「はい、あーん」
スプーンを大宰の口元に運ぶ。あーーと大宰の大きな目がスプーンをじっと見て、それから福沢を見ていた。その口は中々開かない。
そうしてしばらく見つめあっていたかと思うと太宰はそっと首を横にふっていた。
「もうやーー。バイバイなの」
「まだ数口しか食べてないぞ。ほら、もう一口」
あ~とうながしてみる。だが太宰はやっとそっぽをむいてしまっていた。
「美味しそうだぞ。食べぬのか?」
「やーやー、ばいばい」
「ちゃんと食べんと大きくなれんぞ」
「や~、もうや」
何度も味にスプーンをおしつけてみるが大宰はかたくなだった。口をとざしてつんとよそをむく。ペチペチと小さな手は机の上をたたいていく始末。
「後でお腹がすいたら食べようか」
仕方なくスクリーンをおいて太宰を抱きあげていく。だっこされた大宰は頬をふくらませていたのが嘘のようにきゃらきゃら笑い、福沢の腕の中で遊び始めた。小さな手が髪や着物の合わせ目を引っ張っていく。
「こらこら。悪戯はするんじゃないぞ。全くお前はやんちゃだな」
ほうと吐息が落ちていくが、太宰はきゃーって嬉しげに笑うだけで福沢の言葉を聞いている様子はなかった。
そんな太宰をだっこしたまま手で器用に机の上を片付けると福沢は用意していた荷物を手にして外にでていた。今日も太宰をつれて
仕事であった
「おはよう」
「ようー!!」
「おはようございます。社長、太宰さん」
社につくとすでに何人かの社員が来ており、太宰を見るとにこにこ笑みを強めていた。
「今日も太宰をたのむ。朝嫌がってあまり食べさせられてないから、もしかしたらお腹をすかせるかもしれぬ。
空いたようなら食べさせてやってくれるの、黄色のいれものが昼の分で、白の方が朝の分だ」
「分かりました。じゃあ太宰さん、こちらへおいでください」
社についたら事務員に太宰を預けるのがいつもの流れであった。·······のだが、
「や、やあ!」
事務員の手を太宰がたたいていた。ぺちゃりと小さな手の音が響く。はたかれた事務員は驚いた顔で太宰をみる。それは福沢も同じであった。
「どうしたのだ、太宰」
「どうしたんですか、太宰さん」
「ん~!!」
事務員と福沢、それぞれ声をかけるのに子供はぶすくれた顔をしてしがみつく。
手の力は強くて着物にはしわができていた。「太宰さん、もしかして社長から離れたくないのです」
返事はない。だが着物を掴む手は強くなっていた。当たりである。
「でも社長もお仕事ありますから困らせてはいけませんよ。こちらで太宰さんの好きなわんわんの動画みませんか」
すぐに事務員が太宰に手を差し出していく。
その左手には最近犬の動画好きなんでよ。って事務員も手が回らないときに見せていると言う犬の動画を見せていた。
太宰の目がちらりとだけそちらを見る。それだけだった。少しするとやだと言ってまた福沢の胸元に顔を埋めてしまう。
「きょうはずっといっしょ」
着物を握る手は強くなるばかり。
「わがまま言ってはいけませんよ。どうぞこちらに」
「やーー。やなの。ばいばい。ばいばい。みんな、ばきばい」
「ばいばいしませんよ」
ふるふるふるふる首はふられる。根気強く事務員は声をかけてくれるが、太宰が言うことを聞こうとするそぶりはない。
どころか癇癪玉。はじけさせてしまいそうなほど嫌々を繰り返している。
とんとんとその背をたたいていく。
「仕方ない。今日は私が面倒を見よう。確か仕事は書類整理だけだったよな」
「はい。今日の予定はそのようになっております」
「であれば太宰をだっこしながらも出来るだろう。だが太宰、お前のわがままを叶えてやるのだから、お前も少しは大人しくしておれよ。
私の髪で遊ぶのはまだ許してやるか。ペンや書類にはさわらぬように、守れるな」
太宰の目をじっと見る。
「あい!!」
太宰の目は大きく輝いてそれから元気一杯の声がでていた。だけどさ福沢の肩はそんな返事に一つおちてしまう。
「守る気ないな。こいつは。まあ、今日は仕方あるまい」
太宰をだっこして福沢が社長室へと向かう。
その姿をみていた敦首を傾けていた。
「珍しいですね、太宰さんがあんなにいやがるなんて」
「ありゃあ、魔のイヤイヤ期のの始まりかも
しれないね」
「魔の?」
「二才ぐらいになるといやいやいやいや言い出して大変になるって話なんだよ。
妾も詳しくは知らないけどね」
「へぇーー」
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