その瞬間感じたものを太宰は何と呼べばいいのか分からなかった。
 達成感、安堵、喜び、そう言ったものは押し寄せた後に波のように消えさって、ぽっかりと何かが開いたのだ。どうしてよいのかも分からず目の前が真っ暗になっていくかのようなそんな感覚。
 どう表現していいのか。
 その言葉も見付からない中で太宰の目はふっと何かを探した。視界の中に膝から崩れ落ちていたり、立ち尽くしている人々の姿が次々と映る。安堵しその訪れる感情についていけず、戸惑いながらそれでも吐息をおとす人の姿。
 その姿を見てもう一度、ふつふつと感情がわき上がる。
 勝ったのだ。
 探偵社の誰一人として欠けることなく魔人、そして天人五衰の彼らに勝った。
 見据え続けた未来は最高とは言えずとも最善の形で立っている。そう確認してまたもやがやってくる。
 胸の中に広がって見えなくなる。
 目は誰かを探す。
 太宰自身は何も分かっていなかったけど、その探していた誰かを映した時、己が誰を探していたのかを理解していた。
 太宰が探していた人物はただ一人だけ安堵するでも崩れおちるでもなく呆然と立ち尽くしてた。
 その瞳の中には何も映っていない。
 縋るものを求めるように探していた太宰ははっと我に返っていた。呼びかける声が少しだけ震えた。
 それでも相手は太宰を見た。銀の目がふるりと震える。
 初めて見るほど力のない倒れそうな目であった。その目を見た太宰の口元が歪んでいく。どう言葉をかけていいるのかが分からなかった。銀の目の中に映るのは喪失。
 今さっき友を完全に失ってしまった男の顔。
 大丈夫なのか。何て聞けるはずもなく、慰める為の言葉も持たない。失敗したとそう思った。もっと別の者が声をかけるべきであった。私なんかから話しかけてはいけなかったと。助けを求めようと目は周りを見ようとしたが、それは出来なかった。
 その前に福沢が微笑んでいたのだ。
 悲しみや苦しみを織り交ぜながら、それでも何か強い意思の感じる瞳に太宰を映して微笑む。だから太宰はそれに引き寄せられて他の者が見えなくなってしまった。
 ただその笑みを見てしまう。
 太宰こそがその場に立ちすくんでしまう中で、福沢はそんな太宰の元まできていた。そして太宰の名前を呼ぶ。すぐには答えられなかった。
 口を開きはするものの音を紡げない中で、福沢の声が聞こえてくる。
「ありがとう。貴君がいてくれたからこそ、こうしてみなが生きてこの戦いを終えることができた。貴君の働きに感謝する」
 それはおだやかでいて力強い声。先ほどまでの姿が偽りでもあったかのように福沢はそこにいて、太宰は戸惑ってしまいながらもそんなはずはないのだと言葉を探す。
 でも見つかることはなく、そして見つかる前に太宰は考えることが出来なくなっていた。
 福沢が太宰の体を抱きしめたのだ。
 それはとても力強く太宰の体は硬直してしまう。開いた目は中々閉じず、状況が理解できなくて泳いでいく。福沢の体が離れていくことはなかった。
「すまない。だけどもう少しだけこのまま、こうさせてくれ」
 福沢の腕は強い。太宰では引きはなせない力であった。そうでなくたって引きはなせない太宰はされるがままに福沢の腕の中にいた。




 一つの戦いの終わりから一ヶ月程たった。
 太宰はあの日に感じたものがなんだったのか。その答えを得てしまってた。それは不安であり、消失であり、迷いであった。
 太宰はあの日から迷子になったのだ。
 今まで歩んできた道標、その意味を見失った。
 往い人となれ、かつて友に言われて、その為に光の世にきて、そしてどうしてよいか分からず手探りの中で人を救いながら、天人五衰と言う強大な敵を見据えた。
 それらを打ち倒せば往い人になったとそう言えるのではないか。とそう思いついたからだ。漠然としすぎた言葉はどこまでいけばいいのか分からない中で、一つの答えを自分勝手に決めることができた。それは太宰の心の中を軽くしてくれたけど、結局自分勝手なものにしか過ぎなかった。終わった所で太宰は何一つ見つけられなかったのだ。
 そして太宰は次に何を見据えたら良いのかも分からず、今はただ迷い続けている。
 いっそもうすべてを終わらせてしまおうかなんてやけな気持ちがわきあがってきたりもする。
 けれどそうならずにすんでいるのは、一重にすべて福沢が傍にいるからだ。
 あの日の後、太宰は福沢にしばらく家で暮らさないかと提案をされていた。何故そんな事を言われるのか分からず戸惑った太宰に福沢はそうした方がいいと思うからとそのようなことを答えていた。
 分からなかったけど、福沢のことが心配だったのと、後はどう言いあらわしていいのか分からぬ何かで太宰は頷いていた。
 それから今までずっと福沢の家で暮らしている。一つの事件が終わり日常に帰る中で、アイドルとして人気の高かった福沢はテレビの取材やら、ファンへの報告などで忙しそうにしていたが、夜になれば必ず帰ってきて太宰との時間を作った。
 二人で何かをするわけでもなくただ傍にいて時間を過ごすだけであったか、一人鬱々と悩み続けているよりはその時間は暖かくて心地良いものでもあった。そうしていられるからまだ何とが日常をすごせている中で、太宰は福沢に言われた言葉に目を点にしてその口を開けていた
 小さな声すらもでていかない中で福沢の手はゆっくり太宰にふれて、それからそっと頭や頬を撫でていく。だけどどうしてだとか、何で何て言葉さえもろくに出ていかない中で、福沢は太宰の口にしたい言葉をちゃんと分かっていた。
「もう強頑らなくともいいと思うのだ。もう充分貴君は頑張ったから今度はもう少し休んでみるのがいいのではないだろうか?」
 もう一度同じ言葉をくり返してくる福沢をそれでも尚太宰は受けとめきることが出来ずに見続けてしまう。
 その前で福沢の手は太宰の頭を撫で頬を撫でつつみこむようその熱を太宰に与え続けている。
「無責任な言葉に貴君には聞こえるだろう。
 でもな太宰、私はちゃんと貴君のことを知ってその上でこうして言葉にしている」
 福沢の手は熱くそして見つめてくる銀の目にも同じ熱量があるようであった。
「貴君が何かを足掻こうとしていたこと、今も足掻きたいこと、それがきっと大切な者との繋がりであること。
 ちゃんと分かっている。
 全てを分からなくても貴君を見ていれば見えてくることもある。その上でそれはきっととても難しいことであると思う。
 だってそれは私が思うに、貴君の心が見つけなくてはならないことだから」
 真っ直ぐに銀の目は太宰を見つめ、そして音はふってくる。まだ最初の言葉を理解できていない太宰にはそれは宇宙よりもずっと解明できないものであった。
 それでも見つめてくる目や、解れる手の温度が太宰の中に一つ一つとしみこませてきていた。
 太宰の目が揺れまどい福沢を映す。映る福沢はその眼で太宰を見て優しく微笑んでいる。
「太宰恐らく貴君は救う側に、良い奴というものになろうしているのだと思っているが、違うか?」
 福沢の声が静かに問う。太宰の首が小さく動いた。
「その通りです。往い人になれってそしたら素敵だからって、でも……」
「うん。きっと貴君には何も見えなかったのだろうな。でもそれは貴君が往い人になれてないからじゃない。過去はどうあれ今の貴君は往い人だ。人を救い、誰かの役に立てている。
 一ヵ月前、貴君がいなければ勝つことなど出来なかっただろう。抗うことができたかすらも怪しい。貴君は我ら探偵社にとってなくてはならない大切な存在だ。
 私の誇りだ
 そんな貴君が往い人でないわけがない」
 福沢の瞳の中には嘘偽りなどありはしない。そんなことは分かるけれども太宰は信じられなかった。でもなんて喉が震える。ふりつもる言葉にやっと少しずつ分かってくるけれどとても素直にきいてられない。
「分かっている。それでも、貴君に何も見えないのはそれが往い人になったからと見えるものではないからなのだ。太宰それは往い人になったからとすぐに見えるものではなく、その過程で貴君自身が感じていくものなのだ。
 私はもうすでに貴君はそれを感じられていると思っている。でも自覚がてきていないから、お前はそれが何であるかを今は心を休めて感じていく必要があるも思う。
 大丈夫。少し休んだ所でお前が往い人であるのは変わらぬのだ。だから休もう」
  ゆるゆると揺れる目は、それでも福沢の言葉を受け止めて、そして福沢をうつした。
「社長は……、社長は傍にいてくれますか。それなら私もできる気がします」
 紡いでいく目は福沢の口元に浮かぶ笑みをみない。
「ああ。
 いるよ。ずっとお前のそばにいる」

[ 10/312 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -