「ほう。こんな大きな会場でやるのかい。県大会と言うのも凄いものだね」
「そんなに凄くはないが、……本当に見てくのか。ホテルにいればいいのに……」「え。だってせっかく来たのだから諭吉の勇姿を見ていきたいのだよ。絶対勝ってね、諭吉」
 県大会の当日、太宰は福沢と共に会場内に来ていた。さっきから何度も隣の福沢に家族の元へ行くよう伝えているが、一向に行く気配がないのでもう諦めていた。 
 その諭吉はと言うと不満そうな顔をして太宰を睨んでいる。来てやったというのに帰れ、帰れとうるさいのだ。今も帰れとうるさい中、太宰ははぁ~と吐息を吐きだしていた。
「何がそんなに嫌なのだい。私と離れるのが嫌だと言うから来たのに、今は見られるのが嫌だ何てわがままだと思わないかい?」
「……」
 尖った唇。ぶすくれた顔じっと見つめるとだってと福沢は低い声を出した。
「お前に見られている中で間抜けな姿など見せることは出来ないから優勝してしまう」
「……優勝してしまうってすごいね。いいじゃないか。勝ってね。諭吉が勝つとこ見たいから」
 ぽかんと口が空いた。そしてまばたきをした後、太宰は子供のように無邪気に笑う。福沢は苦虫をかみつぶしていた。



「ほう、優勝かすごいな」
 学校で一冊の本を手に国木田がの感嘆の息を吐きだした。寝たままの姿勢で太宰はにこにこと笑う。
「ね。凄いよね、もう圧倒的だったのだよ。一撃でばたばた切り倒していくの。相手の子達一歩も動けなかったんじゃないのかな。決勝戦何て一瞬過ぎて静まり返って終わったことさえ私分からなかったぐらいだよ。
 本当強いんだから、最高だったよ」
 うふふうふふと太宰が楽しげに笑い、国木田が持つ本を見ていた。そこにはこないだの大会のことが書かれている。そして大きく内容と福沢の写真が映っていた。
「諭吉、本当に格好よかったよ。あんな強いのに私何かの面倒を見るなんてたしかにお母さんからしたら何でだし、もったいないと思うよね。
 ねぇ~、どうにかならないの?」
  楽しげに笑っていた太宰の顔が不意に真面目なものになった。じっと見つめていくが、国木田は目をふせると本を閉じている。はぁあと吐息でていく。
「俺にきくな」
「ん? どうしたの。何かちょっとおかしいよ」
「いや、夢がな……」
「まだ夢見てるの、そんなに大変?」
「……あぁ、最近……お前やあの子も出てきた。…………それが……はぁ。まぁ、何だ。愛されるのは別に悪いことじゃないだろう。
 愛されてやってもいいんじゃないのか」
 泳ぐ国木田の目が太宰を見ることはなかった。その上で言われる言葉に太宰の顔は思いっきり歪んでいく。でもそうしてからすぐに静かなものになってはぁってそんな吐息だけを吐きだしていた。その目はもう国木田を見ることなく分かるかか、国木田も本を置いて立ち去っていた。
 何も言わなかったか、それでも太宰は国木田を見なかった。


 その日の夕方、当然のように福沢が玄関にいた。
 一緒に帰ろうと差しだされる手。掴むことはないが掴まれる。そうして国木田と別れて太宰は福沢と共に帰っていた。
 会話はとくにない。
 大体そうだ。太宰の気が乗れば会話をするが、気が乗らなければただ無言で二人歩く。楽しくも何ともないのではないかと思うが、福沢は毎日のように太宰をむか
えに来ていた。かなり長い距離を二人で歩く。そうしてからしばらくして福沢は太宰が何が食べたいかを問いかけていた。
 太宰の家から一番近いスーパー。そこまで二回曲がり角を曲がる所になってされるいつもの問い。何でもいいよって答えるのもまたいつものことである。そうかって答える福沢。特に気にせず歩いていく。スーパーによるのか。そうでないかはまちまちだった。
 何日間か分は太宰の家の冷蔵庫にしまってあるので足りなくなったらそのつど買い出しているようであった。今日はスーパーによる日だった。
 この時ばかりは福沢の手も太宰の手から離れていく。買い物かごを持ちそこに荷物を入れていくのに手が足りなくなるのだ。買う物は全部福沢が選ぶ。食べ物だけでなく洗たくの洗剤や、お風呂のせっけんやシャンプー、トイレトペッパーにいたるまですべての管理をしているのは福沢であった。
 そのあとを太宰はただついていくだけ。何が自分の家にあり、ないのかさえも分かていない。金だけは自分で出しているけど本当にそれだけであった。
 福沢が手際よく仕事をしていく。
 そうして買い物か終わると持つのも福沢だった。太宰はただのお飾り。もどうかと声をかける時もたまにあるが基本的にはこれぐらいは鍛錬のうち甘やかさないでくれと誰より太宰を甘やかしてる男に言われてしまうのだ。
 だから今日も福沢にすべてを任せて歩いていた。そんな折だ。
 福沢、福沢さんと声が聞こえてきたのは。んと太宰の足が止まる。福沢の肩もはねた気がしたが、すだすたと前を歩いていく。
「諭吉」
「ちょっと無視しないでよ! 聞こえてるでしょ!」
 太宰が首をかたむけると同時、聞こえてくる声。ちらりと見たそこには見知らぬ大人二人がいた。もしかしたら一人は子供かもしれないが、あったことがないのは確実であった。
「諭吉の知り合い? 呼んでるよ」
 前を歩く福沢に太宰は声をかける。足を止める仕草はないものの太宰がいかないからゆるやかな歩調になっていた。その足が曲がり角にさしかかることで完全に止まり、そして肩をおとしてふり返っていた。
「早く帰るぞ。太宰」
「だから無視すんなって言ってるでしょ」
「お前は相変わらずだのう」
 福沢の目は迷いなく太宰だけを映す。そして太宰にだけ声をかける。太宰の後からはぎゃあぎゃあと騒がしい声がしていて太宰はその首を傾けていた。
「諭吉知り合い?」
 問えばその口元はぐんにゃりと歪んで、いいやと首はふられる。どうみても嘘であった。なんだと、覚えているんでしょとさらに後ろは騒いでいて、太宰が福沢をじっと見る。はぁっと深い吐息が福沢からでていた。
「……昔のちょっとした知りあいだ。……太宰。ちょっと話していく必要があるから先に帰ってくれるか」
「それはいいけど……、あ、いやだめか、一緒に帰っているのだから今の監督責任者は私だものね。この人達のことご両親は知っているの?」
 ため息と共に福沢は太宰に求めていたが頷こうとした所でその首は止まっていた。めんどくさいなとぼやきながらもしっかりとされる問い。わずかに福沢の動きが止まる。
「そういうことで話すのなら一緒にね。小学生とかなら気にしなくともいいんだろうけど……。でも大人はね、あ、もしかしてきられたくない話したいのかな。ん諭吉が私に聞かれたくない話かぁ~。ちょっと興味あるけど、まぁ、私は優しいお兄さんだからね。聞かないようにするよ。
 そうだな。あ、そうだ。丁度次の角を進んで二つ目の道は行き止まりだ。そこで話せばいい。私は入口で立ってるよ、そしたら私のそばを通らない限りは諭吉をつれていけないからね。この条件が飲めないのなら三人で話すことは許せないかな」
 にっこりと太宰に笑って福沢を見ている。いいと聞くその声で福沢はちらりと大人二人を見た。
 その頭が二つ頷くのを見てから、ああって答えている。



 路地裏、その中で福沢と声をかけてきた男二人が立ち、離れた入口には太宰が三人から背をむけてぼんやりと立っている。その姿を視界の中に収めながら、福沢は二人を見た。どちらも福沢が知っている間だとは言え、今まで一度もあったことはなかった。
 と言うのも彼らは夢の中、どうには禍々しい前世での知り合いだった。
「で、何の用だ。乱歩、それと源一郎」
 名を呼べは彼らは口元に笑みを浮かべる。
「もう、やっと呼んだ。ちょっと遅すぎるよ。いくらあいつに気憶がないといえさ」
「そうだ。名前を呼ぶことぐらいはできるだろう。それを無視までしおって、お前は友を何だと思っているんだ。あの男の態度も失礼すぎる。一度もわしらに目をあわせなかったぞ」
 二人がぷりぷりと怒る。それは酷く懐かしく思えるような姿で福沢の口元には笑みが浮かんでいる。だけどもすぐにすっと消えていた。
「仕方のないことだろう。あれにとってこの世の殆どはただ関係ない他人ですらなく他、それにあれには前世のことなど思い出してももらいたくないのだから。それよりもう一度聞くが何の用だ」
  福沢はわずかに目を伏せた後、すぐその目を鋭く光らせる。
 そくして睨みつける目は力強いものであった。思わず二人かわひるみそうになるぐらいとても強く二人の口元はさらに上がっていく。
「何の用も何もあいに来たに決まってるじゃん。社長がむかしからちっとも変わってないみたいですごく嬉しい!! 全然会えないから悲しかったけど、まあ、これからよろしくね!!」
「まあ、そろいうことだ。仲良くしてくれ」
 にこにこと大人二人が笑うので福沢は思いきり顔を歪めていた。チッと舌打ちまででていく始末だ。
「言っておくが、お前達を太宰と話させるつもりはない。そして私はあれのそばを離れるつもりはないからあまりあってはやれぬ。そのことを肝に命じておけ。
 悪いが私はあの子と二人で過ごすのに忙しいのだ」
  福沢の言葉はまっすぐ揺るがぬ意思を持った上で口にしている。そうして銀の目はまっすぐに二人を見つめ、わずかに見ひらかれた。わめくと思っていた二人がそっと肩を落とすだけだった。
 乱歩が福沢を見て笑っている。
「ねぇ、僕の言った通りでしょう」
「そのようだな」
「あ、それから福沢さん太宰の奴記憶がないでいいんだよね」
「あると思うか」
「ううん。僕の予想とおりだ」



「今日もちゃんと来ているな」
「うん? あ~おはよう。どうかしたの。いつもより元気ないけど」
 翌日、いつものように机の上つっぷしていた太宰はことりとその首を傾けていた。いつもと同じように声をかけてきた国木田の様子がどうにもおかしいのだ。元気がないと言うような感じでどこかどんよりとしている。
 何があったのかと太宰の目はそんな国木田をじろじろと見ていた。
「また夢」
「いや……、もう夢は終わった。ただ自分の中で色々と折り合いのつかぬことがあってな。
 まぁ、それもすぐにきっとおさまる。それよりお前はちゃんと授業を受けろ。これからのお前の人生そう悪いことにはならないと思うけど……。もしもの時困らないようにはしておけ」
「?? 今日はいつにもまして説教くさいね。まあ国木田君のそれ聞くの実は嫌いじゃないけど、でも大丈夫だよ。私は高校はちゃんと卒業できるから。先生達は私を留年何かにはさせたくないから」
 太宰が柔らかに微笑んでいく。それは諦めているものであって国木田がいつもよりも早く目をそらしていた。
 その唇を噛みしめられながらほうと吐息を吐き出していく。
「太宰」
 その音を繋ぐ。太宰の目が福沢を見てはその首を傾けていた。国木田の姿はどこかがいつもと違う気がしてでもそれがどこかは明確には言葉にはできなかった。
「きっとお前は幸せになれる、だからそう悲観するな」
「はー」
「じゃあちょっと用があるから」
 らしくない言葉を国木田は口にした。そんなことをもう望ぞんでないことすらも知っているはずなのに……。何でって聞きたくなる中で、でも国木田は太宰の教室から出ていていた。おいかけるような気持ちにだけはならなかったけど、何となくその背を目で見て、その目が少したけ見開いた国木田は赤髪の男に声をかけられてそのままついていたのだ。


 校門。きょとりと首を傾ける。福沢を前にして太宰は小さく肩を下げていた。
「国木田君であれば今日はいないよ。用事があるのだって」
「珍しいないつも一緒なのに」
「……そんないつも一緒にいないと思うけど……誰だっけ? 赤毛の……中原とかだけ? 彼とどこかいくみたいだよ」
「中原だと……」
 はぁ~と出ていく吐息。つまらなそうな太宰の顔が福沢を見て傾いていく。銀の目が大きくみひらかれており、何かに驚いているようであった。
「知り合いなの?」
「あ……いや、私は別に」
 銀の目が泳いでいく。
 その目を見ていく太宰はへぇと小さな声をこぼしていた。その脳裏には他でもない赤髪の男のことが初めて浮かんでいた。
「……そう言えば初めてあの男に会った時、やたらとからまれたりしたのだけど、もしかして諭吉の知り合いだったからなのかな」
「……私は知り合いなわけじゃない。少しあったことがある程度だ。お前がきにするような相手でもない」
「国木田君のことは心配なものの気にまではしてないんだけどね」
 言いながら太宰は福沢の姿をじっと見下す。口を閉ざした福沢はいつものように手をつかむと歩き出している。だけどやはり何かかいつもと違っていた。
 顔が険しい。
 太宰のことを見ない。そんな些細なことだかま今日はやたらとそれが気になる。
「どうしたの? そんなに中原のこと気になる」
「そう言うわけじゃないが……」
 福沢の目はらしくもなく泳いでは太宰を見ない。それが何となく胸の中をもやもやさせてくる。ほぅと大きな口から吐息が溢れていた。
「お前はあいつのこと気になっているのではないか」
「え? 私が? ないないただの他人だよ。どうでも良い人。知ってるでしょ。私人に興味がないの」
 少し重いような声だったけど太宰の答えはからりとしたものであった。ため息を一つついてはいるものの何も特別なことではないと言った感じに笑っている。福沢の目がそんな太宰をじっと見つめた。
 やっと己を見た目を太宰は正面から見ていく。
 そうしてから自分の意思でその目をしっかり見ようとしたのはあまりないことだなと気付いた。その目はいつも太宰を見ているのに。銀の目は揺れてまだ不安を映しているようだ。
「……今はそうでも明日、仲良くなっているかもしれぬ。国木田の奴がお前に紹介して」
「国木田君が? ないと思うけどね。私がどれだけ人に興味がないのかを彼は知っ
ているから、だから人を傷付けるようなことでないと思うけど」
「でも、もしかしたらそこから仲良くなるかもしれん。そしてそこからお前の世界が広がっていくのだ。それはとてもいいことなのだがな」
 福沢はどこか遠くを見るようだった。
 太宰の知らない所を見て吐息をつく。褪せた目がその姿をうつして少し揺れていく。
 福沢は求めているようにも見えて、目をそらそうともしていた。
「もしかして諭吉は不安なの? 私がどこかにいくかもなんてそんなこと考えていたりするのかな。嫉妬と言うやつなのかな」
 ふっと思って口から出ていく言葉。
 福沢の目が見開く。そうして何も言おうとはしない口。俯きながら福沢は立ちつくしてしまいそうであった。子供のくせして大罪でもおかしてしまったかのようなそんな顔をしている。苦しげなその姿を見て太宰の胸は何故か痛むと同時に喜んでもいた。その手をぎゅっと握りしめる
「……」
福沢からの反応は何もなかった。
「いいこと教えてあげようか。昨日、あのしらない人達と話す君を見て私も、少しおもしろくなかったよ。
 諭吉のそばにいるはずなのは私の筈なのにってらしくもなく思った。だから……おそろいだね。私と諭吉おそろい」
 揺らいでいた銀の目が大きくなって、一杯に太宰を映していく。太宰とふるえる声が名を呼ぶけれど太宰は答えられなかった。口をとざして福沢を見ることも叶わない。
 ふっと空気がやわらかく揺れるのを感じた。
「太宰大好き。
 ずっとずっと一緒に生きていこう」
 考えなくちゃいけないことはたくさんあると知っているのに、その時の太宰は何一つ思い浮かべることができなかった。


「なにお前に頼みたいことってのは簡単だ。ここにいる全員あいつに紹介してくれたらいい」
 ばんって開け放たれた扉の奥を見て国木田は目を見開いていた。そこにいるのは夢、否、夢でなく前世の頃によく見知った者達だったのだ。敵対していたマフィアの禍犬に同僚達。国木田さんと尻尾ふりながらも他の人と同じ目でみてくる。
 すなわち国木田の幼馴染の知り合いの太宰と合わせてくれと。
 予想していただけに肩が落ちてしまう。
「会わせてもいいがそれでお前たちの願いが叶うことはない。奴は思いだしたりしない」
「はぁ、んなの」
「分かる。乱歩さんが言っていた。おそらく思い出す年は死んだ時の未練に影響していると。
 だとしたら太宰は思いださない奴はあの時、一欠片も未練を残さなかった。そしてあわない方がいい。奴は……もう人を人としてみない。
 俺とあの人だけだ。それはもうかわれない。あの人がどう思おうと、お前達がどう頑張ろうと。あいつは全部捨てたんだ。
 あの日、両親に捨てられた時に。今あいつの中にいるのはあの人だけ。俺はほんの少し収まっているだけだ。

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