声。倒れた男を色のない目で見下ろした後、太宰は辺りを見渡した。他の倒れているものを注意深く見ていくが、動いているものは他にはいない。
 またため息をついて歩きだす。
「次はあっち行って、それで」
 考えを口にだしてしまう。太宰は舌打ちを打つ。気が乗らないと声がでていた。それからまたため息。
「本当何をしてるんだか」
 でてくる声は低いものだ。立ち止まった太宰は閉じている目の前の扉を睨む。その奥からは大きな叫び声や銃声が聞こえていた。
 暫く扉を睨み続ける。
 静かになる向こう側。わずかな足音がゆっくりと聞こえてきて太宰は舌打ちを打った。目の前の扉が開いてようと手を上げたのは男だった。
 太宰は驚きもなく覚めた目を向ける。はぁとだけでていくため息。
 ため息をつくと幸せが逃げていくそうだ。
 なんですかそれは。
 言い伝えだ。そういう言い伝えがある。
 へぇ。別に逃げるほどの幸せなんて持っていないんですけどね。
 何時だったか福沢とした会話を太宰は思い出した。ため息をつきながらその日と同じことを思う。
 別に逃げるほどの幸せなんて元から持ち合わせてはいない。だけど男のせいで逃げていくのだと思うとそれは嫌な気がした。
「何でここにいるんですか」
 つめたい声がでていく。男はああと汚い声をだして太宰を睨んだ
「どうしてだ。お前が俺のところに来ねえからだろうが。裏切ったかと思って探しにきてやったんだよ。」
「それはそれはわざわざどうも。ご心配しなくとも大丈夫ですよ。私が裏切ったのであれば今ごろは牢獄のなかにいるはずですから」
「それが出来ないから必死こいてどう殺してやろうか考えてるんじゃねえのかよ。で、手は決まったのか。悪巧みのよ」
「さぁ。なんのことやら。私は貴方が大嫌いではありますが、貴方には従うつもりですよ。今日もそのために侵入していたと言うのにここを潰されてその意味がなくなってしまいました。
 どうしてくれるのやら」
「そりゃあ、おまえが考えろ」
 冷たい声が二人の間を飛び交っていく。ナイフの如く鋭くお互いをきりつけようとする。互いは冷ややかに相手を見ていた。
「で、自分のぶんの仕事はすませてあるんですか」
「ちゃんとやってるさ。お前こそやってるのか。昨日はどうもなにもやっていないようだったが」
「人には休息と言うものが必要なんですよ」
「人にはね」
 はんと男が鼻で笑った。男の手が太宰に伸びてその細い首を絞め上げていく。締め上げられながらも太宰は眉一つ歪ませることなく男を見ていた。グッとその首が折れそうな程の力がこもった。それでも太宰はまっすぐに男を見ていて、男の手が太宰からはなれていく。
 太宰の体がほんの少し体制を崩した。
 揺れてこけそうになりながら男を睨む。
「何をするんですか」
 咳き込んでからでていく声は僅かにかすれていた。男は答えず乱暴な手付きで太宰を床に押し倒す。
「何をするつもりですか」
「決まっているだろう」
 男の手が太宰の服を破り捨てていく。太宰からは舌打ちがでた。
「馬鹿なんですか。こんなところでやるだなんて。目覚めたら」
「殺せば良いだろ。たっぷり鑑賞させてやった後にな。お前見られながらやられるの好きだろ。昔も観客いたら喜んでいたじゃねえか」
 男がげひた目をして太宰を見、そしてその声で汚ならしい音を吐く。ようやっと太宰は顔を歪めていた。
「脳味噌大丈夫ですか。記憶を捏造するのは止めてもらえません。いつもより抵抗が多かったと言うなら、いつもよりも嫌悪を感じていただけ。死者の傍でやられるなんて吐き気がします」
「どうだかな」
「性処理ならよそでやってくれます。貴方に協力しますけど、そんなことまではするつもりないんですよ」
「なら退けてみろよ」
 太宰の体に馬乗りになった男の手は太宰のものを握りしめ、ものをごしごしと数度擦ってからやっぱりやめたと手を離す。そしてならしてもいない場所に二本いれていく。裂けて血が出るのを男は笑う。
「逃げないのかよ」
「生憎無駄なことはしない主義なんです。もう好きにしたら良い。だけど計画が遅くなって文句は言わないでくださいね。欲も制御できない貴方のせいなんですから。はぁ。獣の面倒を見るのは骨がおれる。どこぞの女にでもいれてくれれば良いものを」
「お前が怒るんだろ。無意味に人を殺すなってな」
 男の手が刃物を掴んで太宰の肩に指した。刀を抜けば血が溢れる。ぐっとでていく声。切り裂いた箇所から男の指が侵入して中をぐちゃぐちゃにしていく男は楽しそうに笑っていた。
「そうやって苦痛に歪むのを見ながらやるのが楽しいんだよ。やっぱお前とやるのは最高だな。お前は化け物だからなんだってできる」
 太宰の声がむなしく響いた。



「なんでまたここにきたんだろうな」
 血の匂いがする体を抱えて太宰は屋敷の前にたった。そして深くため息をつく。又の間からは血と精液の混ざった液体が落ちていく。
「流石にこの姿で会えるわけもないし帰るか」

▲△▲


「太宰さん、どうかしたんですか」
 そう聞かれたのは必要でどうしようもないことだっただろう。あーーと覇気のない声をだして太宰は心配げに見つめてくる敦と鏡花を見つめ返していた。何でもないよと言おうとして口を閉ざすのはそれがいかに嘘臭いか分かっているからだ。
 一回上を見上げてから太宰は息を吐き出す。
「ンーー、ちょっとね」
 へらりと笑って太宰は曖昧な言葉を口にする。誤魔化さないとなど思いつつも何かを誤魔化す気にすらならなかった。
「しんどそうだし、休んだらどうですか」
「……私がやる」
 二人から聞こえてきた声。太宰ははぁと息を吐く。そして気にしないで大丈夫だよと笑った。とは言った所で気にされるだろうとは思っていた。太宰にはここ最近具合が悪い自覚があり、動きも鈍い自覚があった。
 普段ならば少しさぼれば太宰と怒ってくる国木田も今はなにも言わず、じっと様子を見てきている。他のみんなもそうで敦君や鏡花だけでなく全員が太宰を心配そうに見てきていた。無理に笑うのが余計に心配をかけてしまっているようだった。
「まあ、そこまでは大丈夫だよ。仕事はちゃんとするからね」
 わかっているけどそれでもへらり笑う。言いながら太宰の手は目の前にある資料をめくった。今関わっている問題に必要な資料なのだが、ぼやけて、あまり見ることはできなかった。
「とは言え、やる気は起きないのだよね」
 大袈裟な素振りで横になりながら太宰はまたため息をついた。ぷらんぷらんと椅子の背にもたれ掛かる。真面目にやらんかと言う怒鳴り声すら聞こえてこない。
「大丈夫ですか」
「大丈夫大丈夫」
 聞こえてくる声に答えながら太宰はああと天井を見た。白い天井もぼやけている。頭もクラクラと痛み始めていた。体を伸ばしているが、昨日できたばかりの傷が引っ張られて痛む。いい加減にしないとまた血がでてくるな。そう思い体を起こした。
 今度は腰の辺りが痛む。舌打ちを打ち掛けながら周りを見て、まあ、大丈夫だからさと軽快に笑った。
「それよりちゃんと自分達の仕事をしたまえ。早く終わらせないと駄目だよ」
 にこにこ笑う。二人の目は太宰をじっと見る。もう一度大丈夫。ほらほらと促してやっと離れていた。離れていく二人はそれでも太宰を見ていた。周りも太宰を見ている。
 まあ、そうだよね。どうにかしないといけないんだけどな。殆ど見えない資料に目を通しながら太宰は考える。
 なにも自重しない男の変わりに私が何かするのも腹立つんだよな。何で私が気付かれないように気を遣ってやらないといけないのだよ。人を殺したら興奮するとかなんとか知らないけど、二、三日に一回は犯しやがってお陰で怪我がなおる暇もないのだよ。
 しかもこっちが言っている以上の数殺すし……。
 資料をめくる手が少しだけ強くなった。殆どみえておらず読んでいるふりをしているだけだが、探偵社にある資料は全て一度読破しており記憶もしてあるので、別に見る必要もなかった。仕事はしていると言うパフォーマンスのためである。
 とは言え、もう少し演技しようとすればできるのにしないのはそれだけが原因でもないが、気分が乗らないのはそれだけじゃなく……。
 太宰の目がチラリと部屋の奥にいる福沢を見た。
 福沢はじぃと太宰を見てきている。ふぅとでていく吐息。射るような目はその割に怒りなどはなくただ心配していると思わせるものだった。その目を見て太宰はあの目のせいだと思う。
 気付かれたくはない。福沢にあの男との関係がばれるのは嫌だが、だけどどうしてか気付かれてほしいと思うのだ。
 気付いてほしい。全部全部ばれてしまいたいと。


▲△▲

 太宰。大丈夫か
 声をかけられて太宰はぱちりと目を開けていた。
 開けたと言うことは閉じていたと言うことだろう。それに気付いて太宰は息を吸い込んだ。そして吐き出す。みえる景色は寝起き独特のものでぼんやりとかすれている。ここ暫く疲労により見えにくくなっていたが、それ以上だった。
 声をかけてきた相手がどこにいるのかさえ把握できない。太宰は困ったように笑った後、頷いていた。
 大丈夫ですよとどこをどう見ても嘘な声がでていく。目の前に誰かがうつる。見上げてもすぐには見えなかったけど、徐々にみえるようになってそれが福沢だと分かる。
 元々ここには福沢と太宰しかいなかったから当然なのだけど、福沢が太宰の横に座った。
「間違えた」
 福沢がそういう。太宰は首を傾けた。なんだと福沢を見る。おそらく福沢も太宰をじぃと見てきていた。
「お前に大丈夫かなど聞くのは意味がなかった。大丈夫ではないのは分かっているから少し休め」
 福沢の手が回って太宰の肩に触れる。
 福沢の手が回って、太宰の肩に触れる。胸元に引き寄せられ太宰。
は素直に寄りかかっていた。その上でどうしようかと考えていた。
 どうしようかと思う。
 怪我が治っておらず血の匂いがする可能性がある。だから逃げないといけない。ある程度の距離はとる必要がある。そんな思考が働いているけど大部分は麻痺していて動くことすら嫌がっている。
 ここにきた時点でどうしようもない話かと太宰は諦めて寄りかかった。ぽんぽんと福沢の手が太宰の頭を撫でてくる。投げ出した手をきゅっと福沢の手が握りしめる。
「疲れているのなら今から寝るか」
「良いんですか。まだ夕食も食べておりませんよ」
「食べてくれるのであれば食べてほしいが、今はどうにもそれどころではないようにみえる。どうせろくにはいりもしないし、食べるのも嫌なのだろう。疲れて動くのすら億劫だと言うなら、今日は寝てしまうと良い」
「疲れている訳じゃないんですけどね、今日も殆ど仕事なんてしていませんし」
「それなら良いのだが……、でも疲れているようにみえる。やはり眠れ」
 福沢の声は何処までも優しく、太宰のことを心配だけしてくれていた。そんな福沢に太宰は頭を擦り寄せる。
「ならお言葉に甘えて」
 目を閉じれば福沢のぬくもりを強く感じられるようなそんな気がした。一瞬とは言え、寝ていたはずだが、また眠気がやってきて太宰は眠りに落ちてしまう。


 次に目覚めたのは浮遊するような感覚を感じたからだった。
 目を開けた時に見えたものは人の影だった。ぼやけていて誰のものかなど分かるものではなかったが、福沢だと太宰はすぐに判断して一度目を閉じた。数分ゆらゆらと揺られてから目をまた開ける。
 視界は変わらずぼやけていた。それでも福沢が優しい目をして太宰を見ていることは分かる。
 もう少し寝ていなさい
 穏やかな声が優しく振ってくる。太宰は抗うことができなかった。またすぐに眠ってしまう



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